Bloody Mary 第13話B
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 姫様は命に代えても守る。その想いに偽りは無い。

 だけど。

 俺の命が代償ならまだいい。いくら姫様を守るためでも団長の―――
「くそっ」
 いくら考えてもどちらかを選ぶなんて決められない。
 俺は頭を抱えてベッドに腰掛けた。
 無茶苦茶だ。こんなことならもっと早く騎士を辞めるべきだった。
 戦争が終わった段階で辞めれば良かったんだ。
 いや、突き詰めて言うなら三年前のあの日に死ぬべきだったんだよ…
 今すぐ発狂して何もかも忘れたい。そんな気分だ。
 騎士を辞めると決断してから治まっていた嘔吐感がぶりかえしてくる。
「なんで……」
 なんでこんなことに。そう口に出す前に。

 バサリ

 いきなり背中に重みを感じた。
「ひ、姫様?」
 いつの間に帰ってきていたのか、姫様が後ろから俺に抱き付いていた。
 後ろに首を回したが丁度死角になって顔が見えない。
「ウィリアム……」
 さっきまで死の恐怖に怯えていた声とは思えない。
 妙に落ち着いていて俺の心の奥にまで入ってくるくるような、そんな声。
「わらわは…まだ、死にとうない。
 ウィリアム、おぬしはどうじゃ?わらわには生きていて欲しいか…?」
 変だ。心がざわつく。
「あ、当たり前です」
「―――嬉しい。でもわらわの命を奪おうとする者がおるのじゃ。それが誰か、解るか?」
 ゆっくり、まるで子供を躾けるように俺に囁く。
「団長です…」
 気分が楽になる。
 姫様に誘導されて答えるだけで、俺の心はあんなに悩んでいたのが嘘みたいに
 落ち着きを取り戻していった。
「そうじゃ。あの者がわらわを殺そうとしておる。
 おぬしが生きていて欲しいと思う者を、殺そうとしておるのじゃ」
 思考が霞みがかっていく。心地いい。
「わらわはおぬしにとって大切な者か…?」
 それにははっきり答えられる。
「はい」
「ならばわらわを守ってくれ……わらわを助けてくれ」
「だけど団長を…」
 言い切る前に姫様が言葉を重ねる。
「マリィはおぬしの大切な者を奪おうとしておるのじゃぞ?
 つまり、あやつはおぬしの――――敵じゃ」
「て、き…」
 そうだよ。姫様はこんなに助けを求めているじゃないか。何を迷う?
 どちらを選ぶかは自明の理だ。
「マリィは言わばフォルン村を襲った者たちと同じことをしようとしておる。
 あの時の再現をしてウィリアムに三年前と同じ思いをさせようとしておるのじゃ」
 喉が渇く。いや、だ…そんなの、いやだ。
「いやだ……あんなの、にどと、みたくない……」
「そのためには、どうするか解っておるな…?」
 握っているナイフを俺の手の上から更に強く握る。

 あぁ。そうだ。だんちょうはおれのてきだ。
 ひめさまをまもらないと。あんなおもいは、もうにどとしたくない……

 とうとう決断した。

 

 知らせでついさっき、敵が城を訪れたらしい。
「ウィリアム……」
 俺の腕にしがみつく姫様。
「だいじょうぶです、ひめさま。かならずおまもりします」
 そう言うと彼女は不安ながらも笑顔を向けた。
 部屋の外で鎧の擦れる音と足音が聞こえる。来た。俺の敵が。
 ガチャリ。
 部屋の扉が開く。
「こんばんわ〜姫様♪黄泉に行く時間ですよ〜。ふふっ」
 何が可笑しいのかくすくす笑う、俺の敵。
「き、来たな…マリィ」
「すぐに殺し……あれ、ウィル?」
 やっと俺の存在に気づく。さっきまで笑っていた敵がキッと姫様を睨んだ。
「さっさとウィルを放しなさい!!」
 剣を抜いて突然怒り狂う。まずい、早く何とかしないと本当に姫様が敵に殺されてしまう。
「ひめさま」
「う、うむ」
 俺が言うと姫様は腕を放してくれた。
「ウィル、そんなところに立ってないで、こっちに来て…」
 敵が潤んだ瞳でこちらに手を伸ばす。あぁ、すぐそっちにいってやるよ。
 黙って敵の方へ歩く。手の中には相手に見えないように隠し持っているナイフ。
「早く…早く」
 この敵はなんで、こんなにうれしそうなんだ。へんなやつ。
「嗚呼、ウィル」
 手の届く位置まで来ると俺を抱きしめた。ほんとにへんなやつ。
「良かった、良かった……私を許してくれるんですね……嬉しい」
 敵が何か言ってる。まぁ、いいや。おれはひめさまをまもらきゃ。とっとところしてしまおう。
「嬉しい……嬉しい……うれ――――」
「しね」
 強く俺を抱きしめる敵の胸にナイフをできるだけ深く刺しこんだ。
 鎧の隙間をぬってナイフの刃が全て敵の中に埋まる。
 やった。ひめさまをまもった。

「あ、れ―――?」
 敵が不思議そうな顔をしてがしゃん、と剣を落とし、鎧の音をたてて倒れる。よし、てきをたおした。
「な…なんで?ウィル……あれ?ち、力が入ら、ない」
 敵が倒れたところから少しづつ血が広がっていく。
「寒い…寒いです……ウィル……お願い、こっちに……来て…」
 見下ろす俺に手を伸ばす変な敵。なにやってるんだ、こいつ。
「さ、寒いん、です……お願いですから、こ、こっちに……」
 必死で手を伸ばす。何処かから聞こえる誰かの嗤い声。
「い、痛……怖い…なんで、こん、な……暗いの…?ウィル……何処…?」
 光を失っていく瞳がきょろきょろと彷徨う。なんで、こいつ、おれをよんでるんだ?
 ふと敵の髪飾りが眼に入る。ブローチか。
 ……ん?なんだ……?このブローチ、まえにどこかでみたような―――?
「怖いよ……ウィル、た、助け…て…」
 このブローチは……えと、たしかおれがだれかにプレゼントした………だれに?
「さむい……ウィ、ル………た…けて……」
 だれにプレゼントしたんだ……?
「た………け………」
 パタンと。
 伸ばしていた手が力なく落ちる。さっきまでうるさく呟いていた敵の声も聞こえなくなった。
 いったい、だれ、に…………?
 
 
『すまないが、このブローチをくれ』

ピシリ

『欲しいんでしょう?このブローチ』

ピシリ

 なにかがひび割れていく音が聞こえる。

『あの…いいんですか?』

ピシリ

 俺の中のなにかが。

『えぇ。日頃お世話になっているほんのお返しです。気にしないでください』

ピシリ

 なにかが壊れようとしている。

『あ、ありがとう……』

ガシャン

 たった今、俺の中の何かが粉々に砕け散った。

 あ、そうだ。だんちょうにプレゼントしたんだ。
     …ってことは、おれは、だんちょうを、こ、ころ、ころし――――――


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