Cross Fire(仮) 第2話
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”武術なんて……女の子なんですからもっとお淑やかになられないと。”
”屋敷を抜け出して街に出られてはなりません。なにかあったらどうなさるんですか。”

 昔から、お付きの侍女に言われた台詞。でもわたしは、騎士になりたかった。父はとても立派な
 騎士だった。その姿を見て育ったわたしは、父の騎士としての姿に憧れ、そうなりたいと日々稽古に
 明け暮れた。後継者には兄上がいるので、周りはそうなる事を反対したが、家族は複雑な顔を
 しながらも、最終的に認めてくれた。

 そうやって念願かなって騎士になったが、その現状は見てられないものだった。

 昔の栄光ばかりが一人歩きして、全体的なレベルは低い事この上ない。中には実力で地位を
 勝ち取ったとは思えない屑もいる。父上や兄上の様に骨のある奴は貴族の息女に見初められて、
 婚約したりなどしてるから恋愛などに興味を持たなかったし、持てる相手もいなかったし、
 そんなこと腑抜けがするものだと思った。…あいつに出会うまでは。
 
         ―――――――――――――――――

 外見は軟弱そうだが…若手の中でも高評価なレンジャーらしいな。人柄に対する住民の評判も、
 ギルドマスターに聞いたところ上々。何はともあれ実力を確かめないと。

「あの……だから…理由を」

 なにやら後ろから声が聞こえてくるがまずは屋敷に戻る事が先決だ。そこの稽古場で行おう。
 彼の手を引っ張り、さらに走るスピードを上げた。
 とりあえず目をつけた黒髪の青年、シュンを屋敷の前まで連れてきた。どうやら驚いてるようだが…
「どうしたんだ?とても驚いてるようだが。」
「いや、驚かない方がおかしいですよ!ここはフィッツガルド卿のお屋敷じゃないですか!
 もしかしてあなたは……」
 ああ、自己紹介してなかったな。
「申し遅れた。わたしはレイナ・フィッツガルド。前王宮騎士副団長アルド・フィッツガルドの娘だ。
 よろしくな。」
 そう言って、手を差し出した。
「別にそんなに恐縮する必要はないぞ?」
「あ、はい!あらためて…僕はシュンといいます。よろしくお願いします。」

 お互いの自己紹介と握手をした後、早速中に入ろうとする前に彼に呼び止められた。
「あの…僕と手合わせをする理由なんですが……どうしてなんでしょうか?」
 ふむ、確かに街中でいきなり呼び止められたと思ったら手合わせなどと、今思えばわれながら
 急だったと思うな。しょうがない、早く戦いたいが少し説明をするか。

「わかった、それでは説明をしよう。君ら、王宮勤めの人間でない物は分からないが、最近は騎士団の
 質の低下が著しくてな。今、騎士団の再建が考えられてるんだ。この間の、団長の交代もその一つだ。」
 団長の交代は、一ヶ月前に起こった。金にまみれた体制を粉砕するために、その筆頭であった
 前団長を父らがその内情の証拠を王に提供し、その結果前団長派は力を失い、父は時期と見て
 副団長を退いた。

「そして、今は騎士団の建て直しをおこなっている。その一つに、民間の間やレンジャー達から才能、
 もしくは実力のあるもののスカウト。ここまでくれば分かるな。」
「つまり、スカウトの一環として僕と手合わせを?」
「そう言う事だ。」
「でも、僕より強い人はいっぱいいると思うのですが…。」
「そちらにも、別があたってるはずだ。わたしは君の担当ということだな。さて、着いたぞ。」

 いつもの稽古場に着いた。父上と兄上も、スカウトに回ってるだろうからいないか…。さて
「誰かきてくれ!君、とりあえず持ってる荷物は侍女に預けてくれ。そのあと準備をしよう。」
「は、はい!」
 なかなかいい返事をする青年だな。ますます楽しみになってきた。

 

 刃を潰した訓練用の剣を選び、一通り体を慣らした。いよいよか。
 大変な事になったな。女性騎士の中でも若手の筆頭であるレイナさんと手合わせする事に
 なるなんて…。それに急に騎士になれと言われても、いや正確に言えばまだそんなことは言われて
 ないけど……。

「女だからとか遠慮はいらないぞ。無用な気使いをしたら、容赦なく叩きのめすからな。」
 それに緊張しっぱなしだ。やはり、騎士の中の騎士といわれるフィッツガルド家の一員だ。高貴さと
 風格のあるたたずまい。王宮からの依頼もあるから、騎士と立ち会うのは初めてではないけど、
 その人たちとはぜんぜん違う。まぁ今思えばその騎士は、レイナさんの言う腐敗した前団長派の
 騎士だったのかな。
 一緒に依頼を解決した時も、偉そうにして後ろから見てるだけで、ほとんど僕とアイラだけで
 やったようなものだったから。
「それではいいか?」
 おっと、まずは目の前の事に集中しなきゃ。訓練でも実戦を意識しないと……油断は……死を呼ぶ!

「はい」
「ふふ、目が変わったな。それでこそだ。では……いくぞ!」
 言うや否や、レイナさんが踏み込んできた!僕も負けじと踏み込み剣をなぎ払う。剣がぶつかり、
 鈍い音がする。彼女の剣は速い上に、その一撃一撃も軽くない!
 このまま受けていては防戦一方だ。僕はさらに踏み込み、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。
ガッ!
「! なるほど……攻撃を防ぐために後退せず、恐れずに踏み込んでくるか。なかなかやるな。」
 勢いを付けていったつもりだったが、いとも簡単に受けられてしまった。
「くっ……」
 あわよくばそのまま体勢を崩そうと思ったのに、押し切る事ができない。なら!
「はぁ!」
「な!」
 鍔迫り合いを受ける方向に流し、そのまま横を流れて行こうとする体に膝蹴りを打ち込んだ。
「ぐっ!」
 追撃も考えたが、近接での打ち合いには向こうに分がある。そう判断し、そのまま距離を置く。
「ふぅ、なかなかやるな。今のは少し効いたよ。」
「……」
 打たれたお腹をさすりながら、レイナさんがこちらに笑いかけてきた。お腹の弱い場所に入れた
 はずなのに……すぐに立ち直ってる。入れる場所をずらされたか、それともレイナさんが打たれ強いのか。
 とにかく次の一手を考えないと。

「どうした?離れたからには何か考えがあるんだろう?」
 それもお見通しか。通用するかどうかは分からないけど…。
「分かりました。」
 僕は剣を鞘におさめ、右手を剣の柄に添えて、いつでも抜剣できる構えを取る。東の国の剣技の構え
 の一つの居合い。僕の母さんがこの構えを得意とする剣士だったらしく、僕はジンバさんに
 教えられてこの構えを使ってる。
「……」
 先ほどまで、いくらか和やかだったレイナさんの顔が引き締まった。レイナさんはこの構えを
 知ってるのかな。

 この構えは一見、剣を収めることから攻撃より防御重視の構えに見えるが、攻撃もかねている。
 中距離から不用意に近づいた敵には容赦なく攻撃を加え、近距離に近寄られても、敵の攻撃を
 体捌きなどで流しつつ、隙を狙って一撃を加える攻防一体の構え。

 一分ぐらいだろうか。お互いに距離を保ったまま睨み合いを続けてる。……来た!
 レイナさんが踏み込んできた。っ!やっぱり踏み込みが早い!このまま抜剣しても相打ち、
 もしくはやられる。
 なら隙ができるまで凌ぐしかない。
「はぁ!」
 太刀筋を読み、僕は次々と繰り出してくる斬撃を避けていく。
「なかなか…やるな!だが避けてるだけでは話にならんぞ!」
 仰るとおり。レイナさんは大振りせずに、素早く斬りから突きと攻撃を繋げてくる。このままでは
 ジリ貧ってやつだ。なら、隙を作るまで!
「だぁぁぁ!」
 横になぎ払ってきた攻撃をしゃがんで避け、下から突き上げるように体当たりを繰り出す。
「なっ!」
 僅かながら彼女が身構えるより早かったのか、後ろによろめいた。今だ!
 体当たりの屈んだ姿勢から抜剣し、彼女の首の手前で剣を寸止めする。

「うっ……ふぅ、わたしの負けだ。見事だ。」
 レイナさんが、今まで真剣だった表情を僅かに緩め、剣を鞘に戻した。
「はぁ……はぁ……。ありがとう…ございます。」
 こっちが勝ったのに、向こうの方が余裕のある感じだ。本当に勝ったのかな?
「まさか負けてしまうとはな……」
 そう言うと、レイナさんは腕を組み、顎に片手をあてて目を伏せ、何か考えるそぶりを見せてきた。
 どうしたんだろう、まさか怒ってるのかな。遠慮なく来いって言ったから、躊躇なくお腹に蹴りを
 入れたりしたんだけど、やっぱり怒って…

 負けた……。そのことはショックだったが、なにより久方に拮抗した手合わせを行う事ができた事の、
 満足感の方が大きかった。
 さて、どうしようか。もちろんスカウトする事は確定だとして。もっと彼と話がしたいな。
 彼の事も知りたいし、なによりわたしのことを知って欲しいと思う。なんだろう、
 この気持ちは…家族以外の男性にこんなに好感を持てたのは初めてだ。
 もっと、もっと知りたい。彼のことを。
「あの〜」
 申し訳なさそうに聞いてくる彼に目をやる。ああ、そうだ。一応騎士団のスカウトだったんだな。
 これは。まぁ今は、そんなことはどうでも良くなってるけど。
「ん、ああ。結果か。とりあえず、合格といった所だ。そんなことより、その……なんだ。
 もっと話を聞きたい。これからわたしと夕食をとらないか?」
「……えっ、そ、そんな!駄目です!そんな恐れ多い!」
 む、まだそんなことを、今更じゃないか。
「遠慮ならいらないぞ。」
「いえ、それに…家族の夕食を作らなければならないので。」
 ふむ、そう言う事か。ならば彼の身内への挨拶も兼ねて、行くとしようかな。
「ならば君についていこう。食材が足りないと遠慮する必要はないぞ。わたしには何も出さなくても
 かまわん。君の家族にも正式にスカウトする事を、挨拶も兼ねて言わなければならないことだし。」
「え、いや、その」
「いいから気にするな!行くぞ!」
 そのまま押し切るように彼の荷物を受け取りに、侍女の部屋へ彼を引っ張りながら向かった。

 遅い。普通に買い物に行ったのならもう戻ってきてもいいはず。それなのに戻ってこない。
 本当は一緒に買い物に行きたかったけど、店のお手伝いも重要だったから……。
 とにかく探しに行かなきゃ!
「お義母さん、私出かけて探してきます!きっと何かあったんです!」
「う〜ん、大丈夫だと思うんだけどね。待っていれば来ると思うよ……って居ないし。」

「シュンくん?店によってからアイラちゃん達の家のほうに帰っていったけど。」
 行きつけの食材屋のおばさんに聞いたけど帰ったと言う。どうしたんだろう、やっぱりなにかあったんだ。
「シュンだったらなんか女の人に呼び止められて連れて行かれ「なんですって!」
 女に連れて行かれた…そんな!
「どっちに!どっちに連れて行かれたんですか!」
 おばさんと世間話をしていた近くの武具店の奥さんに詰め寄る。
「うっ、ちょっ、ちょっと!落ち着いて「早く教えなさい!」 
「ア、アイラちゃん?」
 早く!こうしている間にもシュンが何をされているか!
   
 私としたことが、少し取り乱してしまいました。どうやらシュンは北部の方向に連れて行かれた
 そうです。女は赤い髪で、帯剣していたそうです。騎士の格好はしていなかったそうですから、
 冒険者でしょうか。
 とにかく、急がないと。もう日も傾いてきてる。

 ……どうしよう。勢いで王都の北部まで来たけど、手がかりがありません。人に聞き込みをするのは
 嫌だけど、やるしかありませんでした。でも、知らないという人ばかり。
「シュン……どこに行ったんですか。」
 急に泣きたくなってきました。でも慌てて堪えます。泣くのはあの時からやめたんだから…。
「あれ?アイラ。」
 シュンの、声?すぐに聞こえた方向を振り向きます。いた!良かった…シュン!
「シュン!心配した……誰です、その女は…」
 彼の隣に居る女を見たとたん、シュンが見つかった喜びは、すぐに女に対する嫌悪感に
 塗り替えられました。
「あ、その…彼女は。」
「いいぞ、シュン。私が言う。王宮騎士のレイナだ。君がシュンのパートナーなんだな。よろしく。」
 王宮騎士?なんでシュンが王宮騎士と一緒に?
 女は手を差し出してきました。握手でもするつもりなのでしょうか。…こっちはよろしくするつもりは
 ないですが、シュンの手前、叩き落とす訳にも行きません。
「…よろしく」
「ああ、よろしくな。」
 握手を交わしながら、女を見ます。私とは正反対の自信に満ち溢れた目。
 私の青い髪とは正反対の赤い髪。見ながら、絶対にこの女とは気が合わない、そう思いました。


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