「――――では、そのようにいたせ」
「仰せのままに」
わらわの言葉に大臣の一人が傅いてから立ち去った。
「……ふぅ」
疲れを隠し切れず、玉座にもたれた。
「女王陛下、やはり政は大臣たちに任せて暫く休養を取るべきではないですか?」
側に控えていた執政官が心配そうにこちらを窺っている。
「……そうもいかぬ。ただでさえ人が足らぬのじゃ。
頭となる王がいなくては正常な政治を維持できん」
「それは…そうかもしれませんが……」
「とはいうものの。流石に今日は疲れた。自室で休ませてもらう。
何かあったら必ずわらわをよぶのじゃぞ?」
「はっ」
身体を気遣いながら立ち上がり、自室に向かった。
あれから一年が過ぎようとしている。
マリィの死後、わらわはフォルン村の事件の真相を民に発表した。勿論、大騒ぎになった。
トレイクネル家は完全に没落、事件に加担した貴族たちは軒並み失脚した。
父上は責任を取って半年後に王の座を退き、現在はわらわが指揮を執っている。
といっても貴族たちが大勢失脚して人手不足。わらわは激務に追われた。
今は人員補充に奔走している。
ウィリアムは―――――
ウィリアムはわらわが女王になる直前に死んだ。死因は衰弱死。
あの後、ウィリアムは廃墟となった故郷に戻り、ひっそりと暮らしていた。
わらわの静止は聞き入れてくれなかった。
わらわは勿論それに納得せず、何度もフォルン村を訪れた。
ウィリアムはボロボロだった。あまり食事も取っていなかったいらしい。
わらわは足げくウィリアムの下に通い、何度も慰めた。身体を使うことも度々あった。
それでも、頑なに故郷を離れることを拒み、最後までウィリアムを城に戻すことは叶わなかった。
ウィリアムはずっとマリィを手にかけたことを悔やんでいた。
彼が逝く間際の言葉は今でも忘れられない。
『許してください…団長』
わらわのせい。いくら生き残る方法があれしか無かったと言っても
ウィリアムに殺させるべきではなかったのだ。
後悔した。ウィリアムにとってはマリィも大切な、大切な人物だったのだと真の意味で知らされた。
彼が死んだ後、わらわもすぐに後を追おうと思った。ウィリアムのいないこの世界に未練などない、
そう思っていた。
でも………
「あら、陛下。お休みでございますか?」
「うむ。わらわも流石に今日は堪えた。すまぬが休ませてもらうぞ」
自室に入ると部屋を掃除していた侍女に声をかけ、寝具に着替えた。
「陛下、身重なのですから御無理は程々になさってください。
お腹の子に響きます」
「わかっておる。以後気をつけよう」
「それでは私はこれで」
侍女は恭しくお辞儀して退室した。
それを見送ってからベッドに腰掛ける。
そう、わらわは妊娠していた。ウィリアムの子だ。この子の存在がわらわをこの世に繋ぎ止めた。
ウィリアムが遺してくれた大切なもの。この子を道連れにどうして死ぬことができよう。
今のわらわの生き甲斐はこの子が大きくなるまでに王国を平和に立て直すことだ。
そうでなくては先に逝ってしまったウィリアムに申し訳が立たない。
不意にお腹の中で、子供が動いた。
「ふふっ…」
この子が安心して暮らせるようになるまでは、まだわらわは死ねない。
わらわが死ぬその時まで、すまぬがそちらで待っていてくれ、ウィリアム。
そして、マリィ。その時はもう一度、わらわと勝負じゃ。それまでウィリアムに手出しするでないぞ?
わらわが逝く、その日まで。
「のぅ、ウィリアム―――――」
未だ生まれ出ぬ我が子を撫でながら、自然と自分の顔が綻ぶのがわかった。
END B 『盾の仔』