Bloody Mary 第4話
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 翌日の午前。俺は城下町の酒場に来ていた。やや寂れた感じのするこの酒場は月に一度、
 ある人物から定例報告をしてもらうのに待ち合わせている場所だ。
 酒場の中を見渡すと隅のテーブルで目的の人物が酒を煽っているのを見つけた。
「朝からアルコールですか。堕落してますね、師匠」
「よう、ウィル。『王の盾』になったんだってな。」
 そう言って俺に座るよう顎で促すこのオッサンはベイリン。俺の師匠で騎士になる以前所属していた
 傭兵旅団のリーダーだ。
「いいんですか?こんな朝からお酒なんて飲んでて」
「いいんだよ。戦争が終わってからこっち、仕事なんてありゃしねぇ。
 南の方じゃ雲行きが怪しくなったてんで旅団の他のヤツらはそっちに行かせたんだがオレはお前に
 頼まれた仕事があるしな」
「…すいません」
「ま、そりゃ別にいいんだけどな
 ……で、お前に頼まれてた―――フォルン村を襲ったって奴等の所在だが」
 師匠には戦争終結後、フォルン村を襲った連中のことを調べてもらっている。
 ヤツらが敵国の兵なら戦争中に顔を合わせることもあるだろうと思っていたが一度もそんな機会に
 恵まれなかった。それで師匠に行方の調査を依頼したのだ。
 死んでいるのならそれはそれでよし、生きているのなら―――――
「とりあえず正規の兵じゃなくどっかの傭兵かなんかってことだけはわかった。
 それ以外のことはもうちょい待ってくれ。近いうちに調べがつくと思うからよ」
 そこで一端話を切り、俺を数瞬見つめこう切り出した。
「…なぁ、ウィル。もうこの辺で止めにしないか?」
「なんです、突然」
「いや…ちょっとキナ臭い話を聞いてな……もしこのまま調査を続ければお前が知りたくないことまで
 知らなきゃならなくなるかも知れんぞ?それでもいいのか?」
「あいつらは……やめてくれと泣き叫んでるキャスを汚し、犯し、それに飽きたらず嗤いながら殺したんだ。
 許せるわけがない―――許せるわけ、ないよ……」
 俺の言葉を聞いて師匠は嘆息した。
「まぁ、何か分かったら城の詰め所に寄らせてもらうわ。それよりどうだ?付き合わないか?」
 言いながら酒の入った器を揺らす師匠。
「すいません、師匠。この後予定が入っているもので俺はこれで失礼します」
「予定…?ははぁん、オンナだな?」
「なっ!?い、いいでしょう!そんなことは!」
 がっはっはっはと下品に笑う師匠を置いて席を立つと呼び止められた。
「ウィル、たとえ何を聞いて後悔したとしても、絶対に逃げることだけはするなよ?」
「師匠?」
 いつかぶりに見る師匠の真剣な表情。師匠、あなたはいったい何を知っているんですか。
「あ、それから最後にもうひとつ。
 ――――――避妊はしろよ?」
「やかましいわっ!!!」

 

 師匠と別れた後、団長に指定された待ち合わせ場所――――城下町の中央広場、噴水前で彼女を待った。
 少し早く来すぎただろうか。
 しかし団長、急にどうしたんだろう?突然デートなんて。なんか妙に切羽詰まってたし。
『王の盾』になった祝いでもしてくれるのかな?
 それにしてもどうもここ最近の団長の行動は不可解な点が多すぎる。『王の盾』になってから、
 俺を見つけては引き止めて俺がいかに『王の盾』に向いていないか説いたり、
 任務の終了する時間に詰め所で待っていたり。
 もしかして俺のことが好――――
 いやいや。団長がそんなまさか。師匠がしょーもないこと言うから変な方向に思考が逸れてしまった。
 かぶりを振って雑念をはらう。
 うん。団長のことだ。きっと俺を労おうという心遣いから今日俺を誘――――
「遅くなってすいません、ウィル」
 ほら、団長もいつも通りの喋り方じゃないか。
「いえ、俺が早く来ただけで……」
 そう答えながら団長を見たとき。
 ――ドクン
 いつもと違う団長の姿を確認して俺の心臓は突然高鳴った。
 甲冑を着ているときはロングの髪をまとめているのに今日はその綺麗な銀髪を下ろしてそれが
 陽の光を反射してひどく美しく見えて
 だいたい団長の私服姿を見るのはこれが初めてなんじゃないかそれより俺はなんでこんなに混乱
 しているんだなんで団長の―――
 なんだ、この気分は。
 あ、相手は団長だぞ、不謹慎にも程がある。
「あの…この格好、やっぱり何か変ですか…?」
 呆けていた俺を見て団長は不安そうにスカートの裾をつまむ。は、早く何か答えろ、ウィリアム。
「あ、え、その…す、すごくににに似合ってます……」
「よかった……なにぶん普通の女性らしい格好を殆どしたことがないので少し不安になってしまいました」
 ほっとして団長は朗らかに微笑んだ。
 ぐっ……か、可愛い……
「今日は舞台を見に行こうと思うのですがどうですか?あ、チケットなら心配いりませんよ。
もうこちらで用意しちゃってますから……ほら!」
 嬉しそうに舞台のチケットを取り出しこちらに見せるその姿はますます俺を混乱させる。
「さ、早く行きましょう。時間なんて限られてるんですから」
 俺の手を取り歩き出す団長。
 やはり今日の団長はおかしい。なんでこんなに楽しそうなんだ。城内では決して見たことのない顔
 ばかりする。

 舞台が終わり、陽も落ちたころには俺の心も落ち着いて―――いなかった。
 劇場の中でもお互いチラチラと相手を盗み見たり、手が偶然触れ合ったりで舞台に集中できなかった。
 いや、きっと団長の普段着に慣れてないせいだ。
 そういえば団長はどこに行ったんだ?
 劇場内をきょろきょろすると、その一角―――おそらく土産売り場か何かだろう―――でじっと品物を
 見つめている団長の後ろ姿が目に入った。
 近づいてよく見てみると小物が並ぶショーケースの中…ひとつのブローチに目を奪われているらしい。
「団長?」
 声をかけるが聞こえていないのか反応がない。
 このブローチは…たしかさっきの舞台で主人公がヒロインにプレゼントしたブローチと同じだな。
 この店は舞台衣装の類のレプリカを販売しているのだろう。
 それにしてもこんな近くにいるのに全く気づかないとは。よほどこのブローチが欲しいのだろうか。
 値段は―――よし、これなら何とか買えるな。
「すまないが、このブローチをくれ」
 売り子に声をかけたところでやっと団長が俺に気づいた。
「ウ、ウィル!?」
「欲しいんでしょう?このブローチ……あぁ、有難う」
 売り子からブローチを受け取り、団長に差し出す。
「どうぞ」
「あの…いいんですか?」
「えぇ。日頃お世話になっているほんのお返しです。気にしないでください」
「あ、ありがとう……」
 受け取った包み紙をぎゅっと胸の前で大事そうに抱く団長。はは、これならプレゼントした甲斐が
 あったというものだ。

 夜、それぞれ帰路に着く城下町の通りで。俺の少し前を歩く団長は俺に尋ねてきた。
「『王の盾』の任務はどうですか?」
「なんとかやっています。護衛と言っても危険なことなんて全くないですけど。
 退屈するかなとも思ってたんですが姫様の相手をするのは中々大変ですね、ははは」
「私は―――私は淋しいです」
「……団長?」
「ウィルが私の隊から離れて二週間と少し。あの日から私は全然任務に集中できないんです。
 訓練してても腕が鈍っているのが判るんです。ぼぅっとしていることが多くなったんです。
 気づくとあなたを捜しているんです」
 独白。俺は急にそんなことを言い出す団長に戸惑って何も声を掛けることができなかった。
「私はウィルがいなきゃ駄目なんです。ウィルが側にいないと力が沸かないんです」
 そこで団長は振り返り。
「お願いします。私のところに帰ってきてください」
 彼女の頬には。
「どうか、どうか私の側にいてください」
 一筋の涙が伝っていた。
「団長……俺は―――」
 言いかけたところで団長の顔が目前に来て。
 彼女は俺に背伸びした。
 顔を離して暫くの静寂の時間を挟み、団長は顔を真っ赤にして
「わ、私はここで失礼しますねっ」
 と言って俺から離れ駆け足で帰って行った。
 ひとり取り残され間抜けに突っ立っている俺。
 ……………え?
「俺、今…団長に――キス、されたのか……?」
 やっと思考が回り始めた俺は人気のない夜の街で、暢気にもそんなことを呟いた。


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