Bloody Mary 第13話C
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 ……いや。よく考えろ。片方を選ばなきゃならないほど差し迫った状況か?
 だいたいどうして二人のうちどちらかを犠牲にしなきゃならないんだ。
 二人とも失いたくないならその方法を探せばいい。最後まで諦めるな。
 どちらの選択もしたくないのなら自分で別の手を見つければいいんだ。
 ――――――よし。
 団長を説得しよう。
 俺は別にもうフォルン村のことは気にしていないって団長に伝えるんだ。
 団長も姫様も死なせない。第三の選択だ。
 握っていたナイフを足首に戻した。
「ウィリアム?」
 声のした方に振り向くと姫様がいつの間にか戻ってきていた。
「姫様、俺決めました」
 怪訝そうな顔でこちらを見つめる姫様。
「団長を説得してやめさせます」
「なっ!?待て、ウィリアム!
 あやつが途中でやめるわけなかろう!絶対にわらわを殺すまでやめぬぞ!?」
「俺は団長を信じたい。ちょっと歯車の噛み合わせが悪くてこんなことになってるだけなんだと思います。
 だから、姫様もどうか俺を信じてください。
 大丈夫。絶対に姫様は守ってみせます。だけど、団長も失いたくない。それが、俺の答えです」
「ウ、ウィリアム…」
 そうだ。キャスが死んだあのとき、誓ったじゃないか。
 あんな思いをしないために強くなろうって。剣の腕の強さじゃない。
 三年間培ってきたものは復讐心だけじゃない筈だ。それが今、試されるときなんだ。

 やれる。絶対に。
 心の中で何度も復唱して決意を更に強固なものにしていった。

 

 誰かがこの部屋に向かって歩いてくる。
 この聞き慣れた足音は――――団長だ。
「ふー……」
 首を反らしてゆっくり息を吐いた。
 うん、問題ない。落ち着いてる。
 足音がやみ、扉の取っ手が回った。
「姫様〜。死神があなたに引導を渡しに来ましたよ〜♪あはっ」
 扉を開けて中に入ってくる団長。その瞳は狂気に曇っている。
 説得なんてできるのかと一瞬ぞっとしたが決意は揺らがなかった。

「ウィルを誑かす悪い仔猫ちゃんにはこれから生まれてこなきゃよかった、って後悔させてあげますね♪」
「くっ……」
 団長の殺気にたじろぐ姫様。
 俺は姫様の前に立って団長に向かい合った。
「ウィリアム」
 姫様の安堵した声。
「……ウィル?なんでこんなところに?
 あ、わかった。またこの小娘にワガママ言われてここに来たんでしょう?
 もう、いけませんよ。だから王女が着けあがるんです。でもそれも今日で終わりですけど」
 くすくす笑いながら鞘から剣を抜いた。背後にいる姫様に剣先を向ける。
 全然大丈夫。俺の水面には波紋ひとつ立っていない。
「団長、もうやめにしましょう」
 俺の第一声を聞いて、団長は豆鉄砲をもらった鳩のように目を丸くした。
「何言ってるんです?彼女はあなたの敵ですよ?
 これからその小娘を殺してウィルに許してもらうんですからやめるなんてことできません」
「俺に何を許してもらうんですか?
 俺がいつ団長を許さないなんてこと言ったんですか?」

 その言葉でさっきまでの狂気が揺らぎ始め、目が泳ぎだす団長。
「え……?だって、私はトレイクネルの人間で、お父様がフォルン村の事件の黒幕で……
 だからウィルは私を許せなくて騎士を辞めて――――」
「そんなこと、俺が、いつ、どこで、言ったんです?」
 団長の目が更に忙しなく動き出した。
「え、え…?いや、だって…えと……」
 曇っていた瞳が少しずつ晴れてきた。もう少し。もう少しで団長の呪縛が開放される。
「別に俺に許しを求める必要なんてないんです」
 そう諭しながら団長に近づく。
「で……も…」
「団長がいつも俺を気遣ってくれていたこと、知ってます。
 事件のことがわかったからって俺が団長を恨むなんてことするわけないじゃないですか」
 一歩一歩踏みしめるように団長に向かって歩く。
「あ………」
 ゆっくり、囚われた復讐心を解きほぐすように、団長を抱きしめた。
「だから、もう、そんなことしなくたっていいんです」
「う……あ…」

 ガランッ

 腕から力が抜けたのか彼女は剣を手から取りこぼした。
「や……やめて、ください…ウィル。私は実の父親を殺したんですよ…?
 私を捜していた兵も何人か殺しました。
 こ、こんなところで、途中でやめられるわけ、な――――」
 もっと強く、抱きしめる。
「まだ、戻れます。
 俺だって、罪のない人間を数え切れないくらい殺しました。
 でも…罪を償いたい気持ちがあるなら、まだ戻れるんです。」
 最後の部分は自分にも言い聞かせるように。
「う……うぅ…」
「俺と一緒に償う方法を探しましょう」
「う……あ…うぅ、ぅぅ……」
 泣き崩れる団長を倒れないように肩を支えながらとりあえずその場に座らせた。

「姫様」
「……え?あ、なんじゃ?」
 呆けていた姫様の方に振り向いて声を掛けた。
「俺たちはこれからこの国を出ます」
「ッ!!?ま、待てウィリアム!どういうことじゃ!」
 慌てて俺の胸に飛び込み、服を掴む姫様。
「理由はどうあれ、団長は謀反を起こしました。
 王族暗殺は未遂でも捕らえられれば即死刑です。償い方としてはそれも一つの方法なのかも知れません。
 だけど――――」
 嗚咽を漏らす団長をちらりと見る。
「だけど俺はそれで納得したくありません。
 俺たちはこれから旅に出て罪を償う方法を探そうと思います。答えなんて無いのかもしれないけれど」
 俺の返事を聞いている姫様の頬には一筋の涙。
「い、いやじゃ!わらわを独りにせんでくれ!寂しいのはもう嫌じゃ!なぜマリィと一緒なのじゃ!
 おぬしはここに残ればいいじゃろう!?」
 泣きながら俺に懇願する。
「すいません、姫様」
「いやじゃ、いやじゃ!!おぬしはわらわを抱いたのじゃぞ!?わらわを置いていくな!
 わらわをキズモノにした責任を取れっ!女を食べて即ポイなど、男としていけないことなのじゃぞ!!」
 何が何でも聞き入れない、と俺に顔を埋める姫様。
 どう決心しようが、俺は女性を泣かせてしまう性分らしい。
「よく聞いてくれ、マリベル」
 無礼を承知で彼女を引き離し、目線を合わせて言う。
「俺は自分の犯した罪の償い方が知りたい。そのために旅に出るんだ。
 でも――――もし、その方法が見つかったら、もう一度最初から団長と姫様のこと考えてみようと思う。
 そのときは必ず、君に会いに行くよ。どうかそれまで待っていて欲しい」
 姫様の頭を撫でながら言い聞かせる。
「で、でも…」

 ガチャガチャと外が騒がしい。
 どうやら痺れを切らした城内の兵たちがこちらに向かって来ているようだ。
 そろそろここを出た方が良さそうだ。
「団長、行きましょう。兵が来ます」
 黙って泣いている団長を抱き起こし、歩かせた。
「あ……ウィリアム」
 涙の乾ききっていない目が俺を見つめる。
「必ず、必ずまた来ます」
 それだけ言って俺たちは姫様の部屋を出た。

「……待つ―――か……ウィリアム…」


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