Bloody Mary 第12話A
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 そうだ。もう寝よう。身辺整理して疲れているんだろう。
 無理矢理焦燥感を押し込め、俺はベッドに入ることにした。

 

――――――――…………

 

 城の中が慌しい。つい先程、賊が侵入したとのことだ。
「……ウィリアム…こ、怖い」

 なんという体たらく。己で引き起こした事態に部屋でガタガタ怯え、
 あろうことか城を去ったウィリアムに助けを求めるとは。
 しっかりせよ!マリベル!このまま死ねばウィリアムに二度と会えなくなる!
 震えている暇があるのなら何か考えよ!!
 ぱんっ!と自分の頬を打ち、奮い立たせる。

「シャロン!シャロン!」
「こちらに」
 恐怖を払いのけ、シャロンを呼びつけるとすぐ私の元に来てくれた。
 こういう切羽詰った状況のとき、本当にシャロンの存在は心強い。
「シャロン、おぬし戦姫マリィに勝てるか?」
「無理です」
 即答だった。わかってはいたが、そうはっきり答えられると不安になる。
「じゃ、じゃがおぬしは気配を殺すのが得意じゃろう?
 この部屋に来るまでたくさんの警備兵や騎士を相手にして疲弊している状態のマリィならばどうじゃ?」
 沈黙。シャロンは考え込んでいるようだ。
 しばらく吟味したのちわらわに答えた。
「マリィ騎士団長が他の何かに意識を集中していて、その時に背後から奇襲すればあるいは……」
 他の何か……マリィを返り討ちにするためにはその要素が足りない。
 ……いや、あるではないか。マリィがこれでもかと言うくらい集中する対象が。
「よし。ならばシャロンは隠れて待機。わらわがマリィを引き付ける。
 あの女が周囲の警戒を解いたと感じたら奇襲をかけよ」
「かしこまりました」
 シャロンはすっと気配を消してどこぞの物陰に隠れた。ふ、本当に気配を殺すのが上手い。
 策は成った。後はわらわ次第じゃ。決着のときは近い。
 深呼吸してあの女が来るのを待った。

 

 

 バタンッ!!
 乱暴に扉をぶち開ける音。
 ――――来た。
 扉の先にはぶつけられただけでショック死してしまいそうな程の殺気を放つ、
 王国騎士団長マリィ=トレイクネルが立っていた。
「あはっ。見〜つけたァ」
 底冷えするくらい楽しそうな声。これが戦姫の殺気ッ…!
「ふん、来おったか。マリィ」
 できるだけ強気に声を発する。
 殺気をぶつけられて発狂してしまいそうになるのを必死で抑えた。
「殺されるのが分かってて逃げなかったみたいですね。
 偉いですよ、姫様。それに免じて苦しまないよう殺して……」

 喋ってる途中で黙り込むマリィ。
 なんじゃ!?バレたのかっ!!?怖い、怖い!!
「やっぱり駄〜目ェッ!!あははははははははははっっ!!!!
 あなたはウィルを誑かしたんですもの。苦しみぬいて死なないと。あはっ」
「別に貴様のモノと言うでもなし……おのれにそのようなこと言われる筋合いなどないわ!」
 恐怖を押し殺す。本当は今すぐここから逃げ出したかった。
「ウィルは私のものウィルは私のものウィルは私のものウィルは私のものウィルは私のもの
 ウィルは私のものウィルは私のものウィルは私のものウィルは私のものウィルは
 私のもの!!!!!!!!!」
 怖い怖い!!!ウィリアムに助けてと叫びたくなる。
「だから人の物を盗っちゃう悪いお姫様にはきつ〜いお仕置きしないといけませんねぇ。
 あなたはウィルを苦しめた敵であると同時に私の敵。
 実は生きてました、なんてことがないよう念入りに殺してあげます。念入りに、ね」

 いつまでもこんなやりとりを続けていても意味がない。
 そろそろマリィの注意を完全にこちらに向けさせないとこちらが保たない。

「フンッ、何を言い出すかと思えば…おぬしの物?笑わせるでないわ。
 わらわはもうウィリアムと交わったぞ?おぬしはまだじゃろう?
 おぬしは知らぬのじゃろう?ウィリアムのものが身体に入るときの悦びを」
 瞬間。マリィの殺意が爆発的に膨れ上がる。
 わらわは恐怖で声をあげそうになった。だが周りへの注意が逸れるまで後少し。
「もういい。殺してやる…小娘」
 静かな激情を放ちながら剣を抜くマリィ。

 注意が――――――逸れた。

 瞬時に物陰から飛び出すシャロン。あっという間にマリィへ距離を詰める。
 あの女はまだシャロンに気づいていない。
 わらわは勝利を確信した。

 脳裏に浮かぶ、ウィリアムの少し困った笑顔。
 ――――――もうすぐ会いに行くからな、ウィリアム。

 

 

「――――――ル!おい!起きろ!!ウィル!」
 急激に現実へ呼び戻す誰かの声。
「え……あ………師匠…?」
 家の扉を叩く音と師匠の声で俺は覚醒した。
「なんです、こんな夜中に」
 瞼を擦りながら鍵を開錠する。
「ウィル!!お前聞いたか!!?」
 すぐに入ってきた師匠の慌て具合に俺は目を白黒させた。
「な、何をです?」
「城内で戦闘になってる!!賊は……あの騎士団長だ!!!」
 なッ!!!!?
 なんだ!?なんでそんなことが起こってる!!
 ……いや。だけどもう俺は―――――
「お前、こんなとこで寝てる場合かッ!!?さっさと城に行けッ!!」
「師匠。俺は騎士を辞めたんです。もう俺には関係ない…」

 ぐっ、と俺の胸倉を掴みあげる師匠。
「テメェ、本気で言ってんのか!!守りたいもんがあるんだろうがッ!!
 このまま放っとけばそれがなくなっちまうかも知れねぇんだぞ!!
 今度は本当に見殺しにすることになるんだぞッ!!!」
「ッ!!!」

 あの日のキャスの光景が鮮明に蘇る。
 そのキャスの姿に――――――姫様が重なった。

「くッ!!」
 俺は急いで剣を取り、弾かれたように家を飛び出した。


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