山本くんとお姉さん2 〜教えてくれたモノ〜 第9回
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「もう、いいよね……? 亜由美“お姉ちゃん”」

 もう、気は済んだよね。
 もう、充分楽しんだよね。

 ……だからもう、いいよね? 

………
……

 月光のシャワーに抱かれて、仰ぎ見る。
 
 貴女のための、貴女だけのための家。
 ――貴女の忌まわしい愛欲が紡いだ、歪の繭。

 今もきっと、あの明かりの下で。
 鳥篭に閉じ込めたあの人を愛でて。心地よい妄想に酔いしれて。
 ……虚ろな夢を結んでいる。

 でももう、いいよね?
 亜由美“お姉ちゃん”?
 
 
 嗚呼、懐かしい響きだね、“お姉ちゃん”
 “お姉ちゃん”と、“お兄ちゃん”と、“わたし”
 ……三人で、いつまでもきょうだいのはずだったね。
 私は、そう思っていたよ?
 
 うん、“わたし”もあの人に恋をしていたよ。
 けれどもそれは、三人で一緒に育んでいけたはずの想いの欠片。
 あの人が私を選ばなくても。
 貴女を選んでも、他の人を選んでも。
 ……私はそれを祝福できるつもりだった。
 それでも私は、ずっとあの人の「妹」でいられたはずから。
 
 
 貴女が。
 貴女があの人に、選択肢を突きつけなければ。
 「姉」を選ぶか「妹」を選ぶか、両の皿に載せた天秤を、あの人の前に差し出さなければ。
 こんなことにはならなかった。
 
 
 貴女が、「姉」を、選ばせた!
 まだ選ぶ必要なんか、なかったのに!
 あの時の私には、まだ何も出来なかったのに!!
 私の持っていた「妹」は、貴女に殺された!!!
 私の“お兄ちゃん”は、貴女に奪われたッ!!!!
 
 
 貴女は最初から知っていたんだ。
 「姉と二人で暮らす」か、「三人で一緒に暮らす」か――
 ――たったそれだけの選択でも、結論は容赦なく敗れた者を追い詰める。
 まだ小学生だった私には、「選ばれなかった」という結果だけが突き付けられる。
 一緒に暮らせる日々に胸躍らせていた私には、「見捨てられた」という事実だけが残る。
 貴女はそれを知っていて……“お兄ちゃん”に、選ばせた。

 でもね、今なら分かるの。貴女がああするより、他になかったこと。
 だって貴女は……私を恐れていたんだもの。
 私が怖くて怖くて、どうしようもなかったんだもの。
 仕方なかったんだよね? 亜由美“お姉ちゃん”には。
 
 うふふふ。ねぇねぇ、そんなことよりも“お姉ちゃん”
 ……今の私は、もうへーき? もうこわくない? もう……私のこわさを忘れちゃった?
 
 いいのかな……? 
 いいのかな、まだ繭の中で夢を見続けていて……?
 今の私は、もう知っているよ? 
 貴女のよわさを。自分のつよさを。
 貴女は狂う程度しか術を知らないほど……………よわいひと。
 
 
 かんたん。とてもかんたん。
 今日だって、私、何もしてない。
 
 ほんの少しだけ。
 あの人の中の小さな小さな迷いの種に、ほんの少しお水をあげただけ。
 なのにあの人ったら、揺れる揺れる。
 うふふふ、おもしろい。
 

 
 貴女が教えてくれたんだよ?
 誰かを愛する処には、奪うか奪われるかしかないことを。
 想いの行き着くその場所は、愛する者を閉じ込めて独占する、束縛の岩の檻だということを。
 
 それが……
 貴女が私に―――教えてくれた、モノ。
 
 
 
 だからね、教えてあげる。
 今度は私が、教えてあげる。
 貴女がどんなに足掻こうとも、孵化した想いが羽を広げて、その繭を飛び立つ日など来ない。
 貴女がどんなに叫ぼうとも、世界は貴女の血の繋がりを忘れない。忘れさせない。
 貴女がどんなに狂おうとも……二人は一緒に、いられない。いさせない。
 それを、教えてあげる。
 
 教えてあげる。 
 奪って、あげる。
 犯して、あげる。

 
 そして最後に
 
 殺して、あげる。
 
 
 あの人はもう、“お兄ちゃん”でも“秋くん”でもない。
 私のためだけの。“秋人さん”だけになる。
 ……だから、殺してあげる。
 貴女の心の中の“秋くん”を、殺してあげる。
 貴女のかわいい「弟」を、殺し尽くして、あげる。

 立ち去り際。
 街灯ごしにもう一度見上げる、色鮮やかなカーテン。
 朧げに佇む、貴女の歪んだ想いのカタチ。
 ――あまりに脆い、軋んだ背徳の繭。
 まるで遠い遠いあの日、三人で作った砂場のお城のようだ。
 
 黄昏どき、別れしな。わたし達があのお城をどうしたか、貴女も覚えているはず。

 

 わたし、

 

 もう、

 

 

 

 

 

 

 壊しますから。

 

 

 

                                  山本くんとお姉さん2 
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                                   〜『とどめえぬカタチ』

 

 

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