リボンの剣士 第19話
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はいどうも。ジャーナリストの卵、屋聞新一です。今度は初めに名乗っておきます。
ただいま、伊星先輩をめぐる三角関係についてもっぱら調査中です。
先日のお見舞いで、二人の優勢劣勢が大まかに見えました。
もっと盛り上げ……もとい、より厳正で公平な勝負をして頂くため、
自分は木場先輩の支援に回ることにします。
支援ということで、木場先輩が欲しいものを、手分けして集めなければなりません。
その欲しいものというのは、要するにデータですね。伊星先輩関連の。
もうすでに木場先輩からは、基礎的な情報は頂戴しています。それを自分なりに分析してまとめると、
伊星先輩の人格は、こうなります。

・友達、ほとんど居ない。親しいのは新城先輩くらいなもん。
・母子家庭。父親は離婚? あるいは死去?
・懐疑的で、警戒心が強い。つまり人見知り。
・喋り下手。ウケ狙いな返事はするが、自分から雑談を持ちかけてくることは稀。

……う〜ん。こうして見ると、全然良いトコ無いですねぇ。どうしてお二人は、
こんな人好きになったのでしょうか。
まあいいでしょう。まだ判明していないだけで、実は良い所も沢山あるのかもしれませんし、
自分のすべきことは変わりません。

さて、情報収集が第一と考えがちな状況ですが、それより先に、
やっておかなければならない事があります。
実はこの三角関係の図、伊星先輩の意思表示一つで、あっけなく崩れてしまうのです。
現在、伊星先輩の心は、だいぶ新城先輩に傾いているらしいので、焦って告白などしてしまえば、
自滅の可能性大です。
ですが、新城先輩が同じ事をしたら、コロッといってしまう事が有り得ます。
新城先輩が、その決定的な一歩を踏み出す前に……伊星先輩を揺さぶっておくのです。
伊星先輩には、これから平等主義の人になって貰いましょう。それじゃあただのいい人じゃないかって?
そうです。ただのいい人になって貰うのです。

「伊星先輩」
「……ん?」
授業が終わり、今日はアルバイトに行く伊星先輩を、廊下で呼び止められました。
新城先輩は部活、木場先輩は、こういう日は一緒に帰るのは難しいと、様子見です。
「身体の具合は、もう大丈夫ですか?」
「……ああ」
自分を見る目に、警戒の色が宿っています。
どうなんでしょう。話くらいはできるでしょうか。
「そう怖い顔をしないでください。今日は取材ではありませんよ」
「ウソつけ」
うわっ、一発で否定されてしまいました。厳しいですねこれは。
「いやホントですって。取材とは無縁の、かるーい雑談ですよ。少し、この後輩と
話してみるのはどうですか?」
「お前に話すことは何も無い」
ぷい、と背を向けて去ろうとする先輩。まずいです。逃げられては困ります。
「冷たいですねぇ。そんなノリの悪さじゃ、友達できませんよ?」
「五月蝿い」
「将来、引き篭もりになりますよ」
……。
伊星先輩、止まって振り向きました……が、さっきより怖い顔です。

いやわかってますよ。あんなこと言えば殴られたっておかしくありません。でも引き止めるためです。
悪口を言うのが目的ではないんです。
「自分に冷たいのは別にいいんです。それよりも、周りに対してです」
新城先輩に比べれば弱いですが、こちらもなかなかのプレッシャーです。
伊星先輩、こういう顔もできるんですね。
「最近、あれこれと親しくしてくれる人が居るとは思いませんか?」
「ん……?」
さっきの悪口効果でしょうか、先輩からは今まで見てきたような、ふざけた様子が微塵も感じられません。
むしろ、今の言葉を正面から受け止めています。
たとえ頭にきても、話し合いで何とかしようとするだけ理性的なのか、
喧嘩を買う気力の無いヘタレなのか……。前者であることを願いましょう。
「この前のがそうです。お見舞いに来て、ご飯まで作ってくれるなんて、いい人”たち”じゃないですか」
「……」
「そんな人たちに対して、今の自分を相手にした時のような態度を取ってはいませんか?」
「知るか」
ん、今、目をそらしましたよこの人。心当たりがある可能性が高いです。
しかし不思議です。先輩お得意の、的外れはぐらかしが来ません。今までのインタビューのような、
どこ見てるのか何考えているのか、さっぱり読めない表情とは違います。
もしかして、こっちが地なんでしょうか。
「駄目ですよ。せめて、優しくしてくれる人くらいは大事にしないと」
「……」
いい感じにペースを掴めた気がします。そしてわかりましたよ。
この人、意外に真面目な人のようです。ある程度関わりのある人のことなら、
それなりに真剣に考えられるみたいです。
「優しくしてくれる人だけではありません。関わりの薄い周りの人だって、
わざわざ危害を加えてやろうと思うほど汚くありませんよ」
「そうか……?」
「そうですよ。伊星先輩だって、見知らぬ人に攻撃なんてしないでしょう」
「……いや……」
あ、あれ? ここは「当たり前だ」と言うところですよ? もう次の自分の台詞、用意しておいたのに。
何か伊星先輩、悲しげな顔になってますね。視線が、がくっと下向きになってます。
そんなに不味い事を言ってしまったのでしょうか。妙な流れになってしまいました。
話はもうこのあたりで切り上げたほうが良いですかね。
「とにかく、他人に取った態度は自分に帰ってくるものです。ジェントルマリィにいきましょう」
「お前が言うな」
えぇっ!? ここで突っ込みを入れますか? 何でそんなに感情の起伏が激しいんですか?
「あー、その、これで失礼しますっ!」
うまい言葉が思いつかず、我ながら情けなく退散。ちょっと負けた気分です。
でも、目的のほうは概ね達成できたと見ていいでしょう。
これで、木場先輩への態度が変わってくれればいいのですが。


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