詰め所で城の中にある自分の荷物を整理する。
といっても俺は物にあまり執着しないタイプだから殆ど全部、同僚に譲ってしまった。
鎧も引き払った。
「残ったのは結局これだけか…」
目の前に置いてある一対の剣。
この剣は騎士団の支給品ではない。傭兵時代に師匠から譲り受けた物だ。
相当の業物らしく、刃毀れすることなく俺と三年間を共に過ごしてきた。
今となっては俺の罪の証だ。こいつの刀身には隣国の何人もの兵の血が染み付いている。
もう二度と使うこともないだろうが、これは俺が持っていなくちゃいけない。
俺が墓に入ったとき一緒に埋めるべきものだ。
剣を取り、腰に挿す。
「ウィル、お前本当に辞めるのか?」
そろそろ出ようかと考えていると、同僚が残念だと言わんばかりの顔で訊いてきた。
彼は俺が入団当初から良くしてくれていた戦友だ。
「耳が早いな。辞めると言い出してから二日と経っていないのに」
「そりゃお前、『戦姫の懐刀』が辞めるんだぞ。城内はその噂で持ちきりだって。
だいたい何で上の連中は止めないんだ」
当たり前だ。騎士団の運営を取り仕切ってるのはあのゲイル=トレイクネルだ。
俺のような目の上のコブはさっさと取り除きたいだろう。
「これからどうするんだよ?前の傭兵隊のところに戻るのか?」
「いや。故郷に帰ろうと思う」
俺の答えに同僚は驚く。
「故郷って、お前……あそこはもう……」
「わかってる。でももう決めたことだから」
「………そう、か……」
同僚たちに別れを告げ、城を出る。
あれからとうとう団長に会えなかったな。今までのお礼を言っておきたかったのに。
仕方ない。村に帰ったら手紙でも出そう。
だが、彼女は城門の前で待っていた。
「ウィル!!」
俺を見つけると全速力で俺に駆け寄ってくる。
彼女の目は赤く腫れ上がっていた。泣いていたのか……きっと俺の所為だ。
団長は速度を落とさず、俺に抱きついた。強く、強く。
彼女の鎧が当たって、胸が痛い。苦しい。
「辞めないで!辞めないで辞めないで辞めないで!!
どうしてウィルが騎士を辞めるの!?なんで!なんで!!」
団長の悲痛の叫びが胸に刺さる。
本当に下衆野郎だ、俺は。団長にまで恩を仇で返すようなマネばかりしている。
でも、団長。もうこれで終わりですから……
「すいません、団長」
「私がトレイクネルの人間だから!?私のお父様があなたの村を襲わせたから!?
それなら謝りますからお願い、辞めるなんて言わないで!私を置いていかないで!!謝りますから!!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
何度も何度も。俺に許しを乞う団長。
その姿はあの日のキャスを思い起こさせる。
団長は事件の真相を知っていたのか。前に会ったとき様子がおかしかったのはそのせいなのだろう。
「団長、やめてください…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」
「団長!」
肩を揺すってやめさせる。
「もういいんです…団長。謝らないでください。
俺はもう誰にも関わることなく、ひっそりと生きていこうと思います」
「いやッ!いやッ!」
団長は聞きたくないと首を左右に振る。
「ごめんなさい。俺はもう……此処には居られない」
しがみ付いている団長を引き剥がす。
「あ………」
「団長。今まで本当に有難う御座いました」
最後にありったけ感謝の念を込めて彼女に言った。
「ま、まっ…て…」
今はまだ無理でもいつかきっと団長は解ってくれるだろう。
そう願って、振り返ることなく城を後にした。
城を出るウィルをただただ見送るだけの私。駆け寄って止めようにも腰が抜けて走ることができなかった。
――――許してくれなかった。
許してくれなかった許してくれなかった許してくれなかった!!
あれだけ謝ってもウィルは許してくれなかった!!
それだけ彼は怒ってるんだ。どうしよう。どうしよう!どうすればいい!?
絶望の中、必死でウィルに許してもらえる方法を探す。
とにかく先ず、なんとしてでも私は味方だってこと、分かってもらわないと。
そのためには何をすればいい?いったい何をすれば!?何を!!?
あ。
――――ソウダ。
ウィルニ カワッテ ワタシガ カレノ カタキヲ ウテバイインダ。
あはっ。あははっ。
あははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははっっっ!!!!!!!!!!!
なーんだ。思いつけば簡単なことじゃない。
私がウィルの代わりに復讐すればいいんだ。
そうすればウィルはきっとわかってくれる。よくやったよ、って褒めてくれる。
私の側にずっと居てくれる。
お父様も。加担した貴族たちも。事件を見過ごしたこの国の王も。ウィルに告げ口して彼を苦しめた
王女も。
みんな、み〜んな殺してやればいいんだ。
あはは。
待っててください、ウィル。
あなたを苦しめてるヤツらはみんな私が殺してあげますから。
「ふ、ふふっ……あはは…あははははははははははははははっっ!!!」
爽快な気分で笑い声を上げながら天を仰ぐと。
そこには今の私の気持ちを代弁するように雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。