過保護 第3回
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そんなこんなで私は入院した。
医者が言うには全治一ヶ月だそうだ。
正直に言ってあれだけの傷が一ヶ月で治るとは信じられなかったが、とにかく3週間ほどで
退院できるそうだ。
それも嬉しいが、特に傷跡も後遺症も残らないと聞いた時はもっと嬉しかった。
それと私が発見されたのは病院の玄関前だったそうだ。
それも…本職の眼で見ても見事な処置を施されていたらしい。
まあ、正直に言ってそんな事はどうでも良い。
医者から怪我をした状況を尋ねられたが、知らぬ存ぜぬで押し通した。
そんな事もどうでも良い。
重要な事は一つ。
眼が覚めた次の日に、私の恋人である倉田健斗(くらた けんと)が見舞いに訪れた事だけだ。
それはもう嬉しかった。
思わず飛び上がりそうになる位嬉しかった。
まあ、飛び上がろうにも私の四肢は言う事を聞いてくれなかったが。
「黒崎先輩、大丈夫ですか…」
その言葉は千金にも勝ると私は信じて疑わない。
「大丈夫、この位どうって事はないよ」
「聞きましたよ、全治一ヶ月じゃないですか」
そう言って健斗は腰に手を当て、全身で怒りを表現する。
いや…呆れに近いか。
「すまない、君には心配をかけた…」
「別に…良いですよ…」
そう言う健斗の眼はどこかに泳いでいるかのようだ。
なにか用事でもあるのだろうか?
だが、私は少しでもこの時間を長く感じていたかった。
「やはり、一人は寂しいよ…」
ずるい手だとは思ったが、情に訴えるような言葉を使った。
この子は思いやりがあって、やさしいから…
「あの…すいません、この後用事があるんですよ」
「えっ…?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「その…先輩、おだいじに」
…ガチャン
我に返った時には、既にあの子は逃げ去るように病室から出た後だった。
何故か…どこか余所余所しく別れを告げたあの子が…

様々な思考が頭の中を交錯した。
あの子に何かがあったのだろうか?
それとも私に何か落ち度があったのだろうか?
まさかあの日かっ!?
…いや、それだけは無い。あの子は男の子じゃないか。
だけどあの子があんな態度をとった時があっただろうか?
そう…良く良く思い出せば心当たりがあった。
あの子が舞踊部に入部して間もない頃はあんな感じだった。
あれから…もう1年と3ヶ月。
まるで大昔のように感じるが、思えば恋人同士になってからまだ3ヶ月しか経っていなかった。
あるいは…飽きられたのだろうか?
いや、そんな事はないっ!
信じるんだ…健斗を…
コンッコンッコンッ…
「健斗!?」
迂闊な事に…私はその一瞬あの子の顔を思い浮かべていた。
あの子が部屋から出て行って数分しかたっておらず、忘れ物でもしない限り戻って来る筈が無いと言うのに。
「失礼する」
 ガチャ…
期待は最悪の…いや、最悪に程近い形で裏切られた。
それは私をここに連れてきた本人…
「お前は…」
…今一番見たくない顔だった。
「その様子では大事には至らなかったようだな」
などと冷静に言われるが、私は到底平静を保ってはいられなかった。
あの時の恐怖が…私の頭の中でフラッシュバックのように蘇っていた。
「何しに来た…」
そう言うのが精一杯の強がりだった。
「なに、お前にどうしても言っておかねばならない事があってな」
静かにそう言った。

怖かった、どうしようもなく怖かった。
この状態が長く続けば、私はもう一度失禁してしまうかもしれなかった。
それだけに…
「すまなかった」
…この落差は大きかった。
私よりも何倍も大きく感じるこの男が…腰を直角に折り曲げて謝罪をしていたのだ。
「なん…で…?」
我ながらあほらしい声が出ていた。
私は自分の置かれた状況が理解できなかったのだ。
「正直に言おう。あの日の俺は少々イライラしていた、その故に必要以上にお前を痛めつけた。
すまなかった、謝罪する」
こいつは頭を上げずに言った。
恐怖は…雲散していた。
「とりあえず頭を上げて…」
「うむ」
たぶん…初めて真正面からこいつの顔を見た。
不思議な事に、怒りも恐怖も浮かばなかった。
それだけこいつの謝罪が意外だったのだろうか?
「とりあえず…名前は?」
「不撓不屈、偽名のようだが本名だ」
驚くほど現実味の無い名前であったが、驚くほど違和感も無かった。
それだけ…こいつの存在自体が現実離れしている証拠なのだろうか。
少しだけ…興味が湧いた。
「じゃあ…不撓」
「何だ?」
「なんでそんなにイライラしてた?」
「ああ…それか…」
不撓の目が泳いだ…
なんとなくバツが悪そうだ。
「実はな…弟がな…兄離れをだな…」
今まで浮かんでこなかった怒りが一気に噴出した。
「お前…そんな事で私に…」
「いや、すまない。本当にすまなかった」
手が思い通りに動くのならひっぱたいてただろう。
そのくだらない理由もそうだが…こいつの表情には既視感があったからだ。
「いや、しかしだな…母さんに二人を頼むと願われた手前、たとえ来るなと言われても
後をつけたくなるのが兄としての…」
そうそう、こうやって何かとつけては理由を作りたがる姿とか…
「たしかに行き過ぎた面もあろう、だからと言って弟にああも拒絶される必要も無かろう…」
そうそう、こうやって非を認めそうになって結局は全然反省してない姿とか…
「第一、あいつはまだまだ子供だ。見ていて危なっかしくて仕方がない」
そうそう、こうやって相手を子供に、自分は大人だと決め付ける姿とか…
ついでに聞いてもいないのにペラペラと喋りだす姿とか…
お父さんに似ていたのだ。
早い話が…こいつは過保護なんだ。
「もういいよ…」
「ああ、すまない。とにかく俺にできる限りの償いはやらせてもらおう」
「それももういいよ…」
もう興味は無くなっていた。


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