過保護 第11回
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「はあぁ…」
気が重い…足が重い…
いつもと何の変わりも無い通学路、だが僕には急な坂道に見えた。
通学する昇龍の生徒も、友人との話し声も、僕にはテレビのゴーストに見えた。
昨日、僕はとうとう黒崎先輩に別れを告げた。
別れを告げて…そのまま先輩が動き出す前に逃げた。
思っていたよりも先輩が僕の事を想っていなかったのか、それともただ単に放心していただけなのか…
たぶん後者だと思う。
僕は逃げた、紛れも無く逃げた。
あの悲しい眼をした先輩から背を向けた。
でも、こんな気持ちを…最上に惹かれる僕を抱えたまま先輩と付き合い続けるのはきっと間違っている。
先輩に未練を残しながら最上と新しく付き合い始めるのもきっと間違っている。
そしてきっと…僕が今までしてきた行動もこれからしようとしている行動も間違っている。
結局、二股なんてしている人間に正しい行動を要求するのは無理な話なのかもしれないな…
「み〜ち〜は時に〜は〜曲がりっもす〜る〜が〜」
何故か、そんな歌声が聞こえた。
耳に入ったという意味ではない、頭に入ったという意味でだ。
「ま〜げ〜ちゃ〜なっらな〜い、ひ〜との道〜」
何故だろうか…
どこかで聞いた事のある声だったからか、それともこんなにも澄んだ綺麗な声でこんなにも
コブシのきいた歌を歌っているからだろうか。
どちらにせよ、僕は声の聞こえた方向へ…僕のすぐ右隣へ振り向かずにはいられなかった。
そこには何故か僕とぴったりくっついて歩く…
「ごきげんよう、倉田先輩」
…赤ハチマキが居た。
「会長?」
「ごきげんよう」
しかも何故か機嫌が良さそうだ。
「ご…ごきげんよう…」
そう言うと、会長はクスクスと笑い出し…
「先輩、無理して相手に合わせる必要は無いのでは無くって」
「えっと…ごめん」
「謝る必要もありませんわ、先輩は先輩らしく胸を張っていればよろしくてよ」
「あっ…うん」
やっぱり、僕はちょっとこの子が苦手らしい。
でも何故か…何故か…僕の重い心が軽くなったような気がしていた。
「行きましょう、先輩」
「えっ!?」
不意に、会長が僕の手を掴んだ。
「ここは人の目が多くていけませんわ、場所を変えましょう」
「あっ、ちょっと…」
僕達はそのまま走り出していた。
小さな会長に手を引かれ…その手の温もりを感じながら…

僕と会長が中に入った時、生徒会室に人は居なかった。
生徒会室と言っても、僕にはごく普通の会議室にしか見えなかった。
大きく広い机、それを囲むパイプ椅子、ホワイトボード…
強いて言うなら妙に大きい神棚が目を引く位だ。
どれも綺麗に磨いてある、もちろん壁や床も。
生徒会は名目だけの存在で、不良に目をつけられるからだれも生徒会長をやりたがらなかった
って噂を耳にした事がある。
だけど噂には続きがある。
たった一人の少女がそんな生徒会を激変させたと。
ただの一人も役員がおらず、ただの一度も会議は開かれない。
実際、生徒会はそんな状況だったらしい。
その生徒会が…生徒会室が…ピカピカに磨かれていた。
いや、磨かれているだけじゃない。
なんと言うか…こう、支えあっているような感じがする。
ただそれだけで僕は、この小さな生徒会長の底知れぬ大きさを感じてしまっていた。
「先輩、どうかなさいまして?」
「いや…なんでもないよ」
いけないいけない、この子はけっこう洞察力がある。
迂闊な事は考えないようにしよう。
「では先輩、HRまで時間も無い事ですし、すぐに本題に入らせていただきます…よろしくて?」
「うん、僕に何か用なの?」
「簡単に言えば事情聴取ですわ」
「事情聴取…?」
「ええ、昨日白羊病院に足を運びましたの…黒崎先輩、泣いてましてよ」
「うっ…」
この子はまた…痛いところを。
「やはり倉田先輩が絡んでましたか」
「ううっ…」
「答えずともよろしくてよ、その顔で十分です」
駄目だ、前にも思ったけど僕はこの子に勝てない。
顔に出やすい僕と洞察力に優れた会長…はっきり言って勝てる訳が無い。
「先輩が何をなさったのかも、これから何をなさるつもりなのかも、知りませんし知ろうともしません。
それは先輩の判断にお任せしますわ」
「ごめん…」
「良くってよ。そうですね…今の私にできる事は…先輩、まだ少し時間があることですし、
キャッチボールでもいたしません?」
「えっ!?」


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