過保護 第12回
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僕達が次に向かった場所は校庭。
そこでは野球部が早朝練習をしていた。
「貸してください」
「OK」
野球部のキャプテンらしき人へ交渉に向かった会長はものの一分もしない内に帰ってきた。
その手にはグローブとボール。
まるで今からキャッチボールでもするかのようだ。
会長の姿だけを見ると…であるが。
「…で、何で僕はこんなに重装備なの?」
「危ないからですわ」
会長は何を今更…とでも言いたげに答えた。
制服にグローブをつけただけの会長と違い、僕はその上にさらにプロテクターやら
ヘルメットやら面やら…
まるでキャッチャーのような…いや、キャッチャーそのものの姿になっていた。
「危ないって…キャッチボールだよね?」
「ええ、もちろん手加減はいたしますわ。ですが万一取り損ねれば大怪我しかねませんし、
念のため…ですわ」
黒崎先輩…僕ももうすぐそっちに逝きそうです…
「そんな浮かない顔をせずとも、私の腕を信じてしっかりと構えて捕球すれば大丈夫ですわ」
本当に大丈夫かな…
僕のそんな心配をよそに、会長は少し離れた場所でボールを構えた。
僕も慌てて構える。
テレビとかでみたキャッチャーを思い出しながら、見よう見まねで…
「では先輩、行きますわよ」
そう言うと会長は第一球を大きく振りかぶって…
 シュッ…
「わっ!?」
 スパンッ!
会長が放ったボールは見事に僕の手の中に納まった。
手加減してくれたのだろうか、その球威は確かに女の子にしては驚異的な物であったが
取れない球ではなかった。
ちょっと手がしびれたけどね…
軽く手を振って、会長に投げ返す。
ボールは今度は綺麗な放物線を描いて会長のグローブへと収まった。
「良いですか先輩、詰まる所ピッチャーの目的はストライクを取る事。これは良くって?」
僕はうなずいて答える。
「それは言葉ほど簡単な事ではなく。相手の妨害をすり抜け、かつ特定の範囲内に
ボールを届かせねばならない」
 シュッ…スパンッ!
会長の動きは素人とは思えなかった。
投球フォームはプロの選手と比べても劣らない物に見える。
それに僕がボールを受けているからなのだろうか、会長の放つ球は正確かつ鋭く
僕の取りやすい位置に飛び込んでくる。
この子は本当に何者なんだろうか…
僕は再び会長にボールを投げ返した。
「ですが…そこにたどり着く手段は一つではありませんわ」
 シュッ…スパンッ!
今度は投球フォームをアンダースローに切り替え、地面スレスレから滑り込むように
ボールが飛んできた。
しかし投げ方が変わってもその球威は全く衰えてはいなかったし、ぎこちなさも感じられなかった。
再び僕はボールを投げ返す。

「フォーク」
 シュッ…スパンッ!
「カーブ」
 シュッ…スパンッ!
「シュート」
 シュッ…スパンッ!
「スライダーもあります」
 シュッ…スパンッ!
会長は次々と宣言通りの変化球を投げてくる。
そのどれもが空中で急旋回をして正確に僕の手の中に飛び込んできていた。
現に僕はさっきから手を殆ど動かさずに取っている。
本当にこの子は高校生なんだろうか?
「もちろん、意表を突いてスローボールでも」
 シュ……パンッ
「先輩、これは野球に限った話ではないわ。目標は一つでも手段は無数…どんな事でも
これは変わらない。そうではなくって?」
「そうだね」
会長に投げ返す。
「常に視界を広くしていてください。人間は思い悩めば思い悩むほど妙案が
浮かばなくなるものですわ」
「うん、ありがとう」
「いいえ、私も良い肩慣らしができましたわ。感謝いたします」
気がつけば野球部員達は後片付けに入っていた。
もうすぐHRが始まる時間らしい。
「先輩、道具は私が返しておきますわ。先輩は遅刻をする前にお行きなさい」
「いや、それは僕がやっておくよ。たまには先輩らしい事もしなくちゃね」
HRが始まる時間はどの学年も一緒だった。
それに昇龍学園では一年が4階、二年は3階、だから遅刻という観点では会長の方が先に行くべきだ。
「いいえ、私は元々今日は早退する予定でしたの。ですから私の心配ならご無用ですわ」
「早退?」
「学校にも行かずに遊びほうけている方々にお灸を据えて、首に縄をつけてでも
引っ張り出して来ますわ」
そう言うと会長は懐から十手を取り出して笑った。
ニコッと…いや、ニカッと言うか…ニヤリと言うか…とにかくそんな風に笑った。
「…って、会長もちゃんと授業には出ようよ」
「この学校が平和になったら、考えておきますわ」
「そっか…」
この学校は不良と呼ばれる生徒が異常に多い、最近では不良界の聖地などと言う異名が作られる程に。
けど…それでもこの小さな生徒会長ならやり遂げるかもしれない。
冷静に考えれば無理で、理屈で考えると不可能で、それでも…
それでもこの子は真っ直ぐに前だけを見つめていた。
「怪我…しないでね」
「もちろん私も相手も、このハチマキに賭けて決して」
会長なら…きっと大丈夫だろう。
僕は理由も無くそう感じていた。
「そしてもし機会があれば…その時は…」
「会長?」
「いえ、こちらの話ですわ。行ってまいります」
「うん、行ってらっしゃい」
会長は僕の言葉を聞き届けてからグラウンドを走り去って行った。
もうすぐチャイムが鳴る、僕も教室に向かおう。
そしてもう一度良く考えてみよう。
自分が何を目標としていて、そのためにどんな手段がとれるのかを…

 

ちなみに、後で数人の不良の首に本当に縄をつけて引っ張って行く会長の姿が目撃されたらしい。


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