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「もう、いいよね……? 亜由美“お姉ちゃん”」
もう、気は済んだよね。
もう、充分楽しんだよね。
……だからもう、いいよね?
………
……
…
月光のシャワーに抱かれて、仰ぎ見る。
貴女のための、貴女だけのための家。
――貴女の忌まわしい愛欲が紡いだ、歪の繭。
今もきっと、あの明かりの下で。
鳥篭に閉じ込めたあの人を愛でて。心地よい妄想に酔いしれて。
……虚ろな夢を結んでいる。
でももう、いいよね?
亜由美“お姉ちゃん”?
嗚呼、懐かしい響きだね、“お姉ちゃん”
“お姉ちゃん”と、“お兄ちゃん”と、“わたし”
……三人で、いつまでもきょうだいのはずだったね。
私は、そう思っていたよ?
うん、“わたし”もあの人に恋をしていたよ。
けれどもそれは、三人で一緒に育んでいけたはずの想いの欠片。
あの人が私を選ばなくても。
貴女を選んでも、他の人を選んでも。
……私はそれを祝福できるつもりだった。
それでも私は、ずっとあの人の「妹」でいられたはずから。
貴女が。
貴女があの人に、選択肢を突きつけなければ。
「姉」を選ぶか「妹」を選ぶか、両の皿に載せた天秤を、あの人の前に差し出さなければ。
こんなことにはならなかった。
貴女が、「姉」を、選ばせた!
まだ選ぶ必要なんか、なかったのに!
あの時の私には、まだ何も出来なかったのに!!
私の持っていた「妹」は、貴女に殺された!!!
私の“お兄ちゃん”は、貴女に奪われたッ!!!!
貴女は最初から知っていたんだ。
「姉と二人で暮らす」か、「三人で一緒に暮らす」か――
――たったそれだけの選択でも、結論は容赦なく敗れた者を追い詰める。
まだ小学生だった私には、「選ばれなかった」という結果だけが突き付けられる。
一緒に暮らせる日々に胸躍らせていた私には、「見捨てられた」という事実だけが残る。
貴女はそれを知っていて……“お兄ちゃん”に、選ばせた。
でもね、今なら分かるの。貴女がああするより、他になかったこと。
だって貴女は……私を恐れていたんだもの。
私が怖くて怖くて、どうしようもなかったんだもの。
仕方なかったんだよね? 亜由美“お姉ちゃん”には。
うふふふ。ねぇねぇ、そんなことよりも“お姉ちゃん”
……今の私は、もうへーき? もうこわくない? もう……私のこわさを忘れちゃった?
いいのかな……?
いいのかな、まだ繭の中で夢を見続けていて……?
今の私は、もう知っているよ?
貴女のよわさを。自分のつよさを。
貴女は狂う程度しか術を知らないほど……………よわいひと。
かんたん。とてもかんたん。
今日だって、私、何もしてない。
ほんの少しだけ。
あの人の中の小さな小さな迷いの種に、ほんの少しお水をあげただけ。
なのにあの人ったら、揺れる揺れる。
うふふふ、おもしろい。
貴女が教えてくれたんだよ?
誰かを愛する処には、奪うか奪われるかしかないことを。
想いの行き着くその場所は、愛する者を閉じ込めて独占する、束縛の岩の檻だということを。
それが……
貴女が私に―――教えてくれた、モノ。
だからね、教えてあげる。
今度は私が、教えてあげる。
貴女がどんなに足掻こうとも、孵化した想いが羽を広げて、その繭を飛び立つ日など来ない。
貴女がどんなに叫ぼうとも、世界は貴女の血の繋がりを忘れない。忘れさせない。
貴女がどんなに狂おうとも……二人は一緒に、いられない。いさせない。
それを、教えてあげる。
教えてあげる。
奪って、あげる。
犯して、あげる。
そして最後に
殺して、あげる。
あの人はもう、“お兄ちゃん”でも“秋くん”でもない。
私のためだけの。“秋人さん”だけになる。
……だから、殺してあげる。
貴女の心の中の“秋くん”を、殺してあげる。
貴女のかわいい「弟」を、殺し尽くして、あげる。
立ち去り際。
街灯ごしにもう一度見上げる、色鮮やかなカーテン。
朧げに佇む、貴女の歪んだ想いのカタチ。
――あまりに脆い、軋んだ背徳の繭。
まるで遠い遠いあの日、三人で作った砂場のお城のようだ。
黄昏どき、別れしな。わたし達があのお城をどうしたか、貴女も覚えているはず。
わたし、
もう、
壊しますから。
山本くんとお姉さん2
〜『教えてくれたモノ』
Fin
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〜『とどめえぬカタチ』
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