Bloody Mary 第14話C
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「ここまで来ればもう大丈夫でしょう」
 そう言って俺たちはかぶっていたフードを脱いだ。
 頭上には朝日が顔を見せる直前の白夜のような空。
 はるか向こうにはアリマテアの王都の出口。まわりには平野と一本の道。
 あれから急いで旅支度を終えると、捜索している兵の目を盗んで街を出た。
 なんとか見つからずに王都を出ることが出来たようだ。
「……」
 団長が口を閉ざしたまま城の方見つめている。
「団長?」
「……これで、良かったんでしょうか…」
 その問いは果たして俺に言っているのか、自分に言っているのか。
「わかりません。でも、俺はあのまま団長を死なせたくなかった。それは確かです」
「そう、ですか…」
 吹っ切れたのかどうか解らないが俺の方を見つめて微笑った。
「これからどうするんですか?ウィル」
「そうですね…この辺はこれから寒くなりそうですし……とりあえず南へ。
 構いませんか?」
「えぇ。どこへでも付いて行きます」
「行きましょうか、団長」
「はい!」
 俺たちは、南方へ続く道を歩いて――――って、あれ??

 道の側に立つ、一本の木の根元で二人の人影が見える。
 そのうちの一人はやけに体躯が小さい。……ちょっと待て。
「ウィリアムーーっ!!!」
 尋常ではない速さでこっちに駆け寄ってくる小柄な人影。……まさか。
「姫様っっ!!?」
 素っ頓狂な声を上げた俺に容赦なく飛びつく姫様。
「ウィリアムウィリアムウィリアムぅ!!
 来るのが遅いぞ!わらわは待ちくたびれたっ!!」
 どどどっどうなってる!!?なんで姫様がここにっ!?
 俺に頬を摺り寄せる姫様を見てここは城の中庭なんじゃないかと錯覚する。
「あ、あああなた!どうしてここに!?」
 混乱して舌がまわらない俺に代わって団長が聞いてくれた。
「ふふん、城を抜け出してきたのじゃ。わらわは待つのは苦手なのでな」
 得意げな笑み。
 ……し、城を抜けてきたぁ!?もしかして、俺たちが追われているのは団長が暗殺未遂したんじゃなくて
 王女誘拐の罪でなんじゃないのか……!?
「ひ、ひめさま〜…」
「む、ウィリアム。今さら城に戻れと言っても聞かんからな。
 何と言おうとぜっっったいに帰らぬからなっ!」
 俺の情けない声を遮って、先に答えた。
 ……やれやれ。姫様のいつものワガママっぷりに呆れながらも、どこか嬉しく感じている自分がいる。
「ところで姫様、あの人は?」
 姫様とは対照的にゆっくり歩いてくるもう一人の人影。
「あぁ、わらわが城を出ると言ったら侍女の一人が自分も付いて行くと聞かなくてな。
 結局、ここまで連れてきてしまった」
 姫様の侍女か。こちらに歩いてくる侍女の顔に目を向けた。
………ん?あれ、この顔は……。
「ご無沙汰しております、ウィリアム様」
「あれ…?シャロンちゃん?姫様の侍女だったの?」
 ……………。
 なぜか一瞬の沈黙。
「なぬぅっっっ!!!??」
 沈黙を破ったのは姫様の声とは思えない重低音ボイス。……下品ですよ、姫様。
「どどどどういうことじゃ!?ウィリアム!
 おぬし部屋でシャロンに会ったことはなかろう!!?」
 俺に顔を近づけ詰問。……ツバがとんでます、姫様。
「え、いや俺が騎士団に入った頃、新米騎士の給仕係をやってくれていたので……
 しばらくして居なくなったと思ったら…そうか、姫様の侍女をやっていたのか」
 懐かしみながら見つめると、シャロンちゃんは俺に黙ってお辞儀した。
「シャ、シャロン!!どうしてそのことをわらわに言わぬのじゃっ!!」
「聞かれなかったので」
「なっなんじゃと!」
 姫様の怒りの声をものともせず、飄々と答えた。
 はは。相変わらずだな。
 と、ここで会話に参加していなかった者の声が。

 

「それより姫様?」
 会話に置いていかれたのを拗ねているのか、なぜか団長の低い声。
「何用じゃ、マリィ」
 あれ、なんで姫様も臨戦態勢?
「いい加減そろそろウィルを放してくれませんか?彼に泥棒猫の匂いが付いたら困ります」
 団長の笑顔。でもやっぱり目が笑ってない。
「ほう。よう言うたわ、マリィよ」
 姫様はそう言って俺から放れた。対峙する二人。
「ふ、鎧を着ているときはわからなんだが……はんっ!」
「な、なんですか」
 嘲りの視線を受けて団長がたじろいだ。
「なんじゃ?その申し訳程度のヒンソな胸は?それでウィリアムをどうこうできると思うのか?」
「うっ…!こ、これは鎧の所為で圧迫されてこうなっただけですっ!まだこれから大きくなります!
 だいたい姫様に言われたくありませんねっ!そんな、胸どころか身体全部が幼児体型のあなたに!」
「ぐっ!ふ、ふん!じゃがわらわはもうウィリアムと交わったからの、ウィリアムはこういうのが
 好きなのじゃ」
 …もしかして凄く不名誉なこと言われてないか?
「くぅぅっっ!!ウィル!!」
「わっ!は、はい!!」
 急にこっちを睨まれた。
「今から私を抱きなさい!!さぁ!!」
「はいぃ!?って…うわ!団長!こんなとこで服脱がないでください!!」
「構いません!“あおかん”というやつです!!ウィル!早くあなたも脱ぎなさい!!」
 暴走する団長を必死で宥める。なんでこんなことしてるんだ…俺。
 いや、あの、俺ね、罪を償うためにね、旅をね……
 そこで俺の努力を無に帰す、姫様の非情な言葉。
「やめておけ。そんな情けなくなるような胸を晒すでない。
 せっかく出てきた太陽が呆れて引っ込んでしまうわ」
 暴れていた団長の動きがピタリと止まった。
 ……ブチッ
 あ、なんか切れた。何の音?
 その音を境に、さわやかな朝焼けなのになぜか物々しい雰囲気が漂い始める。

(あははっ。言ってくれますね。その首、切り落としてあげましょうか?)
(ふん!ならばわらわはウィリアムをけしかけておぬしの心臓に刃を突き立ててくれるわ)

「「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ………………」」

 二人の不気味な笑い声。こ、怖いです…二人とも。

 どうやってこの場を収めようか悩んでいると。
「御二人は忙しいようなので、私たちは先に参りましょうか。ウィリアム様」
 仏頂面のままシャロンちゃんが俺に腕を絡め、無理矢理歩き出した。
「え?あ、でも……う、ちょ、ちょっと、シャロンちゃん?む、胸が…」
 腕に触れる柔らかな感触。二人のひん……いや、控えめな胸とは比べ物にならない
 質感がぽよぽよと……あ、鼻血でそう…
「だ、だから当たってるって、シャロンちゃん!」
「当てているのです」
「は、はい…?」
 なんつったの、今。

 

「「あ!」」
 先へ進む俺たちにやっと気づいたのか、走って近づいてくる二人。
「ウィルから離れなさいっ!」
「ウィリアムから離れよっ!」
 二人が同時に声を上げた。

 

 ゆっくり、東から登り始めた太陽が俺たちを優しく照らす。
 背負ってる十字架はやっぱり重いけど。
 それでも前に進むことはできる。
 二人が追い付いたのを確認してから後ろを振り返った。
 朝日に照らされる王都を見ながら復讐ばかり、後ろばかり見ていた過去の自分に決別。

 

 ――――そろそろ、俺も前を見て歩こうと思うんだ。
                  ………いいよな?キャス。

 

 前を見ると、俺たちの前に広大な平野と、一本の長い道がはるか先まで続いていた。

 

                       END C 『前へ』


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