過保護 第14回
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「起立、気をつけ、礼」
……放課後になった。
さて、これからどうしよう?
朝に聞いたあの会長の助言について、僕は結局考えをまとめきれなかった。
と言うよりも……ある一つの結論に達したって意味では考えはまとまった、
と言うべきかもしれない。
それは『実は会長って当たり障りの無い事しか言ってないんじゃ……』という疑問に近い結論……
当然、今後の僕がどうするかは何一つわからないまま。
会長の言っている事は確かに的を得てるとは思った、けどその助言は
どんな人にでも通用するような気がする。
僕が悪い面もある、よく考えたら僕は会長に今の状況を話した覚えは無い。
そんな中でああも的確なアドバイスを言える会長は大物だとも思う。
だけどやっぱり僕の現状を打破するには不十分だっただけだ。
さて、これからどうしよう?
昨日までの僕は黒崎先輩とも最上とも一度縁を切ってそれからゆっくりと一人で考える、
と決めていた。
けれどさっきの会長の言葉『目標は一つでも手段は無数』と聞いた事で迷いが生じてしまった。
本当にこれで良いのかな?と考えてしまった。
そういう意味では、会長の助言は的確で逆効果な物だったと言えるかもしれない。
……会長が悪い訳じゃ無いけどね。
さて、これからどうしよう?
僕にはもう時間が無い。
後数分、もしかしたら後数秒もしたら……
「倉田君、一緒に帰ろう」
……こんな風に最上が参上してくるから。
「また難しい顔してる。駄目だよ、人生は楽しまなくちゃ」
しかたないか……続きは家に帰ってから考えよう。
「ああ、ごめん。じゃあ帰ろうか」
無理矢理笑顔を作る。
あんまり最上に嫌な顔は見せたくない、これはきっと僕のエゴなんだと思う。
 ガララララッ
二人で教室を出る。
最初の頃は周りから怪異の視線を感じたものだけど、今はもうそうでもない。
最近では僕が最上に乗り換えただとか、最上が僕に色目を使っただとか思われてるらしい。
僕はそれに対して……否定も肯定もできなかった。
「それで、今日はどこに行こっか?」
「最上にまかせるよ」
二人でデートのような寄り道に……いや、寄り道のようなデートに行くのも日常の一部になってきた。
「だったら今日は神社に行かない?天秤神社。この間大きな狐が……」
 ……がぁんっ!
「最上……前見て歩きな」
こうやって最上のドジを見るのも日常の一部になったとも思う。
少し前までは何事もそつ無くこなす事で有名だったんだけど、
今ではもうドジで通ってしまってるらしい。
けどそれで最上に失望した人は全体のごく一部で、残りの大半はむしろ好意的に
見てくれるようになった。
僕は昔の最上を知ってるから、ちょっと前の最上がなんだか無理してるような気がしていた。
だから今の最上はとても自然に感じてる。
「……由江が言ってたんだけどね……真理ちゃんって呼びかけながら魚肉ソーセージをあげると
喜ぶんだって……」
看板にぶつけて赤くなった額を押さえながら涙目になる最上。
ああ、なんだ……会長の助言なんて関係無いじゃないか。
僕はただ単に、今の最上を最高に可愛いと思ってるだけなんだ。

天秤神社は、長い石段を上った先……黄道町を一望できる小高い丘の上に建っている。
ただ辿り着くためには長くて急な石段を上る必要があるためか、神社に人の気配は無かった。
しいて言うなら社務所に神主さんらしき人が居るだけだ。
この石段を逆立ちをしながらだとかタイヤを引きずりながらだとか、
そんな格好で往復している人が時々目撃されるらしい。
鳥居をくぐると、そこには野球が出来るんじゃないかって位に広い敷地が広がっている。
ここで真剣だとか槍だとかを振り回している人が時々目撃されるらしい。
でも……悲しいかな、黄道町ではその位は驚くに値しない出来事だったりもする。
この町の人達は『銃刀法』って言葉を知ってるのかなぁ……?
もっとも、世の中には刀の携帯を特別に許可される職業もあるらしいけど、僕は詳しく知らない。
「倉田君、また難しい顔してるよ」
「ごめん……」
「ほら、狐さんは居なかったけど良い見晴らしだよ」
最上に示されるまま、僕は景色を眺めた。
高い所にあるだけあって、見晴らしは本当に良かった。
ここに来るのは初めてじゃない筈なのに、僕は目を大きく見開いていた。
「本当にそうだね」
すぐ近くに銭湯の煙突、そこから少し離れた場所に昇龍高校、人馬遊園地の観覧車も見える。
パノラマのように広がる僕が生まれ育った町、そしてすぐ隣に最上可奈。
……このままで良いんじゃないかな、とも思う。
このまま最上といろんな場所に行って、いろんな経験を共有して、きっといろんな景色も見る。
……それでも良いんじゃないかな、とも思う。
黒崎先輩とは別れたんだ、もう僕は責められたりはしない。
だから……このままで良いんじゃないかな、と思っていた。
いつの間にか僕は、最上だけを見つめていた。
「やっと直った、そのしかめっ面」
「そう……かな?」
自分では良くわからない、でも最上がそう言うのならそうなんだろう……
 ……ちゅっ……
「……っ!!?」
唇と唇が触れ合っていた、静かに目を閉じる最上が視界いっぱいに広がっていた。
完全な不意打ちをもらっていた。
「ちょっ……最上!?」
「ちょっとだけ素直になってみました」
最上は悪びれもせずに笑っていた。
それが酷く恥ずかしくて、いたたまれなくなって、僕は最上とは逆方向を向いた……
……心臓が……止まるかと思った……
本来病院に居なくてはいけない人物が……黒崎先輩が……
唖然とした顔をしながら、鳥居の影に立っていた。


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