もし神様がいるのなら……。―完全版― 第3回
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神様はわたしに少しイジワルだ。
わたしに普通の生活をさせてくれず、耳と家族を奪っていった。
だから、今の生活は信じられないくらい幸せ。
大好きなお兄ちゃんとお母さんと暮らす日々はまるで夢のようにさえ思える。
わたしは、神様にたくさんのものを奪われた。
だから、今の生活とお兄ちゃんだけは奪わないでね。

昨日、お兄ちゃん達サッカー部は、ついに全国大会出場の夢を達成した。
そのためか、今朝のお兄ちゃんの機嫌はすこぶる良好のように思われる。

わたし達の通う高校ははっきり言ってサッカー弱小校だ。
それに対し、お兄ちゃんは年代別の日本代表には常に選ばれるほどサッカーが上手く、
高校サッカー界の頂点に君臨していると言っても過言ではない選手である。
だから、お兄ちゃんの中学卒業時には全国の強豪校やクラブユースからたくさんの誘いがあった。
しかし、お兄ちゃんはどんな魅力的な話にも見向きもせずに、さっさとウチの高校に進学を決めてしまった。
何故そんな事をしたのか?
その理由は、恐らくわたしにある。

わたしは生まれながらに耳が聞こえない。
そんなわたしを受け入れてくれる高校は思った以上に少なく、自宅から通える範囲で考えると
ウチの高校しかなかった。
だから、お兄ちゃんは来年のわたしの高校進学を見据えて、あえてこの高校に進学したのだ。
お兄ちゃんは、自分から進んでこの高校に進学したんだって言ってたけど、それは恐らく嘘。
だってわたしは知っているから。
去年の冬の総体をテレビで見るお兄ちゃんのひどく寂しそうな横顔を。

晴れ晴れとした顔とは対照的に、お兄ちゃんの足取りはひどく重い。
曰く、全身が油のきれたロボットのような気分らしい。
スポーツ経験のほとんどないわたしにはいまいちわからない感覚ではあったが、ひとまずつらいみたいだ。

 

こんな構成のSSを昔に書いたことがあった。
あまりに稚拙な文章だったから消してしまったという悲しい過去の話だがね。

だからわたし達は少し早めに家を出ることにした。

透き通るような青空をゆったりと泳ぐ白い雲、衣替えをはじめた遠くの山。
子供の頃から見慣れた景色だけど、こうやってゆっくり歩くと色々な新しい発見がある。
こんな朝もたまにはいいかな。
そんな事を思いながら、わたし達二人はいつもの道を通り、桂橋へと向かった。

桂橋とは、わたしの家と駅との中間あたりにある大きな橋で、駅前付近の比較的近代的な街並みと、
わたし達の家周辺の片田舎のようなのどかな街並みとを二分している。
そんな大きな橋で、わたし達と待ち合わせをしている人が一人いる。

もう、沙耶お姉ちゃんは来ているかな?
――柊 沙耶。
お兄ちゃんとわたしの幼馴染みで毎日一緒に学校に行っている。

沙耶お姉ちゃんはいつも優しく面倒を見てくれる姉のような存在で、憧れてしまう程綺麗でカッコいい人だ。
少し気の強そうな印象を受ける大きな瞳と、高く綺麗な鼻。その下にはキュッと引き締まった
クローバー型の小さな唇。
短めな髪と緩やかな曲線を描く輪郭。
その全てが彫刻のような完璧なバランスをたもっている。
その顔に、165センチの長身からスラッと延びる細くしなやかな足と、わたしとは
正反対のメリハリのきいたスタイルがあいなって、さながらファッションモデルのような成り立ちだ。

わたしと沙耶お姉ちゃんのスタイルを見比べると、くやしいけどやはり見劣りしてしまう。
やっぱりわたしより沙耶お姉ちゃんの方がお兄ちゃんと釣り合っているのかもしれない。

沙耶お姉ちゃんは二年前、まだわたしが中学生のころにお兄ちゃんと付き合っていたことがある。

はじめてその話を聞いた時は、大好きなお兄ちゃんと沙耶お姉ちゃんだったから嬉しかったし、
二人を応援しようとした。

だけど、やっぱりどうしてもそれが出来なかった。
だって、わたしもお兄ちゃんが大好きだったから。

以来、お兄ちゃんと沙耶お姉ちゃんが楽しそうに会話をしているのを見るだけで、まるでわたしだけ、
のけものになったかのような居心地の悪さを感じた。
そして居心地の悪さを感じる度に、沙耶お姉ちゃんに対するやるせなさも積もっていった。

沙耶お姉ちゃんはわたしの気持ちを知っているはずなのに、どうしてお兄ちゃんを奪っていくの?
やるせなさは、やがて沙耶お姉ちゃんに対する苛立ちに変化していった。

だから、二人が別れたと聞いた時は不謹慎だけど、少し安心した。
お兄ちゃんをとられないですんだことも大きな理由のひとつだけど、何より沙耶お姉ちゃんを
嫌いにならないですんだから。


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