過保護 第9回
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「はぁ…」
思わずため息が出ていた…
さっきからずっとこんな感じだ。
「ごきげんよう」
「えっ…?」
そんな時、誰か…聞き覚えの無い声が僕に呼びかけた…ような気がした。
「ごきげんよう、倉田先輩」
いや…どうやら僕を呼んでいるらしい。
声がした方向を向くと…そこに居たのはやっぱり知らない女の子だった。
「えっと…僕?」
「他にどなたがいらっしゃるのですか?」
やっぱり僕が対象だったらしい。
でも…やっぱり僕の記憶にこの子はいない。
…いや、本当にそうか?
「どうかなされましたか?」
「ごめん、ちょっと待ってて…」
黄金の髪、ターコイズブルーの瞳。
月並みな表現だけど、まるでフランス人形のような佇まい。
昇龍高校の制服、頭に巻かれた赤ハチマキ。
そしてハチマキに筆文字で書かれた『不殺』の文字。
ここまで特徴的な人物を僕は忘れたのか?
いや…確か…この間校内新聞の写真で…
「新生徒会長…」
「あら、光栄ですわ」
その瞬間、僕の全身が凍りついた。
「なっ…なんで生徒会長がこんな所に!?」
「あら、少し考えればすぐにわかると思いますけど」
言われてみれば…今度の生徒会長は不良撲滅政策を推し進めているって噂を耳にした事がある…
考えてみると、黒埼先輩の素行はお世辞にも良いとは言えない…そしてここは病院…
とすると…
「まさか…傷ついた黒崎先輩にトドメをっ!」
「………」
「………」
「「………………」」
うわ…嫌な沈黙だ…
「…聞かなかった事にしておきます」
「…違うよね…やっぱり…」
そしてこの状況下で最後まで笑顔を絶やさなかった会長も立派だ。
「怪我人か見舞い目的以外に病院に足を運ぶ方がおりますか?」
「もしかして…誰かのお見舞いかい?」
「どちらかと言えば敵情視察ですわ」
「はぁ…」
なんか不思議な子だな…

で…途中で妙な人物と出会ったが、僕はそのまま帰路についている。
僕には考えなければならない事が山ほどある、生徒会長に構っている時間なんて本来は無いんだ。
そう…頭に浮かぶのは…
先輩と最上…二人の人物が同時に浮かび上がってくる。
胸が熱い…この感覚は…そう、僕が今まで恋だと思っていた感覚…
もしこれが恋ではないとすれば、僕は今まで黒崎先輩を何だと思っていたのだろう。
もしこれが恋だとすれば、僕は最低の人間だ。
まだ日が高い。今からでも駅に行けば最上が待っているだろう。
今回はお金をかけずに駅前を散歩がしたいらしい。
でも…さっきまでならともかく、今の僕にそうする資格は無い。
いや、先輩との関係を清算していない点においては、さっきも今も同じかな…
僕は一体どうしたんだろうか?
最初に先輩を好きになって、だけどそれは段々と冷めていって、そして最上に惹かれて、
かと思ったらまた先輩に惹かれ始めている…
僕は…なんて節操の無い人間なんだろうか…
これから…どうしようか…
自分の心のままに行動したら…まず間違い無く先輩の恐怖の整体フルコースが待っているだろう。
最上からもきっと嫌われる。
かと言って、このままの気持ちで先輩と付き合い続ける自信も無い。
なら…どうしよう…
「先輩」
後ろから例の生徒会長の声が聞こえた。
振り向くと…案の定、赤ハチマキが見えた。
「君は…もうお見舞いが終わったの?」
「いいえ、先客がいらしたので日を改める事にしましたの」
「へぇ…じゃあ、君もこっちが帰り道なの?」
「それも違いますわ。先輩に言い忘れた事がありまして、それで急いで後を追ってましたのよ」
「僕の?」
「ええ」
なんだろう…この子が僕に用事って…
「それで、言い忘れた事って何?」
「ええ、私とて生徒会長の端くれです、悩み事があるのならいつでも相談をお受けいたしますわ…と」
なるほど…どうもこの子にはバレバレだったらしい。
意外と洞察力があるんだな。
でも…この問題は僕が僕自身の手で解決すべきだろう。
「ありがとう…でも、気持ちだけ貰っておくよ」
「あら、悩みは話すだけでも多少は楽になる物ではなくって?」
「それでもだよ…」
「将棋やチェスでは当事者よりも傍観者の方が良い手を思いつき易いそうですわよ」
「かもね…」
でも…この問題に関しては他人の手は借りられない。
「わかりました。ですが、本当に困った時は必ず私を頼ってください。いつでも相談に乗りますわ」
「ありがとう…」
そう言うと会長は上品に頭を下げ、立ち去って行った。
当事者よりも傍観者の方が良い手を思いつき易い…それなら、一度距離を置いて冷静になるのも手かな…
少しだけ頭が軽くなったような気がする。
もしそれが狙いだったとするなら、あの小さな生徒会長は大変な大物なんだろうな。
そんな事を考えながら、僕は再び帰路についた。


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