リボンの剣士 第20話
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「二交代制、か」
「え、何が?」
「いや、何でもない」
風邪から回復して、ここ数日、今俺が言った言葉が連想されるようになった。
朝、明日香と一緒に学校に行って、中庭で別れると、木場が出てくる。
木場と朝のホームルームまで軽く喋って、授業に入る。
今、放課後のちょっとした時間に明日香と話をしているわけだが、明日香が部活に行けば、
また木場が出てくるだろう。
明日香が、鞄と竹刀を担ぐ。
「じゃ。あたし部活行くから」
「ああ」
「だらだら居残ってないで、早く帰りなさいよ」
足早に明日香は教室を出て行った。

明日香より少し遅れて教室を出て、校門。
「待ってたよ、伊星くん」
木場は、今日は正面から普通に出てきた。校門前で、俺を待っていた、らしい。
同じクラスなのに、わざわざここで待つというのはどういうことなのだろうか。
「一緒に帰ろっ」
もはやパターン化した誘い。

初めて学食で一緒に飯を食ったときは、妙に馴れ馴れしい奴、と思った。
自分に不必要に干渉してくる。山ほどの疑問がわいた。
何の目的があって話し掛けてくるのか。あれこれと出て来るお誘いに、何の狙いがあるのか。
いきなり親しげに近づいてくる奴は、正直に言って信用できない。
別に木場の事が嫌いというわけではない。だが、人が行動するときは、意識無意識に関わらず、
何らかの目的があるはずなのだ。
木場の行動には、それが見えず、不気味に感じたというだけだ。
何を考えているのか見当も突かない相手とは、距離を置きたい。そう思っても、
木場はずんずん近づいてくる。
この人間は安全だろうか。自分を攻撃してくるのだろうか。
――――ああ駄目だ。そんな基準で判断するのが駄目だ。
明日香には、『話しかけてきた相手への態度が悪い』と言われ、屋聞には、
『優しくしてくれる人にそんな態度じゃ駄目』と言われ……。
「わかった」
「えっ?」
「一緒に帰る、だったな」
「う、うん……」
話を出してきた木場自身がうろたえている。俺が横を通り抜けてから、慌てて追いついてきた。
今までは何だかんだと理由をつけて断ってきたが……、木場に対して向けている”怪しい奴”
と言う考えは、今は他所に置いておく。
せめて、優しくしてくれる人くらいは大事に……な。

屋聞はこう言った。
『関わりの薄い周りの人だって、わざわざ危害を加えてやろうと思うほど汚くありませんよ』
だが、関係が薄くても、危害を与えてやる奴が居るという事を、俺は知っている。

「――――今日の体育、女子はバスケットボールだったんだけどね、シュートがリングと板の間に
挟まっちゃって、試合が止まっちゃったんだよ〜」
「……諦めたらそこで試合終了ですよ」
木場と話しながら歩く帰り道。朝も思ったが、明日香といる時と比べ、どうも落ち着かない。
話す相手が違うだけだが、木場との場合、綱渡りのような緊張感があった。
明日香だと、好き勝手に喋っても深く突っ込まれない。
「伊星くん、漫画って読む?」
「読まないな」
「でも今の、漫画の名ゼリフだよ?」
「……別の所で、聞いたのかもしれない」
そういう事を突っ込まれても困る。クラスの誰かが物真似して言ってたかもしれないし、
実際にその漫画を読んだような気がしないでもない。
木場とはひと月くらい前からよく話をするようになったが……自分の話はぎこちないように思える。
この会話、傍で聞いてると異様じゃないか?
そんな俺の思いとは裏腹に、木場は楽しそうに、明るく振舞う。
何が楽しいのかわからないが、今の俺は、木場に不快を与えてはいないようだ。

「伊星くん、買い物に……付き合ってくれるかなぁ」
帰る途中、木場は不意に訪ねてきた。
……買い物に付き合うというのは、一緒に帰る、とはまた別のことだ。
俺は今は買いたいものは無い。しかしだ、ここで断るのも、何となく気が引ける。
それに早く帰ったって、特にすることも無いしな……。
「いいぞ」
「ホント!? ありがと〜。 じゃあ、こっちに……」
俺たちは進路を変え、商店街のほうへ向かった。

商店街から一つずれた一本道を歩いていたときだった。前方遠くに、五……いや、四人組の姿が見えた。
四人組は俺たちとは歩く方向が反対で、徐々に距離が縮まっていく。
顔がはっきりわかる距離まで来て、俺の足は止まった。
あの四人は……中学の時の……。
「伊星くん?」
……曲がり角もない。いきなり逆を向くのも不自然だ。逃げられない。
「――ん?」
「――お?」
「――おおっ!?」
四人組に気付かれた。あいつらの見ている男が俺じゃなかったら、そのまま目もくれずに、
すれ違うだけだったのに。

四人が近寄ってくる。
何をする気だ? また、以前と同じ事を……?
「よっ、久々だな。お前の顔見んのも」
端の男が片手を挙げる。こいつは、中学で、俺を一番最初に殴った奴……。
「その娘、すっげえ可愛いな。彼女か? うらやましいねぇ」
「……違う」
一人の言葉をきっかけに、木場は四人からじろじろ見られる。だが木場には動じた様子はない。
「なんだよ違うのか。まあお前にゃ明日香ちゃんがお似合いだもんな」
「ねえねえ、名前はなんていうの?」
別に奴に尋ねられ、木場は微笑んで答えた。
「私? 木場春奈。伊星くんの……クラスメイトだよ」
――――?
今……木場の笑顔に、違和感を覚えた。
いや、いつも見るニコニコ顔なんだが……何か、違う。うまく言えないが、出来過ぎたような……。
「春奈ちゃんかぁ。おい伊星、今ここで紹介しろよ」
「……」
「おい、黙るなって」
急かしてくるが、俺には簡単には答えられない。
心情的には、突っぱねてやりたい。木場の都合もあるだろうし、何よりこいつらと関わりたくない。
だが、文句の一つでも言えば、その返事として来るのは……暴力だ。
「何か言えよ」
「……」
「おい。わかってんのか? お前がその娘を連れて歩くのは生意気なんだよ!」
胸倉を掴まれた。
……こいつらは、そういう奴だ。俺とは関係が強いわけでもないのに、
悪いことをした憶えもないのに、俺に害を与えてくる。
「んだよその目……ウゼェよ」
奴の目が見開かれた。この目の動きだと、大抵その次には殴ってくる。
俺は反射的に目を閉じた。

――ぱんっ。

叩く音が聞こえた。叩かれたのは俺ではない。
胸倉を掴む手が、離れた。
目を開けてみれば、俺と掴んでいた奴の間に別の人がいる。

木場だった。

「ふざけないで」
腕を伸ばして俺を庇うように立ち、強くきっぱりと言い放っていた。
殴ろうとした奴が頬を押さえている。木場が、こいつを、叩いたのか……?
「あなた達の方こそ、うざいのよ」
……木場……?
普段の、俺が知っている範囲の様子ではなかった。さっきまでの笑い……そうだ、愛想笑いだ。
あの時の違和感は、作為的なものがあったからだ。
四人は、口を閉ざしている。俺もだ。木場の態度に、男五人は驚かされたのだ。
「……伊星くん、行こ」
木場は俺の腕を引っ張って、早いピッチで歩き出した。
呆然としている四人を置き去りにして、俺は商店街の方へと引きずられていった……。


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