もし神様がいるのなら……。―完全版― 第4回
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純也との別れ話は、自分からきりだした。
純也は初恋の相手だったし、その時も……いや、今でも好きだ。
だけど、私達は別れた。

高校に入り私と純也が付き合い始めると、今まで、気軽に話しかけてきた茜ちゃんの態度が
急によそよそしくなった。
茜ちゃんが私を慕ってくれているのは知っていたし、純也に対して兄を越えた特別な感情を
抱いているのも知っていた。
だから茜ちゃんは自分が姉のように慕っている女性に、最愛の人をとられてものすごく辛かったんだと思う。

私もつらかった。
小学校の頃から一緒だった三人の関係に生じた歪みがどんどん大きくなっていくのが。
そして、何より怖かった。心のなかでうねりをまく黒い感情が。

初めは本当にささいな事だった。
二人でデートしている時立ち寄った喫茶店で、純也が気をきかせて紅茶を持ってきてくれた。
そして純也は二つの紅茶をテーブルに置くと、慣れた手付きで私の紅茶に砂糖を二ついれたのだ。
私は紅茶に砂糖をいれない。
砂糖を二ついれるのは甘党の茜ちゃんの飲み方だ。
その時は笑って指摘したけど、それ以来少し気を付けて純也を見てみれば、純也のいたるところに
茜ちゃん染み入っていることに気付いた。
歩道の歩き方や買ってくる飲み物、歩くペース等の本当にささいな事。
しかし、確実に純也は茜ちゃん仕様に設定されている。

私達三人はずっと一緒だったはずなのに、いつのまにか純也は茜ちゃんによって染めあげられていた。
その事実がたまらなく悔しかった。
今純也と付き合っているのは私なのに……。
自分の独占欲がこんなに強いとは思わなかった。
気が付くとそれは、黒い濁流に姿を変え、わたしを飲み込もうとしていた。
だから、純也と別れた。
茜ちゃんは私にとって大切な存在だし、嫌いになりたくなかったから。

幸いな事に、私と純也が別れた後で三人の関係はある程度元通りに戻ってくれた。

どこかすっきりしないモヤが心に残ったが、これでよかったんだと思う。

「おはよう、沙耶」
いつもの時間、いつもの橋で私は純也達と合流する。
昨日、念願の全国大会出場を決めたからであろうか、純也の声はいつもより機嫌がいいように思えた。
「おはよう」
私は純也に軽く挨拶をすると、となりに佇む小さな影にも手話で挨拶をする。
"おはよう"
私の手話を茜ちゃんが理解すると、いつものハニカミをみせて
"おはようございます"
と相変わらずどこかオドオドした態度で丁寧に挨拶を返してきた。

茜ちゃんは同性から見てもかわいいと思うし、もっと自信を持つべきだと思う。
少し頼りなげな垂れ目と綺麗に縦に並ぶ鼻と小さな口。
笑顔のさいにこぼれる白い歯は綺麗な並びをしている。
それにはっきりとした輪郭と、肩に届く程度のストレートな髪質が重なり正にアイドルのような
可愛らしい顔立ちをしている。
そしてまた、ほっそりとした体つきと、制服のスカートからとびでる白く美しい足は、色気とは違った
魅力をかもしだしている。

「何ボケッとしてんだよ。早くいかないと間に合わないぞ」
私の沈黙を打ち破る純也の声が、頭の中を舞った。
「ちょっと、まだ時間あるでしょ?」
「全身筋肉痛でうまく歩けないんだよ」

やっぱり純也はご機嫌だった。
トロトロ歩く駅までの道の上でも、不規則に揺れる電車の中でも、聞いてもいない昨日の試合の話
が止まらない。
後半バテてたくせに……。

しかし、何だかんだ言っても、純也の活躍は大きい。
ウチの高校は大量得点と大量失点を繰り返す超攻撃的チームだ。
特に前半の攻撃力は凄まじい。
その攻撃をささえているのはやはり純也だ。

 

予選の得点のほとんどが純也絡みで、シュート、パス、ドリブル等の技術面、後悪い意味で
スタミナの次元が他の選手とは明らかに違う。
少なくとも、個人の力で純也を押さえられるDFはこの県にはいない。
決勝の相手のように、ウチの高校との実力差がかなりあり、かつ何人もマークをつけないと
純也は止められない。
それほど、純也は飛び抜けている。

しかし、攻撃の中心である純也がバテた後半からウチの本性が暴かれる。
魔法の解けたチームはあっという間に崩壊し、大量失点を繰り返す。
去年の大会の準決勝はもはやギャグの領域だった。
あの時、純也のハットトリック等で前半に5点のリードを奪い、初の決勝進出確実か?
と思われた後半にドカドカ失点し、まさかの逆転負け。
失望も怒りも通りこし、もはや笑うしかなかった。
ちなみにその試合、純也はスタミナ切れで後半ピッチに立っていない。

「そしたら牧がな………」
………長い。まだ続くのか。
純也はもう十分以上マシンガンのごとく延々としゃべり続けている。
さすがに話を聞くのがしんどくなった私は、適当に相槌をうち、聞いてるフリをする。
茜ちゃんもそろそろウンザリしてきただろう。
そう思い、未だしゃべり続ける純也を横目に、チラッと茜ちゃんの顔を覗きこんだ。
しかし、私の想像とは違い、茜ちゃんはずっと純也の話を、とても楽しそうに聞いていた。
いや、純也はもはや手話を行っていない。だから茜ちゃんが純也の話を理解するのは不可能だ。
茜ちゃんは単純に純也の嬉しそうに話す姿を見るのが楽しいのだろう。

やっぱり、この娘は本当に純也が好きなんだなぁ。
つくづくそう思う。
そして、そんな純粋な気持ちがもてる茜ちゃんが、何故か少しうらやましかった。

 

 

電車が駅につくと、私達は人混みの改札をすり抜け、トロトロ学校まで歩き出した。
それでも純也はまだしゃべってる。そろそろ止めてあげようか。

「あ〜、そう言えば純也。今日、朝の全校集会にサッカー部は出るの?」
「ああ、出るよ。優勝メダルとトロフィー、あと個人賞のトロフィーが校長から与えられるらしい」
「純也は最優秀選手賞取ったんだってね。さすが"妖精"」
さっきまでたらたら話してくれたお返しに、少し嫌味をこめて言った。
"妖精"。
それはあらゆる人を魅了する華麗なプレーをするという意味だ。
しかし、純也にその名がついた理由はもうひとつある。

気まぐれ。つまり、安定してチームに貢献できないと言うこと。
だから、純也は昔からその名前を嫌っていた。
「ははは、でもあれは俺のタイトルじゃないよ。みんなが頑張ってくれたから取れたんだ」
やっぱり純也の方が一枚上手だったようで、私の挑発には乗らずに、綺麗にスルーされてしまった。
このあたりの精神的な完成度も純也の魅力なのかもしれない。

そこまで二人で話していると、ふと背中に刺さるような嫌な視線を感じた。
その視線に釣られるように慌てて後ろを振り返ると、そこにはすごく怖い顔をした茜ちゃんが
私を睨んでいた。
振り返った私と目があうと、茜ちゃんのさっきまでの表情が一変し、すまなそうな顔でうつむく。
そのすまなそうな顔の茜ちゃんの姿を確認すると、私は少しがっかりしてふーっと小さな溜め息をついた。
私と純也が付き合っていた頃から、茜ちゃんは私と純也が二人だけで話しているのを見ると、
露骨に嫌な顔をする。
また、私と純也が付き合いだすんじゃないかって不安なのだろう。
茜ちゃんには私達の会話が聞こえないから。

やっぱり私達の関係は、完全に元通りってわけにはいかないのね。
私は再び純也にも聞こえるように、大きな溜め息をついた。


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