生きてここに… プロローグ 第8章
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ドアを閉めてそのドアにもたれかかる
まさかあんなことになるんなんて
唇をなぞる
「・・・・・・」
まだぬくもりを感じた
正直な話奈々はとても魅力的な女性だと思う
もしかしたら一番気負いせずに話せる人かもしれない
瞬間に浮かぶ詩織の顔に罪悪感がこみ上げる
過ぎてしまったことは仕方ないのか?
とてもそうは思えそうにない
悩んでも答えはでそうにない
俺は何度も詩織さんに心の中で謝ってその場を後にする
結局もとのプールまで戻ると俺は置き去りにされた二つのボクシンググローブの前に腰掛けた
会場はもうパーティーを始めたらしい
まったく、じゃじゃ馬なお姫様のせいで
俺はフッと笑んでプレゼントされたボクシンググローブを手に取った
彼女の気持ちは知っている
でも、なぜか彼女はそのことを口にはしない
いっそのことそうしてくれれば断れるのにな
ああ、見えていろいろ考えてるのか?
そんなことないか・・・・でもない?

 

あの子は掴めないな
人の心を読むのは得意な方だが
彼女の行動は予測不可能だ
いつもはおどけているにも関らず急に大胆な行動を起こす
見ていて飽きないしおもしろい
でも急に女の子らしい振る舞いをする
キスの記憶が鮮明によみがえる
なんであんなことを
その身体を震わせ必死に唇を合わせていた
たぶん初めてだったんだよな?
でなきゃあんな必死じゃないか
気がついたら俺は奈々のことばかり考えていた
術中にはまってるのか?
「な〜にニヤニヤしてるの?」
後ろからした声に再び罪悪感がこみ上げてきた
「詩織・・・・?」
なんで詩織がここに?
綺麗なドレスを着こなして前かがみぎみに俺を見つめる
「なに?それ・・・・」
俺は慌てて手に持ったボクシンググローブを隠した
「・・・・・」
今度は後ろのボクシンググローブだ
さすがに鋭い
「あれって仁くんのだよね?」
「あれはその・・・・」
今度は顔を近づけてきた
え・・・・?
どうして?
「口紅」
口紅?なんのことだ?
か細い指が俺の唇をなぞる
あ、そうか・・・・・
詩織はそのまま何も言わずに俺の後ろに回り手に持ったボクシンググローブを見つめた

 

仁くんが奈々さんの誕生日のパーティーに行くと聞いて私はいてもたってもいれなくなり
飛び入りで参加した
当然入り口で止められたけど仁くんの名を出すとすぐに高田さんが現れた
高田さんが私のことを紹介するとすぐに通してくれた
会場中探したけど仁くんの姿は確認できない
会場にいないとなると仁くんはかならず庭あたりにいるはず
だってこういう時って必ず仁くん庭に出て夜空を見てるの
それが好きなんだって・・・・
私は仁くんのことならなんでもわかってるんだから
近くに大きな窓を見つけた
その先に庭がある
やっぱり、少し向こうに仁くんの後姿を見つけた
もう、スーツ着てるんだから地べたに座っちゃダメでしょ
世話がやけるな・・・・
あれ?なんか顔が赤い
その顔を私は見たことがある
私とキスしたときだ
あのときのはにかんだ顔を思い出す
もう、仁くんってば私とのキス思いだしてるの?
照れちゃうな・・・・
でも私は気づいてしまった
仁くんの見つめる先にある真新しいボクシンググローブを
「な〜にニヤニヤしてるの?」
仁くんはまるで浮気を見つかったような笑みを浮かべた
「詩織・・・・?」
声もどこか弱々しい
いつものぶっきらぼうぶりはどうしたの?
「なに?それ・・・・」
「・・・・・」
ふと視線に入る仁くんの手のボクシンググローブに私は違和感を覚えた
大事そうになんで抱えるの?
そのまま隠してしまった
「あれって仁くんのだよね?」
仁くんの向こうに見えるいつも仁くんが身に着けているボクシンググローブ
私たちの少し向こうにプレゼントを包んでいたかのような袋
「あれはその・・・・」
珍しく言いよどむ仁くん
どうしたの?いつもの堂々としたあなたはどこにいったの?
そして私は気づいてしまった
ある違和感の正体に
「口紅」
声が勝手にでていた
自分でも驚くほど低い声が出た

 

仁くんの唇に残るうっすら残るルージュのあと
そうか、そういうことなのね
ふ〜ん・・・・あの子、私がいないところでなにをやってるのかな
この子はね、私のモノなの
人のモノに勝手にキスしていいのかな?
それにプレゼント?仁くんが持っているのを彼女が?
向こうにあるのを仁くんが?
私のいないところでぬけぬけと
あの子・・・・
私はなにも言わずに仁くんの唇に自分の唇を合わせる
少し離して唇を舐める
仁くんは抵抗しない
仁くん・・・・私仁くんのことは怒ってないよ
でもね、私独占欲だけは強いの
でも今日はあの子の誕生日だから
今日は見逃してあげる
でもね、明日学校ではちゃんと言わせてもらうわよ
どれだけ私たちが愛し合ってるか
でも、仁くんの唇だけは綺麗にさせてもらう
当然だよね、私のモノなんだから
今日だけ幸せを感じてて・・・・
せいぜい今日の誕生日を楽しんで

 

私は仁くんに微笑みかけるとその場を去ろうとする
「詩織・・・・ごめんなさい」
「謝らないで・・・・あなたが望んでしたことではないのでしょ?」
仁くんはなにも言わない
でも仁くんのこれは肯定だ
「ごめんなさい」
仁くんはいつも言い訳せずにいるからね
あの子が勝手にしたことなのに罪悪感を覚えている
かわいそうな仁くん
「私・・・・今日は帰るね」
振り返っていつものように笑む
仁くんは肩透かしをくらったようだ
そうだよ、それでいいの
仁くんはなにも気に病むことはないの
全部ぜ〜んぶあの子のせいなんだから

 

「もう、よろしいのですか?」
坂島さんは私にそう尋ねるとゆっくりと車のドアを開いた
私はかるくうなずくと車の中にはいる
坂島さんはすぐに車を出してくれた
私は隣にポツンと置いてあった袋を見つめた
「・・・・・・」
袋を開いて中身を出す
真新しいボクシンググローブ
赤と黒の世界でただ一つの特注品
でも、もう意味ないな
仁くんが新しいボクシンググローブを欲しがっていたのは知っていた
だから・・・・だから!
仁くんに怒りは覚えない
だって全部あの子のせいでしょ?
ぬけがけして仁くんの気を引こうとしても無駄なのに
仁くんは、もう私と深く繋げってるの
でも、あの子には少しの不安材料がある
つかめないという所だ
仁くんもあの子の気持ちを解りかねてるみたい
天真爛漫に見えて時にしとやかに女らしく
カワイらしい容姿
私にはないものを持っている
怖い・・・・

私には仁くんしかいないの
あの子もそう思っているのを感じる
もしかしたら私とあの子は似たもの同士なのかも
だからか・・・・・同じ人を好きになったのは
だからなの?同類嫌悪のような物を感じるのは
言い知れない不安が一つ・・・・いやまだある
香葉さんだ
彼女はまだ諦めていない
だって、イジメに合っていた子
仁くんに告白しようとしてイジメられたらしいの
それを止めた子まで・・・・
負け犬にかわりはないけど
あの執念のような怨念ようなものを発する彼女に私は一種の恐怖を覚えている
不安材料の二つが私の胸をきつく締め付けていく


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