リボンの剣士 第26話
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はい、新聞部の超新星、屋聞です。こんにちは。
って、そんなことを言っている場合ではありません。
緊急事態が発生しました。
陰で密かに木場先輩の支援活動を行っていた自分ですが、なんと木場先輩の悪評が、
よりにもよって伊星先輩から入ってきたのです。
既に周知の通り、伊星先輩の交友関係は非常に狭いです。
先輩ご自身は、その話をどこからか聞いた、等とぼかしていましたが、
どうせ新城先輩か、その友人からでしょう。
いえ、誰からか、というのは些細なことです。
伊星先輩がそれを知っているということは、もう既に多くの人が知っている訳です。
そしてその幾らかは、新城先輩の味方に付いている――。
このままでは、数の差で押し切られることは必至。
これを打破するには、出回っている噂が真実ではないという証拠を掴む他にありません。
急ぎ木場先輩を直撃です。日を置いている暇はありません。対応が遅れたら、命取りになります。
現在、放課後になりしばらく経った時刻で、多くの人が部活に行ったか帰宅したため、
校舎内に生徒は、木場先輩はいませんでした。

階段を降り、中庭へ向かいます。ここで木場先輩が待ち伏せしてればいいのですが。
中庭に着き、噴水のまわりを一周して見渡しますが、
歩いていたりベンチに座っていたりするのは関係の無い人ばかり。木場先輩の姿が見られません。
こうなったら最後の手段です。
携帯電話を出し、即座に木場先輩へコールします。
電話を耳に当てたとき、初めて自分がかなり汗をかいている事に気付きました。
ぺたっ、とした気色悪い感じが、耳と頬から伝わります。
先輩が出るまで、そんなに長い時間は掛からなかったはずですが、
自分には物凄い長い時間を待たされた気分でした。
『もしもし。屋聞くん?』
「木場先輩、今どちらに?」
『ん〜、家にいるよ。何かあったの?』
「今すぐ出てきてもらえますか!? 作戦会議です!」
完っ全に忘れていました。自分は伊星先輩のことについて調査していましたが、
木場先輩の男性の遍歴についてはノータッチでした。
というか木場先輩、何であんな聞こえの悪い噂を立てられているんですか。
そのような悪条件がついていたなんて、知りませんでしたよ?

とにかく全ては、木場先輩と話せばわかります。先輩と合流するまでには、
落ち着いておかないといけません。
……全く、今日は綱渡りの連続で困ります。前もって覚悟ができていれば楽なもんですが、
どれもこれも不意打ちばかり。
はじめに伊星先輩から突っ込みが入っていたら、何もかもが瓦解してたと思うと、
今更ながらぞっとします。
トイレに入る前に、周囲に誰も居ないことをしっかり確認したのに……。

待ち合わせ場所は、以前に二人で入ったファーストフード店。先に来てしばらく待つと、
私服姿の木場先輩が現れました。
自分の向かいの椅子に腰掛けます。
スカートが絶妙な高さで一瞬だけ捲くれ上がりました。自分にそんな演出はしなくて結構です。
「急に呼び出して……何か掴めたの?」
「はい、掴めましたよ。ただし、悪い意味です」
「どういうこと?」
人差し指を頬に当て、大きく顔を傾ける先輩。
……なんていうか、思いっきりわざとらしい仕草なんですが、
もう本人の癖になっているんでしょうね。

「実は、木場先輩に関する、悪い噂が広まりつつあるようです」
「どんな噂?」
「木場先輩の、男性に対する癖の悪さ、節操の無さ、そういったものです」
それを聞いた先輩は目を細めます。整えられた眉も動きました。
「特に、他人の男を奪ってすぐ捨てた。これが際立っています」
「ん〜……」
両肘を突き、苦々しい表情を覗かせています。
「その話は、誰から聞いたの?」
「……。伊星先輩からですよ」
「!!」
あー、やっちゃった、って顔してますね。事が重大になっているのは、理解して頂けたようです。
とはいえ、対策はこれからなら間に合うでしょう。
噂など所詮噂。ご本人から真相を聞いて伝えれば、大してマイナスにはならないはずです。
「……それで、伊星くんは、その話をどう思っているかわかる?」
「はい?」
「だから、私の噂に対して、伊星くんはどんな風に言ってたの?」
先輩の目が、鋭く光ったような気がしました。
なるほど。伊星先輩自身がどう思っているのか、そこに焦点を当てるのも自然な流れです。
「そうですね……」
伊星先輩と話したときのことを思い出しますと、どうも話し方が淡々としているというか、
伝言をそのまま口にしているだけ、というか、はっきりとした感情が篭っていないようでした。
大体そんな意味のことを答えると、木場先輩の表情が緩みました。
「ということは、伊星くんはそんなに気にしてないのかな?」
「だと思います」
適当に相槌を打ちましたが、実は本意ではありません。
伊星先輩は、自分にこの噂の真偽について調べてくれと言いました。
気にしてなければ、普通、そんなことは頼みません。

これについては、解釈の仕方が二通りあります。
一つ。木場先輩に対して好意的で、そんなことがあるものか、との思いがある。
もう一つ。先輩への疑念が強まって、警戒心から気になりだした。
色々考えるべきところですが、これは木場先輩には言えません。
伊星先輩も少しは気にしてるみたいですよー、
と明かせば、話を都合よくでっち上げられる可能性があります。
まあ、でっち上げられても自分には関係のない話なんですがね。ほら、自分は新聞部ですから。
「なら、心配はいらないよ」
木場先輩は、いつもの笑顔、伊星先輩に見せる笑顔で言いました。
「噂くらいで、伊星くんが突き放したりはしないって」
凄い自信です。これだけ言うなら、何か根拠が……。
すいません忘れてました。先日、木場先輩は、伊星先輩と一緒に帰る、を成功させ、
絡んできた連中を一喝。
そのまま喫茶店で一時を共にしていましたね。
自分は後をつけ、店内で一緒にいる写真を撮り、
新城先輩に見せて嫉妬心を引き出してやろうとしたことがありました。
あれでだいぶ好感度を稼いだのでしょうか。自分には、会話までは聞き取れず、
よく分からなかったのですが。

木場先輩は心配ないと言いますが、自分には心配です。
普通、悪い噂を聞いたら少しは疑ってかかりそうなものです。
まして伊星先輩は、他人を疑う気持ちが強い。
せめて噂が……って、肝心な所がまだではないですか。
「それで、今出回っている噂の方なんですが、真偽のほどは?」
「う〜ん……」
頼みますよ先輩。拍子抜けするくらい、スパッと真実を言っちゃって下さい。
大体、この手の噂なんて、実際は大したこと無いのが常ですから。
「まあ、間違ってはいないね〜」
「……はい?」
「彼女がいるって分かってて、その男の人に近づいた事は、確かにあるよ」
え、え、えぇっ!?

ちょっと待ってください。何でそう、ふつ〜に言ってるんですか?
いえいえ、彼女がいると分かっていても好きになるというケースは、無いわけではないです。
「で、では……前の彼氏さんと別れた理由は?」
非常に嫌な予感がします。なぜなら、今の木場先輩からは、
心苦しさとか、気まずさとか、そういうのが全く感じられないのですから。
これが伊星先輩の耳に入っては不味いという事くらい、判らない訳ではないでしょうに。
しかし木場先輩は、何の迷いも、躊躇いもなく、言いました。
「別れたのはね、飽きたから」
「……すみません。もう一度お願いします」
「飽きたの。付き合ってて、面白くなくなったから」
「……ほんの、一ヶ月で?」
「うん」
……えー、ただいま混乱中です。しばらくお待ちください。


・・
・・・

大変失礼致しました。結果を纏めます。
木場先輩が男を奪い、飽きたら捨てるというのは、事実でした。
つまり、木場先輩が伊星先輩を狙うのは、前の男に飽きたから、新しい男を見つけよっと。
そう思ったということです。
あまりのショックで手も動きません。メモを取るまでも無く、頭に深く刻み込まれました。

伊星先輩、こんな人に目を付けられたのですか。
    
さすがのも、同情したくなります。

「屋聞くん、どうしたの固まっちゃって」
「い、いえ、何でもありません」
この場では、お茶を濁すのがやっとでした。
これ、伊星先輩に話していいのでしょうか。
やめましょう。そんなことをすれば一巻の終わりです。
自分はあくまで、二人の争いをもっと激しくする為、木場先輩の援護をしているのですから。

……もし、激闘の末、木場先輩が勝ったら、伊星先輩はどうなるのでしょう。
木場先輩と付き合うことになるのは間違いないでしょうが、恐らく、すぐ捨てられるのでは?
考えも巡らせても、伊星先輩の幸福な未来は想像できません。
はて、自分は一体、何を考えているのでしょう。
伊星先輩がどうなろうと、知ったことじゃありません。自分は二人の戦いを記事にするだけの、
ただの第三者であり、全ては新聞のネタの為です。

そう、ネタの為。ネタの……。
……。


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