生きてここに… 本編 第23章
[bottom]

声が聞こえた
それも俺がよく知った二人の声だ
痛む身体を引きずると手すりを伝ってなんとか出口まで向かっていく
向こうに見えた詩織さんと奈々さんの姿に俺は息を飲んだ
詩織さんが奈々にナイフを向けている
どうしてあんなものを・・・・・
そういえば果物を切るようにあったような・・・・
そんなこと今はどうでもいい・・・・
早く・・・・早く・・・・・思うだけで身体は付いてきてくれない
どうしたら・・・・・

もう私はおかしくなってしまったのかもしれない
気づいたときには私は奈々ちゃんにナイフを向けていた
・・・どうしてこんなことに?
そうだ、この子は私がどれだけ苦しんでいるか知っていて
たった一つの・・・・私の・・・・
だから!だから!
怖いの・・・・仁くんを失うのが
私にとって仁くんはすべてなの・・・・
すべてを捧げたただ一人のヒトなの・・・・
どうしてあなたは私のささやかな、だけどなによりも大切な者を奪おうとするの?
「やめろーーーー!!!」
仁くんの声が私の頭に深く響いた
私は・・・・仁くんに微笑んだあと泥棒猫を見つめた
「泥棒猫さん・・・・見せてあげる・・・・私がどれだけ仁くんを愛してるか」
私はなんのためらいもなく仁くんの傷と同じ肩にナイフを突き刺した
「あ・・・・くふ」
小さな声が私の口から無意識に漏れると同時に痛みが全身を駆け巡る
仁くんと同じ痛み・・・・それだけで幸せを感じた
「どう・・・・奈々ちゃん・・・・あなたにはこんなことできないでしょ?」
倒れる私を仁くん脚を引きずって這って来てくれた
あなたの痛みには遠く及ばないけど・・・・わかってくれたよね?
仁くん・・・・
私と仁くんとの間を邪魔するかのように泥棒猫が物凄い形相で私を睨み付けた

赤に染まった身体を仁ちゃんが抱きしめる
すごい・・・・嫉妬の度合いが上がってる
香葉って人も・・・・詩織さんも・・・・私も壊れちゃったみたい
私はもう詩織さんに遠慮なんてしない・・・・
それは反則だから・・・・
私は倒れた詩織さんの足元に落ちている血に染まったナイフを取った
そして左手を地面に置いて右手に持ったナイフで左手の真ん中を突き刺した
「く・・・・・」
ナイフを抜くと血が噴出して私の顔を赤く染めていく
あ・・・・・ふふ・・・・・・私も・・・・・できた
こんなこと・・・私にだってできるの・・・・特別なことじゃないのよ?
仁ちゃんは呆然と私の姿を見つめている
そうだよ・・・・仁ちゃん・・・・私だけを見て・・・・
私だけに触って・・・・私だけにキスして・・・・私だけを抱いて・・・・
私だけがあなたに触りたい・・・・私だけが・・・・
もうあんな反則なんてする雌豚なんか忘れて・・・・私だけを・・・・

どう・・・・なってるんだ?
詩織さんも奈々さんも・・・・どうしてこんなこと
俺が奈々さんに視線を向けていると下の詩織さんが俺の腕を掴んだ・・・・
「仁くん・・・・見ないで・・・・あんな子見ないで・・・・私だけを」
詩織さん・・・・・・
「仁ちゃん・・・・・騙されちゃダメ・・・・・仁ちゃんは私を選んでくれたの」
俺は・・・・・・ほんと最低だ・・・・・この二人を壊してしまったのは俺なんだ
「泥棒猫なんかの言葉信じちゃダメ・・・・」
そう言って詩織さんは俺に向けていた視線を奈々さんに向けてにっこりと笑んだ
その笑顔はなんの憂いもない晴れやかなものだ・・・・
「今度・・・・仁くんを惑わせたら・・・・あなたを・・・・私が・・・・」
なにを言ってるんだ・・・・詩織さん
「あなたこそ・・・・仁ちゃんの婚約者だからって・・・・自分のものだなんて思わないでください・・・・・あ、くふ!」
苦しそうに顔をしかめて奈々さんが肩を地面に付けた
「奈々さん!」
思わず駆け寄ろうとした俺の腰に詩織さんが抱きつきそれを止める
「行かないで!」
その血が俺の服を濡らしていく
「ふふ・・・・悔しいですか?でも仁ちゃんの無意識の判断まではとめられません」
「うるさい!仁くんを惑わすな!泥棒猫!!!そのまま死んじゃえ!!!」
俺の胸に顔をうずめ離すものかと抱きついてくる
「忘れたんですか・・・・あなたのせいで・・・・仁ちゃんは・・・・仁ちゃんはそれを
わかっているんです・・・・だから無意識に私を求めているんです」
表情は伺えないがその顔はもう青ざめている
詩織さんも・・・・もう耳まで真っ青だ
「そんなことない!」
「開き直るんですか?・・・・・でも、仁ちゃんは忘れません・・・・・だから、仁ちゃ
んは必ず・・・・」
声が途切れていく・・・・奈々・・・・さん?
「奈々さん!」
そう呼ぶと同時に詩織さんが俺を見上げて目を細めた
「あんな子の名前なんて呼ばないで!」
いつも綺麗でやさしかった詩織さんが・・・・
「ふふ・・・・・やっぱり仁ちゃんは・・・・私を・・・・」
いつも元気で明るかった奈々さんが・・・・
全部、全部俺のせいだ・・・・俺は・・・・俺は!
最低野郎だ・・・・・自分で自分が怖くなるくらいの・・・・最低野郎だ

あれから一ヶ月で俺は学校に復帰した
二人とはあれから一度も関係を持っていない
そして繰り広げられる詩織さんと奈々さんの俺の争奪戦
「はい、仁くん・・・・あ〜ん」
「仁ちゃ〜ん・・・・・あ〜ん」
二人は箸を俺に向ける
そしてお互いを牽制しあう
「泥棒猫ちゃん・・・・仁くんが困ってるよ?」
「困らせてるのはあなたです、雌豚さん・・・・、私のはむしろ喜んでます」
「そんなことないよね〜仁くん?」
どうしてこの二人こんな二股最低野郎の俺をこんなにも想ってくれるんだ?
二人はどうやら俺が二股野郎だというのはわかっているらしい
そんな俺なのにこの子たちは・・・・どちらも傷つけたくない
そんな想いが俺の中をめぐっていた

三ヵ月後・・・・二人の妊娠が発覚した
お互いの親に俺は謝りぬいた
なぜか二人の親は渋りながらも許してくれた
本当は殴りつけてやりたい相手のはずなのに
聞くと俺は二人を護ったナイトらしい
だからこれも仕方ない・・・・
そう言ってお互いの両親は微笑んだ

八ヶ月後・・・・・二人は学校に休学を申請した
それから俺も・・・・・いま二人は俺の屋敷に居る
俺は二人の身の回りの世話等をこなして毎日を送っている
二人は妊娠以来ケンカもやめて・・・・
とはいかずに詩織さんは奈々さんを泥棒猫と呼び奈々さんは詩織さんを雌豚・・・・・呼ばわりして相手を互いに威嚇している
俺は複雑な心境だったが二人が俺に向けてくれる幸せそうな笑顔だけで満足させられていた
このとき俺はわかっていなかった・・・・・
最後の恐怖が近くに迫っていることを


[top] [Back][list][Next: 生きてここに… 本編 第24章]

生きてここに… 本編 第23章 inserted by FC2 system