生きてここに… プロローグ 序章
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俺には婚約者がいる
小さい頃から一緒に遊んだりしたひとつ年上の少女だ
俺が15のときに両親にそのことを聞かされた
彼女は両家の一人娘でいかにもお嬢様と言った綺麗な容姿をしていて行動力もある
誰にもわけへだてなく優しく
お金持ちだということを鼻に掛けたりしない
恋心がないと言わば嘘になるけど正直不安の方が大きかった
彼女はこの話を知っているのか?
露骨に嫌そうな顔されたらどうしよう?
不安はつきなかった
翌日俺は彼女の家に両親と一緒にお呼ばれされた
会いたくないな・・・・・どうしよう
そうこう考えるとすぐに玄関までやって来てしまった
しかし玄関が開いてすぐに不安はなくなった
「・・・・・・」
思わず息を飲んだ出迎えたくれた彼女は笑顔で俺を出迎えてくれたからだ
彼女は婚約のことを知ってるのかな?
普段とは違う穏やかで幸せそうな笑みにそう思ってしまった
「いらっしゃい、仁くん・・・・おじ様」
少し頬の赤い彼女に顔が熱くなるのを感じる
俺はなにも言えずにいると少し彼女が不安そうな顔をした
「さぁ、どうぞ・・・・・」
すぐに笑みを戻すと彼女は俺たちを家の中に通した
その後に正式に彼女のご両親から婚約の話を聞かされた
彼女の様子を見るからに婚約のことは知っているようだ
少し安心した

戸惑う気持ちを落ち着かせようと庭に出て風に当たる
「俺と詩織さんが婚約?」
現実感がない
それはそうだ政略結婚なのだから
本人の意思によるものではない
「どうしたの?暗い顔して」
声の方向にハッと振り返る
「えっと・・・・その」
口ごもる俺に詩織さんは少し不安げな顔を浮かべた
「もしかして迷惑だったかな?私との婚約の話」
いまにも泣き出してしまいそうな彼女の俺はあたふたしながら答えた
「そんなことはないです・・・・ただ、いきなりだったから」
それを聞くと詩織さんは華が咲いたかのようにパッと笑んだ
その笑顔に思わず頬が赤くなるのを感じる
「よかった♪・・・・・嫌がるんじゃないかなって不安だったんだよ?」
「俺も同じでした・・・・」
一瞬ポカンとしたが詩織さんは『同じ』というのがうれしかったのか
すごく楽しげだった
「よ〜し、いいお嫁さんになれるようにがんばるね仁くん♪」
「は、はい・・・・詩織さん」
「詩織さんじゃなくて詩織って呼んで?もう私たち婚約者なんだからね」
ますます顔が熱くなる
今まで憧れだった女性が・・・・・
急に実感できた彼女と自分が婚約したのだと

私と仁くんが婚約してからもう一年経った
仁くんは私と同じ学校に入学して毎日顔を合わせている
しかし誤算だった
あんなに仁くんモテるなんて
成績は私の方が上だけど運動では彼の方が数段に良い
運動面はどれもうまいんだけど特に彼はボクシングに夢中だ
最近になってしったが彼がボクシングを始めたのは私と婚約してすぐだということだ
その理由を聞いても仁くんは言葉をにごすばかりで答えてはくれなかった
たった一年と半年しかやっていないのに仁くんは部活の先輩たちよりも強い
それどころか都大会で優勝してしまった
お顔もすごい綺麗な顔をしている
そんな仁くんを周りの女の子がほって置くわけがない
友達の話によると毎日競うように告白合戦のようだ
この学校ではお金持ちの人が多い
当然この学校の女性は男の子との接触が少ない
それに加え仁くん以外の男の子はどの方も頼りがいがない
そんな中に突然現れた仁くんは思い描いた理想そのものなのだろう
でも仁くんは必ず断っている
断り文句は決まって
『ごめん、俺・・・・好きな人がいるから』
一度だけ出くわしてしまい影に隠れて聞いていると仁くんはそう言った
それでもと食い下がる女の子に仁くんはなんども謝っていた
だめだよ、私以外にあまりやさしくしたら
そう思ってその場を後にした

実の話仁くんとの婚約は私がお父様に頼み込んでのことだ
私はとても独占欲が強い
無理やりになる可能性もあったけど仁くんが他の子と
などと考えると胸が焼けそうになった
その苦しみよりも少しの不安を私は選んだ
お父様は仁くんなら申し分ないと言い早速彼の父に婚約の話を申し出てくれた
3日後に申し受けるという知らせが来たときはうれしさで泣いてしまった
一ヵ月後に仁くんは仁くんのお父様とご一緒に私の屋敷までやって来た
あのときの不安げな顔を今でも忘れない
もしかして嫌なの?
私との婚約・・・・
正式な婚約の話を聞いている仁くんは落ち着きがなかった
カワイイなと思うと同時に不安もあった
話を聞いてすぐに仁くんはすぐに庭に出て行ってしまった
大丈夫・・・・大丈夫と言い聞かせて私は彼の後追った
深呼吸をして手の平に人を書いて飲み込む
落ち着かない
拒絶されたらどうしよう
不安でいっぱいだったけど
もう引き返さない
「どうしたの?暗い顔して」
彼は慌てながらも自分も戸惑っているだけなのだと言った
よかった、否定も拒絶の言葉もない
むしろ少し嬉しそうだった
絶対に離してあげないんだから
あなたは私だけのモノだよ
仁くん・・・・

今日も詩織と一緒に帰り道を歩く
横目でちらりと彼女を見てみる
長くて綺麗な黒い髪
大きくはっきりとした瞳
ボディラインなんてすさまじい
出るところは出ていて締まるところはすごく細い
前にからかい半分で
『私って学校で一番胸大きいんだよ?』
そう言って自分で顔を赤くする詩織
恥ずかしいなら言わなきゃいいのにと思いながらも
自分も顔が熱くなっていた
さりげなく腕を組んでくる彼女の体の柔らかさに何度ドキリとさせられたことか
詩織も頬を赤く染めることがあるのだから意識はしているんだろう
でも、俺はどう返していいのかわからない
それでも満足なのか詩織はニコニコしている
「そういえば、今日部活終わって結構時間があったよね?どこに行ってたの?」
不意にそんなことを聞いてくる
急に罪悪感が沸いてくる
「もしかして、また告白された」
はい、その通りです
「ちゃんと断ったから・・・・その」
「仁くんはモテモテだね♪」
「こわいから笑いながら睨まないでください」
「どうしてだかわかってるくせに♪」
すぐに腕を組んで存在をアピールしてくる詩織
「私のことも、忘れないでね・・・・・」
ああ、なんてこの人は綺麗なんだろう

 

「・・・・・っ!」
怨念たっぷりに相手がボールを打ってくる
私はそれを打ち返す
手がヒリヒリするよ
テニスコートで駆けあう私ともう一人の子
その子は私に怒りのすべてをぶつけるように殺気立っている
なぜなら彼女はこの間仁くんにフラれたからだ
私と仁くんが婚約しているという話を私はすぐに学校中に広めた
だから仁くんの断り文句の『好きな人がいるから』
と、いうのは当然私のことだ
まだ仁くんから直接聞いた訳ではないので断定でできないけど
でも確信はあった
この学校は女性率が80%なので当然だが女子が多い
その半数以上が仁くんを狙っているという話だ
名実ともに彼は学校の王子様だ
その王子様の愛を受ける私は学園中の嫉妬の的だ
でも、いじめようとまでは考えるほどこわい人たちばかりじゃないので安心なのだが
けれどこういうときに思いっきりぶつけられてしまう
でもいいの、仁くんのためなら私はどんな攻撃にだって耐えられるよ
「・・・・・っ!」
また強烈な力で打ってくる
うぅ、目が血走ってる
こわいよ・・・・
でも、負け犬の遠吠えなのだがから恐れない
あなたを仁くんが見ることないんだよ?
仁くんが愛してるのは私だけなの
うらやましい?
見下したような目が出てしまったのか彼女はさらに手に力をこめている
あぁ、怖い怖い・・・・そんな顔見たら仁くんが引いちゃうよ
フラれちゃったんだからもうどうでもいいのかな?負け犬さん・・・・
あれ?私嫉妬している?どうして私が?
ああ、そうか・・・・私の仁くんに告白したからか
次第に怒りがこみ上げてくる
ボールが跳ねる音が何度も響く
「・・・・・あれ?」
いつの間にか私は彼女に完勝していた
今まで一度も彼女に運動面で勝ったことないのに
愛の力ってすごいね仁くん
彼女はすさまじい形相で私を睨んでいる
羽津木香葉・・・・この子まだ諦めてないんだ仁くんのこと
少し頭の片隅に入れておいたほうがいいかな?
でも、その姿は負け犬そのものだよ?
写真撮って仁くんに見せてあげたいな
仁くんの教室の窓を見ると彼が私を見つめていた
目が合うと仁くんは少し頬を赤く染めた
カッコいいとこ見せられたかな?
あぁ、そうだ私の横の負け犬さんもよく見ておいてね
意識しないわけないよね?
だってついこの間告白を断った子なんだから
よ〜く見ておいてね?この嫉妬に燃えるおぞましい顔を・・・・

授業中に窓の外を見てみた
窓側の後ろの席なので俺はよくこうやって外を見ている
授業内容なんて頭に入ってこない
だってこの教員の授業つまんないんだもんな
窓の景色に詩織が映る
どうやらテニスをしているようだ
少し詩織が押されている
頑張れと心でエールを送る
ちょうど後ろ向きなので表情は見えないが詩織は必死だ
一瞬詩織の動きが止まる
どうしたんだろう?
そう思うと同時に詩織は機敏な動きでボールを打ち返し始めた
すごい、まるで別人だ
すぐに点差が開き詩織が圧勝した
詩織は相手の方まで歩いていくと手をさし伸ばした
あれ?あの人、この間告白してくれた香葉さん?
どうやら相手は香葉さんのようだ
彼女は詩織の手をさし差だれた手をつかむことなく睨んでいる
少しこわいな
そう考えていると詩織が俺に気づきニコッと笑んだ
う・・・・・綺麗だな
ベタ惚れしていることを再認識され俺は頬を赤く染めていた

 

「仁ちゃーん!」
部活の休憩中に急に声を掛けられる
彼女は同じクラスの大川奈々さんだ
詩織は綺麗な容姿だけど
彼女はいかにも女の子といった感じのかわいらしい容姿だ
性格も詩織とは正反対で落ち着いた綺麗な女性の詩織にたいして
彼女は活発で元気な子だ
「仁ちゃんっていうのは・・・・やめてくれないかな?」
「仁ちゃんは仁ちゃんだよ・・・・」
「ちゃんはよけいだって」
少しむずかしい顔をして見せるがこれはいつものことだ
「それにしてもすごいね、声掛けただけで嫉妬のまなざしだよ」
あたりを見回しながらそうやってごまかす
嫉妬の的というのは本当のことなので言い返せないけど
「そろそろ、休憩終わるから・・・・」
「ここで見ていい?」
間もなく奈々さんはそう聞いてきた
ここまで入ってきてしまったのなら仕方ないか
うなずくと奈々さんはニコッと笑んだ
ガラス越しの人たちが我もと入り込もうとしたが
奈々さんがしっかり入り口を固定している
「・・・・・・」
あきれながら俺は練習に集中した

「まだ居たの?」
「冷たいな・・・・ここに居ていいって言ってたのに」
目を細めるい彼女に「ごめん」と答えると奈々さんはタオルと買ってきてくれたのかジュースを俺にくれた
「ありがとう」
そう言うと奈々さんは手を振って
「いいよ、事前投資だよ」
意味がわからないがとりあえず彼女の好意に甘えジュースを口に含む
「生き返る・・・・」
「かっこよかったよ、仁ちゃん」
「いや、全国はこんなもんじゃないよ」
「卒業したらプロとかになる気なの?」
「いや、大学に行って・・・・・父さんの会社を継ごうと思ってる」
父からの強制ではない
自分で決めたことだ
一番大きな理由は詩織にふさわしい男になるため
でも、口が裂けてもそのことは言わない
「仁く〜ん」
そう考えているとドアが開き詩織がやって来た
それを見るや奈々さんが腕を組んできた
「な・・・・・!」
変な声が出てしまった
詩織がジト目で俺を見ている
どうしよう・・・・
「あ・・・・あなたはどちらさま?」
声が低いよ・・・・詩織?
「はじめまして、仁ちゃんとはクラスメイトで席が隣の大川奈々です」
クラスメイトと席が隣を強調して奈々さんは腕の力を強めた
「そう・・・・・私は仁くんの婚約者の月緒詩織です!」
詩織の方は婚約者を強調している
「それって親同士が決めたことですよね?仁ちゃんかわいそう」
詩織の目がぴくぴくしている
もしかして詩織って独占欲強いのかな?
「本人も合意しているもの・・・・・ね?」
「う、うん・・・・・そうだけど」
ほらねと彼女を見つめる詩織
しかし奈々さんも引かないかった
「言わされてる感が強いのはなぜだしょうか?」
女の子のケンカってこんなに寒々しているものなのかな?
そうこうしているうちに詩織が俺たちの前までやって来る
そして静かな動作で組まれている腕を離す
力でというわけではないので痛みはないが
その瞳はすごくこわかった
「さ、帰ろう・・・・・仁くん」
奈々さんに見せ付けるようにして腕を組み歩き出す詩織
「ちょ、着替えさせてよ」
唖然としている奈々さんを置いて俺たちはその場を後にした


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