Bloody Mary 第8話
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 最悪だ。吐き気が治まらない。
 昨日俺は師匠と話している最中に気を失ったらしい。
 目が覚めれば一晩経ち、自分の家にいた。おそらく師匠が家まで運んでくれたんだろう。
 昨日聞いた事件の真相。俺にとってあまりに想定外だった。
 団長のお父さんが黒幕だったという事実は確かにかなりショックだった。
 でも到底復讐がどうのと言う気になれない。
 それというのも――――

「う、ぐ………げぇ」
 また気分が悪くなって近くのゴミ箱に吐いた。
 ……それというのも隣国が全く関係なかったことが俺に重くのしかかっているからだ。
 あの国は全然無関係だった。ただわけの分からない因縁で戦争に巻き込まれただけだ。
 本当は関係のない戦争でたくさんの兵士が死んで……
 そう、俺が、殺した。
 助けを乞う兵の顔に剣を突き立て、はらわたを切り裂き、四肢を切断し、首を刎ねた。
 俺が殺しまくった。彼らには何の謂れもない復讐心をぶつけて。

「げはっ!…ごほっごほっ……」
 初めて人を殺したときに覚悟したつもりだった。
 戦争で駆り出されたのはモルドの連中ではない。それでも俺は殺した。
 あの国のヤツらがキャスのような娘を二度と生み出さないために、という大義名分が
 俺の覚悟を支える原動力だった。

 けど。

 彼らは…本当に!全く!微塵も!関係なかったんだ!!なのに俺はひたすら殺した!!
 向こうの人間にとってはこの国が、俺こそが村を襲った連中そのものだったんだ!!!!

「俺はあの戦争でいったい何をしていたんだ……」
 重い。覚悟の後ろ盾がなくなり、背負った十字架がとてつもなく重い。
「城に、行かなくちゃ……」
 たとえ心がボロボロでも身体は染み付いた習慣を行動に移したいらしい。
 吐き気を催しながらフラフラと日常通りに城に向かった。

 

「ウィリアム、本当に大丈夫か?」
 王族と貴族の会合に付き添った後、姫様の部屋に戻る途中で俺はまた壁に手をついた。
 歩くのすら辛い。姫様に気取られないよう注意を払うことさえできなかった。
「大丈夫です。ちょっと立眩みがしただけですから」
 心配そうに覗き込む姫様になんとか笑顔でそう答えた。
「無茶するでないぞ?戻ったらわらわの部屋で休むがよい」
 …はは。それじゃ護衛の意味がない。まぁ今の俺が『王の盾』の任務をこなせているとは言えないけど。
「あ……」
 城内の回廊の先。そこであの人と会った。
「あ………あ、あの……ウ、ウィル?」
 厄日だ。こんな状態で今一番会いたくない人に会ってしまった。
「団長……」
「え、と、ウィル。あの、お、お話が――――」
「すいません、団長。俺は仕事があるので失礼します」
 居た堪れなくなって団長の言葉を遮り、彼女の脇を通り抜けた。
「あ……あ…あぅ…あ…あ……」
 団長の声が聞こえないフリをしてその場をそそくさと立ち去った。
 しばらく先まで行った後で。
「良かったのか?ウィリアム」
 姫様の質問に答えられなかった。わからない。けど今は団長に構っている余裕がなかった。
「――――ウィリアム、ちょっとこちらに来るがよい」
 姫様は何か思いついたように立ち止まると手近な扉を開いた。
「こっちじゃ」
 ここは……食糧庫?なんでこんなところに……
 彼女の後について薄暗い食糧庫に入る。
「姫様、こんなところにいったい何の用――――」
 姫様に尋ねようとしたら突然抱きつかれた。
「ひ、姫様?どうしたんです、いきなり」
「ウィリアム。辛いのならわらわにそう言ってくれ。
 わらわはウィリアムの助けになりたい。ウィリアムを癒してやりたい。
 おぬしがわらわをそうしてくれているように……」
 なぜかひどく心地よかった。姫様の言葉が。少しだけ吐き気が治まる。
「おぬしが辛そうにしているのを見ているのは苦しい。
 何か、何かわらわがしてやれることはないのか?」
 鎧を着ているのに身体に姫様の体温が伝わってくる気がする。
「わらわに言ってくれ。わらわは何をしたらいい?」
 あぁ、この温もりが俺の罪の意識を覆い隠してくれる。
「ひめさま……」
 もっとこの温もりが欲しくて。
 早くこの罪悪感を忘れたくて。
「愛しておる……ウィリアム……」
 俺は彼女の服に手をかけた。


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