生きてここに… プロローグ 仁の章
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「・・・・・・」
黙って布団に寝転がり天井を見つめる
夢のようだ、まさか詩織からキスしてくるなんて
今までなんどかそういう状況になったことがあるが
瞳を閉じる詩織を見て揚がってしまいどうしても失敗してしまっていた
詩織は「いいよ、また別の機会でね♪」と言ってくれたが
とうとう彼女のほうからしてきた
情けない話だ
今度は・・・・ってこんどは・・・・・
考えただけで顔が熱くなる
そいうことだよな?
「でも、詩織って脱ぐとすごいかも」
他人に聞かれたらクソ恥ずかしいことも今日はなぜか言えた
当然俺以外この部屋にいないからだ
いつもならアホすぎて独り言でもそんなこと言えない
「仁様、ご学友からお電話です」
ドアをノックされた
俺が返事をすると高田さんが入ってきて俺に電話の子機を渡す
「もしもし?」

 

誰だろうと声を出すと
〈もすもす?聞こえるでござるか?拙者は真田・・・・・なんだっけ?〉
「幸村・・・・って、奈々さんだろ?」
前に尊敬する偉人は?と聞かれ真田幸村と答えた
クラスの自己紹介などというくだらない恒例行事だったので
クラスの人間しか知らない
その中で俺に電話を掛けてくるなんていうのは東児と奈々さんだけだ
〈わかる?やっぱ愛の力?それともエスパー?まずい!授業中に居眠りしている仁ちゃんの頬に
キスしたのバレてしまう!!〉
「そんなことしたのかよ」
〈あなたのご想像にお任せします〉
冗談を言い合い二人してクスクスと笑い合う
〈それで本題なんだけど・・・・率直に言うね?私の誕生日のパーティーにご招待いたしますです・・・・・はい〉
古めかしく言っているのか?
彼女の世界観は独特だ
最初逢った時は儚げな少女という印象だったが
まさかこんな変な口調の女の子とは思わなかった
〈返事は?〉
「・・・・・・」
〈なんか言ってよ〜!〉
「ごめん・・・・行けない」
なんでかって?あとで詩織が怖いからだ
だって、詩織ってばヤキモチ焼くと長引くんだもん
アホか・・・・俺は、気持ち悪い
〈拒否権はありません〉
どうやら強制らしい
でも、初めから行く気ではあった
最初のは冗談だ
こんなパーティーなどは日常茶飯事
そんなことで目くじらを立てるほど詩織も心が狭くない
「わかったよ・・・・奈々さんの誕生日は一週間後だよね?」
〈なぜそれを?まさか愛の力?〉
「ここ一週間毎日のように7月2日ってなんども連呼されればアホじゃないかぎりわかるよ」

 

朝挨拶をすると7月2日は何の日?
昼休みになると7月2日は何の日?
帰りに7月2日は何の日?
今日なんて朝に
『あと一週間だね?仁ちゃん・・・・プレゼント楽しみにしてるよ♪』
と直接的に言ってきた
〈私は直接誕生日の言葉を言った記憶はありませんのであしからず〉
「アピールはしてたけどね」
〈私〜、仁ちゃんのボクシンググローブが欲しいな〜〉
おねだりタイムに入ったらしい
誕生日なのでこちらが拒否できないのをいいことに
奈々さんはとんでもないおねだりをしてきた
「さすがにそれは・・・・」
〈サイン付きでそれとこれが重要なの・・・・〉
神妙な空気が流れ俺は思わず息の飲んだ
〈愛を込めてね♪〉
ブチ・・・・
電話を切った
「ふざけるな!」
プルルルル・・・・・
「もしもし・・・・」
〈もすもす、聞こえるでござるか?拙者・・・・・〉
「それはいいよ・・・・まったく・・・・ところでそんなのでいいの?」
もっといいものがあるだろうに
〈お金で買える物なんていりませ〜ん・・・・・私はね心のこもったものがほしいの〉
心・・・・・か
わかる気がする
「わかったよ、サインはしないぞ?」
〈仕方ない・・・・それで手を打とう〉
冗談めかして笑う奈々さん
〈それでは・・・・また明日学校で〉
「お休み・・・・奈々さん」
〈お・や・す・み・・・・・チュ♪〉
そのまま電話が切れる
「最後のはなしの方向でおねがいしたいな」
フッと笑むと俺は電話をポンとベットに置き自分も寝転がった
もしかしたら彼女は俺に似てるのかも
明るく振舞ってはいるが寂しがりやなのだろう
そして不器用なのだ
そうやって明るく振舞っていないと寂しさが追いかけてくるから

 

過去の自分が浮かぶ
父さんも母さんも俺など見ていない
後継者としてしかみていないとわかったのは中学生になってすぐだ
あれやれこれやれと言われ俺は従った
ある日過労で倒れた
そのときの二人の言葉が『そんなことで倒れるなんて立派な跡取りになれないぞ』
・・・・ふざけるな!
そう叫ぶ力もないほどに俺は衰弱していた
様態が回復して部屋に戻っって来た時だ
「この部屋ってこんなに殺風景だったっけ?」
そう思えた・・・・さびしい
帰って来ては寝るだけの生活だったのでそんなこと思いもしなかった
鏡を見る・・・・やつれたな俺
(まるで世捨て人だな・・・・お前)
鏡の中の俺がそう言った
「そうかもね」
そう言って俺は部屋にあるたった一つのベットに寝転がった
気持ちいいな・・・・このまま溶けてしまいたい
その時だった
「こんにちは・・・・・」
詩織さんの声がした
俺が起き上がり立ち上がると一瞬よろめいた
「仁くん!」
詩織さんが俺を抱きかかえてくれた
暖かい、良い匂いがする・・・・
「ごめんね、入院したって言うからお見舞いに行こうと思ったんだけど、
おじ様が甘やかすなって・・・・面会を許してくれなかったの」
頬に涙が落ちてきた
どうしてあなたが泣いているのですか?

 

「ごめんね・・・・ごめんね」
やさしく頭を撫でてくれる詩織さん
「俺・・・・俺」
俺は思いを爆発させた
両親が自分を見ていなかったこと
誰でもいい俺自身を見て欲しいってこと
すると詩織さんは泣きはらした顔でこう言ってくれた
「私があなたを見てる・・・・なにがあっても」
その瞳に映る自分がこう言った
(ここにいるじゃないか、お前を見てくれている人が)
欲しいものはもう手にあった
俺は恥を知らずに彼女に抱きつき泣きわめいた
詩織さんは優しくただ優しく俺を抱きしめ頭を撫でてくれた

 

その後俺は行動を起こした
家出だ・・・・我ながら子供らしいと思ったが
親に思い知らせてやるっていう気持ちが強かった
と、行っても行く当てなどない?
そんなことはなかった
いま俺は詩織さんの家にいる
もちろん親に連絡はしないで
詩織さんのご両親は昔から俺の両親とは友人だったので
いまの状況を見て気に病んでくれていたようだ
そんなこんなで快く承諾してくれた
一週間、二週間と過ぎた
学校にはちゃんと行っている
放課後待ち構える黒スーツの目をかいくぐって俺は詩織さんの車に乗り込む
まさか詩織さんたちが共犯だと思っていない両親をうまく出し抜いた
三週間目・・・・
今度は両親が待ち構えていた
「俺・・・・帰らないからな」
そう言うと父さんがひざを折り頭を下げた
戸惑いの表情を浮かべる俺に今度は母さんがひざを折り頭を下げた

 

「すまない、わたしたちはお前を機械のように思っていた」
「うしなって気づいたの・・・・あなたは私たちの子供なんだって」
「お前は大事なわたしたちの子供だ・・・・だから、戻ってきて欲しい」
初めて見た
頭を下げる両親
プライドの高い二人が目に涙を浮かべ謝罪している
後ろを振り向くと詩織さんも瞳に涙を溜めて「よかったね」
と、言ってくれた
そうか・・・・俺にはちゃんと居場所があるんだ
「俺もごめんなさい!」
俺もひざを折って両親に謝る
どんな理由であろうと両親を困らせたのは俺だ
それもこんな公衆の面前で謝らせるほどに
だから精一杯謝った、すると父さんが俺を抱きしめてくれた
続いて母さんが
暖かい・・・・
最後の背中に感じた詩織さんのぬくもり
そうか・・・・俺には居場所があったんだ
その居場所を作ってくれたのは詩織さんだ
これから俺は詩織さんのために生きていこう
もしかしたらこの日だったのかもしれない
俺が彼女を愛してしまったのは


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