もし神様がいるのなら……。―完全版― 第1回
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「前線プレス激しく!!相手にスペース与えるな!!!」
敵さんの監督が一際大きな声で指示を送る。

俺達の夢へと続く県大会決勝。
そして、これが俺達三年の最後の大会。だからどうしても勝ちたい。
だけど、後輩の中場まで来て俺の足は完全に止まってしまった。
観客からの応援や、敵の監督の怒号が遠くに聞こえる。
体か重い、滝のように流れる汗を拭き取る力さえない。

はぁはぁはぁはぁはぁ。
俺は膝に手をつきガックリとうなだれた。

―――スタミナ不足
とある事情で練習時間が限られる俺には、どうしても克服できなかった弱点。
「純也ーっ!!パスいったぞー!!」
えっ?
俺の空白を打ち破る大きな声とともに、緩やかなパスが俺の前を通りすぎていく。

いつもなら何でもないパスに反応さえできなかった。
目の前で起こった現象が信じられず、俺は呆然とそのボールを見送った。
鉛のように重い足は一歩も動けない。
コロコロと力なく転がるそれは、そのままラインの外に出ていった。
その時悟った。
俺の最後の大会はここまでだ、と。

 

突然、バシーっと呆然とする俺の背中を誰かが叩いた。
かなり強い衝撃。俺はそれに驚いて後ろを振り返った。
「大丈夫か?純也」
そこにはサッカー部キャプテン 松山 章大がいつになく真剣な顔で立っていた。

やっぱり、はたから見てもおかしいのか。
あんな、パスにも反応出来ないんだから当然と言えば当然だが。

何も言えない俺の状態を確認すると、章大はキュッと眉をしめ監督の所へゆっくりと歩いて行った。
監督と言っても形だけで、試合での事実上の決定権は全て章大にある。

交代か……。
確かにそれが一番妥当な選択だ。
攻撃のチャンスはほとんどなく、ずっと守備におわれっぱなしだ。
戦術的にも、スタミナ切れのピエロより中盤で長く走れる選手の方が効果的だろう。
悔しいけど仕方ない。弱点を克服できなかった俺が悪いんだ。

章大が監督に一言二言伝えると、タッタッタッと小走りで俺の所までやってきて、数人の仲間を集めた。

 

「選手交代だ」
章大はゆっくり俺たちを見渡した後で、まるで自分を納得させるような静かな口調でそう告げた。
………やっぱりか。覚悟していたとは言え、やはり直接口から言われるとショックはでかい。
章大はそんな俺の落胆を気にもとめずに言葉を続けた。
「交代するのは……FWの牧。代わりにDFの佐藤を入れる」

……え?
交代は俺じゃないのか?
「おい、待てよ章大。何で牧なんだ?ここはスタミナ切れの俺を交代すべきだろ?」
「いや、牧を変える。お前は残って体力を回復させろ」
「でも、俺はもうあまり走れないぞ。今は我慢の時なのに。この先十人で戦うつもりか?」
「ああ」
正気か?只でさえ限界ギリギリで戦っているはずなのに……。
「いいか、みんなもよく聞け。
残念ながらチーム力は相手が一枚も二枚も上手だ。このまま延長、PKに行ってもまず勝てない。
だから一瞬のカウンターに賭けるしかない。
そして、今それが出来るのは純也だけだ」

「でも……俺は」
「大丈夫ですよ。純也さんならきっと出来ます」
「そうだな。まぁあと、二十分くらい十人でも何とかなるだろ」
それでも反論しようとする俺の言葉を遮って、みんな章大の意見に賛成の意を唱える。

でも牧はそれでいいのか?
コイツがこの大会に向けて誰よりも努力していたのを俺は知っている。
交代には納得出来ないハズだ。
「牧はどう思う?」
一人うつ向く牧に章大が問いかける。
「俺は……俺もそれしかないと思う。悔しいけど、それが出来るのは純也しかいない」
牧はワナワナと唇を震わせて、絞りだすような声でそう言った。
相当悔しいのだろう。自分の努力が無駄になるんだから。
それでも、牧は自分の私情を押し殺しチームのための判断を下した。

 

もちろん、その作戦が成功するとは限らない。成功の可能性は極端に低いだろう。
それでも牧は……みんなは、俺に全てを賭けてくれるのか。
俺には、もう走る力さえ残ってないのに……。
そう思うと、カァーッと熱い思いが胸いっぱいに広がっていく。

「待った純也。泣くのはこの試合に勝った後にしな。今泣かれると恥ずかしいから」
みんなを元気づけるかのように、章大はいつものおどけた口調で俺をからかってきた。

すると、試合中なのにまるで花が咲くかのように、笑いが広まっていく。

みんなありがとう……。俺、ここに入学して本当に良かったよ。

 

 

あれから二十分、俺以外の十人は相手の猛攻を必死で耐えていた。
スコアはかわらず1-1。
みんな、ユニフォームを泥だらけにしながら必死でボールを追っかけてている。
俺の方はほとんど動かず休んでいたおかげで、大分足が動くようになってきた。

しかし今の所、カウンターのチャンスは一度もない。
だけど、あいつらはきっとボールを俺に届けてくれる。

だから待った。一人最前線で。みんなを信じてるから。

 

そしてついにロスタイムギリギリ、敵のコーナーキックの溢れ玉を、章大が大きく蹴りだした。
ボールは大きな弧を描き、俺の方に飛んでくる。
チラッと見た相手ゴールの守備には一人しかいない。

行けるぞ。

俺は章大からのボールを丁寧にトラップし、マークについていたDFを左右のフェイントでかわす。
足が少しフラついたが、疲れなんて言い訳にならない。牧が、みんなが作ってくれたチャンスなんだ。
絶対に決める。

俺はそのまま広大なスペースを一人で駆け上がった。
ワーッと耳を裂くような歓声が聞こえる。わずか三千人収容の小さなスタジアムだったが俺には、
ここが国立のように感じられた。

最後のDFと向き合い上半身を左右にゆする。そして、俺の動きに釣られて敵DFの重心が傾いた瞬間、
その重心とは逆方向に抜け出した。

よし、最後のDFをかわした。これでGKと一対一だ。

 

しかし、ここで俺は有り得ないミスをしてしまった。
さっきのDFをかわすとき、深く切りこみすぎてしまいボールが流れてしまったのだ。

すでに流れたボールはゴール横、シュートコース、角度ともほとんどない。かといって、
再び切り返す時間もない。
いちかばちかだ。
俺は渾身の力を込めて右足を振りきった。

……音が消えた。
さっきまで聞こえていた地なりのような歓声も、監督の怒鳴る声さえも。
それは凪だった……風の変わる、いや空気の変わる前兆。

ネットにつきささったボールが力を無くし、ゆっくりと地に落ちた時、
空白を全て埋め尽すかのような大歓声が辺りを包む。
今、空気が変わった。

俺は小さくガッツポーズを取ると、みんなの元に走った。
信じられないくらい嬉しい。間違いなく人生最高の瞬間だ。
試合に勝った事、それ以上にみんなでもっとサッカーが出来ることが嬉しかった。

 

「最優秀選手賞、並びに得点王。兵藤 純也くん」

 

「おーい、純也早く来いよ。記念写真撮るぞ」
「あー、ちょっと待ってて。今行くから」
俺はさっきもらった二つのトロフィーを置き、メダルだけもってみんなの元に向かおうとして歩きだした時、
「純也さん、遅いですよ」
二年生の女子マネージャー、唯ちゃんが少し不機嫌な模様で俺を迎えにきた。
「はは、悪ぃ」

「あれ?純也さん。トロフィーは?」
「あっ。やべ、忘れた」
「もう、何やってんですか!!どうします?今から取り行きますか?」
「いや、いいよ。みんな待たすのは悪いし」俺はポンポンと唯ちゃんの小さな背中を叩き、
未だ何か言いたそうな口を閉ざすと、そのままソイツとみんなの元に向かった。

さっき唯ちゃんにトロフィーを忘れてきたって言ったけど、アレは嘘だ。
本当はわざと置いてきた。
だってユニフォームが一番綺麗な俺が、あれを持ってたら恥ずかしいだろ?


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