Bloody Mary 第14話A
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 アリマテア王国から程近い国の、とある街の一角。裏通りの真ん中で一人の男が斬殺されていた。
 相変わらず惨い殺し方だな……
 思わず目を背けたくなる。
「どうやら武器商人のようですね。
 アリマテアから亡命してきた例の事件の関係者みたいです」
 死体の身元を割り出してきた兵士が上司にメモを読み上げながら報告した。
「そうか。となると今回もどこか近くに犯人がいるってことだな」
「どうします?捜索しますか?」
「馬鹿言え。あんな化け物、相手にできるかよ」
 部下の提案を慌てて却下する上司。
「この事件はな、専門に追ってる人間がいるんだよ。
 追跡はそいつに任せて俺たちは現場検証担当だ」
 そこでちらりと俺を見た。どうやらお呼びらしい。
 少し離れて様子を見ていた俺は二人に近づく。
「あんた本当に大丈夫なのか?」
 俺への信用はゼロ。
 まぁ当然か。事件の度、俺は彼女を取り逃がしている。
 その辺りの話は噂で誰もが知っている事実だ。
「問題ない。それに多分、今日で最後だ」
「はぁ?」
 その上司の疑問の声は無視して俺は歩き出した。
 そう、今日で最後。虐殺事件に関わったとされる貴族や武器商人たちはもう全員、
 この世にいないのだから。
 どうせここからそう遠くない場所で俺を待っているんだろう。別段急ぐ必要もない。

 

 姫様が殺されて丁度一年が過ぎた。
 あの団長の刺突で死んだと思ったが、どうやらなんだかんだ言っても手加減されていたらしい。
 俺は右目を失ったものの、命に別状はなかった。
 国王陛下もあの晩、団長に暗殺された。
 国内は先の戦争の英雄が乱心したと騒ぎになったが、次いでフォルン村の真実がまことしやかに
 囁かれるようになると彼女への人気は更に高まった。
 今では尾ヒレがついて王も事件に何か関わっていたのではないかと言われている。
 あれから団長は虐殺事件に加担した者を次々と殺害していった。俺に許してもらうために。
 だけどそれは民にとって、腐敗した王国政治を粛清する高潔な人物に見えるらしい。
 団長を『救国の戦姫』と呼んでいる者はもういない。
 今の彼女の二つ名は戦争を引き起こした罪人を容赦なく惨殺するその姿から、
 畏敬の念を込めてこう呼ばれている。

 ブラッディ・マリィ、と。

 一方俺の方は、王国に団長追跡の任を任せられている。民から見れば俺の方が悪者なのだろう。
 名声のために故郷を売り、かつての上司を殺そうとしている大罪人として罵られている。
 これでいい。責められるべきは俺なのだから。
 国内は現在ガタガタだ。新たな王を迎えて何とか立て直そうとしているが、例の事件が明るみになった
 せいで国民の反感が強すぎる。
 国民が革命を起こすのも時間の問題だ。
 そんなこと今の俺にはどうでもいい話だが。

 

 しばらく歩いていると急に視界が開けた。
「墓地か……」
 その墓地の真ん中で彼女が俺を待っていた。今の俺たちにお誂え向きな場所だ。
「団長」
「あははっ。おかしいですよ、ウィル。私もう騎士団長じゃないのに」
 狂った瞳。俺は一年間、この眼だけを追ってきた。
 俺が捨てた復讐心を拾って彼女は狂ってしまった。
 一年奔走したが、とうとう団長を正気に戻すことは出来なかった。
「終わりにしましょう。もうあなたが殺したい人間は居ません」
 そう言いながら抜剣した。
「そうですね、私も正直疲れました。全部殺したのに結局ウィルは許してくれませんでしたし。
 他に許してもらう方法も知りません。だから――――」
 俺に続いて剣を抜く団長。
「あなたを殺してゆっくり愛してあげます。これでずっと一緒ですね。ふふっ」
 嬉しくて悲しい。
 こんなに俺を愛してくれているのに俺の声は届かない。
 恐らくこの戦いは一撃で決まるだろう。
 一年間随分と苦労したが最後はあっさりした終幕になりそうだ。
 向き合いながら同時に剣を構えた。
 そこで団長が何か思い出したように。
「あ、最期にひとつ言い忘れてました。
 ウィルがこの一年間、私だけを追ってきてくれて、私だけを見てくれて凄く嬉しかったですよ。
 ありがとう」
 その言葉を最後に俺たちの殺し合いが始まった。
 一気に二人の距離が縮まる。
 お互いの心臓を狙って交差する二本の剣。
 避けられるはずの俺の突きを団長はかわさなかった。
 命を刈り取らんと急所に向かって突進する切っ先。
 それが心臓に到達する直前、俺は確かに聞いた。

 

『愛しています、ウィル』

 

 致命傷を与えた手応えと心臓を破壊される痛みを感じながら、思う。

 俺の告白に笑顔で答えてくれたキャス。
 いつも俺に飛びついて甘えてきた姫様。
 嬉しそうにプレゼントを受け取った団長。

 ―――――――結局俺は、最期の最期まで何も守れないんだな………

 

                       END A 『咎人たちの末路』


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