山本くんとお姉さん2 〜教えてくれたモノ〜 第1回
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>これまでにでてきたひと
・山本秋人……山本くん。姉と二人暮らし。なんだかんだ言って姉萌えだが、空気を読むのはやや苦手。
・山本亜由美……弟が全てのキモ姉。弟にはどうやら「優しい姉さん」と誤認されている。当然嫉妬深い。
・藤原里香……山本くんの隣の席の女の子。おとなしいけどちょっとだけ腹黒。なかなかに嫉妬深い。

<1>

――
―――『……あなたが離れていくからよ、デニム』

しゃくり、しゃくり。
姉さんの手が翻り、僕のお皿に剥かれたりんごが次から次へと盛られていく。

―――『離れていく? 僕はいつもカチュア姉さんの側にいるじゃないか! これからだって!』

もしゃり…、もしゃり…。
僕は鈍重な手を伸ばし、りんごを無理矢理口元へと運ぶ。
今のところ生産が消費を格段に上回っているので、やや焦り気味だ。

………
……

とある休日の昼下がり。お昼ごはんのあと。
「秋くん、おりんご剥いてあげるね〜」
姉さんはそう言って、果物ナイフを取り出した。

長い髪を後ろで束ねて、爽やかにりんごを剥き始める姉さんを見ていると、自然と頬がほころぶ。
女の人のそういう姿って、なんだかほんわかして優しげでいい。
窓からは、柔らかい五月の光。
そんな些細なモノに幸せを感じる自分が少し照れ臭くて、僕はテレビのリモコンに手を伸ばした。

 

―――『嘘よデニムッ! あなたは私より戦いを選んだわッ!
    自分の理想を実現させるためなら、あなたは私を見捨てることができる……!』
―――『カチュア姉さん……。』

そして二十分後。
瞬き一つせず、食い入るようにテレビを見つめながらながら、黙々と果物ナイフを操る姉さんと。
そんな世界に入れ込めず途方にくれながら、りんご咥えてズボンのベルトを緩めようか悩んでいる僕がいた。
唸るテレビのスピーカーからは、さっきからなんか物騒な台詞が吐き出され続けている。
タクなんとかオウガとかいう難しい名前の、古いドラマの再放送らしい。
しかし正直なところ、今の僕の頭の中に番組内容が割り込む余裕なんぞない。

―――『たった二人きりの姉弟なのにッ!!』
―――『姉さんッ!待ってッ!』

あぁああ、そんな風にすると、あぁあぁ……。
さっきからテレビに夢中で、一瞥もされていない姉さんの手元が危なっかしくて……うわああぁああ……。
徐々にあやしい手つきになっていく姉さんのナイフ捌きの前に、番組のスリルもサスペンスもへったくれもあるものか。
それでいて、剥く作業のスピードと刃筋の鋭さだけは加速していくというこの不条理。
先ほどまで優しかった五月の日差しまでが、果物ナイフを鈍色に輝かせて僕の視線を釘付けにしていた。

「あ、あのさぁ、姉さん、僕もうお腹いっぱいだし……」
―――『私はデニムを愛していたわ。たった一人の弟だもの、当然よね』

一声かけようとした刹那、姉さんはサッとテレビのリモコンを取り上げ音量を上げた。
画面に固定されたままの瞳がうるうるして、今にも零れ出しそうだ。
僕には何をやっているシーンなのかよく分からない番組だが、そんなにも感動的な内容なのだろうか?
まぁいいやどうでも。ともかく、いくらなんでももうこれ以上は食べられない。
ナイフも危ないから、そろそろやめにして欲しい。

 

「ね、姉さん、僕もういらないからさ……」
―――『でも弟じゃなかった。そして私を見捨てた……』

姉さんがぐっと唇を噛みしめたので、慌てて言葉を引っ込める。
うるさいと怒られるのかと思ったが、どうやら矛先は僕ではなかったみたいでホッとした。
……いや、ホッとしてちゃいけない。
強く握り締めたナイフが少し震えている右手、新しいりんごを求めてビニール袋の方へと伸びていく左手。
そんな光景が僕を苛む。
ああぁあぁだから姉さん、ちゃんと手元見てないとホントに危ないってば。

―――『手に入らないのなら、いっそ……』

……ねぇ。
逆手にナイフ握って、りんご剥けるの?


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