Bloody Mary 第3話
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 『王の盾』というのは文字通り王を守る盾となる騎士のことだ。騎士団の管轄から離れた
 王家直属の騎士部隊。
 そこに名を連ねることは大変名誉なことだし、同時にいかなる時も王家の人間を守らなきゃならない
 責任ある役職だ。
 常に護衛対象の側に立ち、周囲に気を配らなければならない。
 なのだが。

「ウィリアムウィリアム!あれは何じゃ!」
 武器庫に来て既に今日何度同じ質問をされたか。
「あれは馬上槍です。馬に乗って使う武器ですよ」
 というか姫様、馬上槍も知らないのか。これはもしかしたら騎士嫌いというのも本当なのかもしれないな。
 なにより騎士団の詰め所あたりからまわりをきょろきょろしていたからこの辺りにあまり来たことが
 ない証拠だ。
「ほう。ではあれは―――」
 以降も姫様の質問は続く。今日は姫様にせがまれ、兵舎の界隈を案内していた。
 姫様曰く「ウィリアムがどんな生活をしているのか見たい!」だそうだ。
 俺の生活なんて見てもつまらないと云ったのだが、姫様はもっと俺のことが知りたいのだと譲らなかった。
 最初は俺の住んでいるところに行きたいと言われたが、流石に城の外に連れ出すのは不味いので
 この辺で勘弁してもらった。
 『王の盾』になってからというもの、王族が危険に晒されることなど先ずない。戦争が終わっったので
 命を狙う刺客が現れることもない。
 よって俺の仕事は専ら姫様の子守だ。いや勿論それは良いことではある。
「―――ふむ、なるほど。時にウィリアム、おぬしいつも剣を二本帯刀しておるな?いったい
 どうしてじゃ?」
「ああ、これは師匠の影響です。師匠が二刀流だったもので」
「師匠…おお、憶えておるぞ。確か名前はベイリンと申したか。傭兵時代に世話になったという―――」
「ええ。その人に戦いのイロハを教えてもらったので自然と俺も剣を二本使うようになったんです」
「ウィリアムの師匠か……機会があれば会ってみたいものじゃ」
「…はは」
 苦笑いするしかなかった。あの人、かなり無礼な人だからなぁ……会ったらどうなることやら。

「む、ウィリアム!あれ!大きなあれは何なのじゃ!」
 その質問に俺が答えるより先に。
「投石機ですよ、姫様」
 後ろから声がした。この声は……
「石を遠くに飛ばすための兵器です――――あぁ、泥棒猫をどこか遠くに飛ばすのにも使えるかも
 しれませんね」
 振り向くと、いつからいたのか団長が立っていた。
 ……なんか変だ。団長、笑顔なのに目が笑っていない。姫様もさっきまで笑っていたのに今は
 口を横一文字に結んでいる。
「どうです、姫様?試しにひとつ投石機に乗ってみませんか?遠くまで行けるかも知れませんよ」
「ふん!結構じゃ!わらわはウィリアムの側にいると決めているのでな!」
 そう言って俺にくっつく姫様。あ、今、団長の眉がぴくりと動いた。
 おかしい。なんだこの緊張感は。まるで戦場にいるみたいな………
 と、とにかく俺がこの場を和ませないと。
「だ、団長。城下の見回りはもういいんですか?いつもより帰るのが早いようですけど…」
「えぇ。どこかの小娘が騎士を城内で引き摺りまわしていると聞いたので、飛んで帰って来ました」
 駄目だ。全然和まない。それにずっと城に居たけど引き摺られてる騎士なんて見てないぞ。
「いけませんねぇ。姫様、私の団員を城内を連れ回して従者のように扱うとは」
「『私の団員』?寝言は寝てから言うがよい、マリィよ。ウィリアムは『王の盾』じゃぞ?
 もうおぬしの部下ではない。 言うなれば王家の者―――つまりはわらわの部下じゃ。
 それともおぬしは王の勅命を反故にする気か?」
「〜〜〜〜〜ッ!」
 勝ち誇ったように笑う姫様を見て悔しそうに唇を噛む団長。
 チョット待て。団長の背後に幽鬼みたいなオーラがたちこめているのは錯覚か?
 あんな鬼気迫る団長の姿なんて戦場でも見たことないんだけど。
「ウィル!」
「ははははい!!」
 突然名前を呼ばれて返事がどもってしまった。
「明日!非番でしたよね!?」
「へ?はい、そうですけど……」
 そう答えると団長は落ち着くようにして深呼吸した後。
「明日!私と…でーと、してくださいっ!!」

 

 ぼふっ
 その日の夜。わらわは抑えられない怒りを枕にぶつけた。
 あの女!よりにもよってわらわの目の前でウィリアムをデートに誘いおった!!
 わらわは城から出られぬというのに…!!
 思い出しただけではらわたが煮えくりかえる。

『デ、デート…?』
『お願い、ウィル!……おねがい……』
『は、はぁ…午前は予定があるので午後からなら別に構いませんけど……』

 目を潤ませながら言いおってッ…!!あの優しいウィリアムが断れるわけがなかろう!
 ウィリアムもウィリアムじゃ、あっさり承諾しよって!
 ああ腹が立つ!!
 もう一度枕を投げつけようと掴んだその時。
「姫様」
 突然声がした。知らぬ間に侍女のシャロンが部屋にいた。
「…シャロン、わらわは今機嫌が悪い。つまらぬ話なら黙って部屋から出て行くがよい」
「姫様より頼まれていた件、手に入りましたのでご報告に上がりました」
 シャロン―――わらわの身のまわりの世話をしている侍女のひとりなのだが彼女には
 もうひとつの側面がある。
 シャロンは情報収集に長けているのだ。特に国内のことなら無数のパイプを使って情報を入手してくる。
 わらわが頼んだというのはマリィに対抗するための手段だ。戦姫に暗殺など通用するわけもないから
 それ以外の方法でなんとかできないか彼女に頼んでいたのだ。
「……見せてみよ」
「こちらに」
 シャロンから十数枚の紙きれを受け取る。
 そこに書かれていた内容を見てわらわは驚愕と歓喜に打ち震えた。

 は、あは。
 あはははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!
 見つけた!見つけた見つけた!!ついに見つけたぞ!!!
 これが、これが戦姫マリィのアキレス腱!!!!

 わらわはこみあげる笑いを堪えることができなかった。


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