リボンの剣士 第18話
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お見舞いに行った次の日の朝、人志の風邪は治ったみたいで、いつも通りに会って、一緒に学校へ行った。
でもあたしが朝錬に行った後、人志の前には木場さんが現れる。もしやと思って、
中庭で別れた後引き返して覗いてみたら、あの女が、人志の隣にちゃっかり座っていた。
人のいない時を狙う、まさに泥棒、泥棒猫ね。
授業中は、あの泥棒猫、木場春奈をどうしてくれようか、ということばかり考えていた。
先生の話も、ぼんやりとしか聞いてない。
「……で、この写真にあるコロシアムは、当時、土地や財宝、結婚相手の取り合いを解決する、
決闘の場として使われていた、という記録もあって――――」
確か世界史の授業で、先生はそんなことを言っていた。
今の時代にも、決闘で欲しい人を奪い合う制度があればなあ。それだったら、あたしは絶対に負けないのに。

放課後、人志との話もそこそこに、あたしは部活に行く。
その間は、木場さんが近づくチャンスになる。これが頭を痛めるのよ。
さすがに、24時間傍に張り付くことはできない。だけど、こうしている間に、人志が
あの女に誘惑されて……なんて考えていくと、イライラする。
「素振り百、始め!」
部長さんの掛け声に合わせて、竹刀を振るう。
……あー、今日打ち込み稽古やってくれないかなー。
この竹刀で、思いっきり誰かを殴ってやりたい気分。木場さんとか木場さんとか、木場さんとかね。
素振りの最中は、雑念を捨て、心を無にする、ということに努めなくちゃいけない。
でも今のあたしには、色々考えなきゃいけない事がある。
人志に近づく泥棒猫を、どうやって追い払うか。
始めに思い付いたのは、まあ単純に、脅かす方法。
昔のアイドルの追っかけじゃないけど、近づく女を竹刀で叩く。痛い目見たくなかったら近寄るな、と。
でもこの方法をやってしまうと、人志には『悪い奴じゃないのに暴力を振るっている』
と見られてしまう諸刃の剣。素人にはお勧めできないわ。
「素振りやめ! 次!」
いつの間にか素振り百本は終わった。次は何をやるのかなー……。
「一年、M男君の準備だ」
やった! 打ち込みだ! 一年生が、倉庫から『M男君』を引っ張り出す。
M男君っていうのは、要するに丈夫なマネキンで、打突の練習に使われるものね。
誰が付けたのか知らないけど、その酷いネーミングのせいで、女子剣道部の名物になっている。
ちなみに、Mが誰のことなのか、あたしは知らない。

並べられたМ男君の一つに向かい、木刀を構える。
さっきまでは竹刀を使ってたけど、ここで木刀に持ち替えた。木刀は、竹刀より重いけど、
その分、叩いたときの手応えも大きい。練習にも……ストレス解消にもなる。

こういう練習では、対戦相手をイメージするのが成果を上げるコツだって言われてる。
あたしがイメージする相手は……言うまでもない。人志に擦り寄ってくる、泥棒猫。
目の前のМ男君の姿が、木場春奈に変わる。お腹の所で手を結んで、笑っている。
ああ、その綺麗な手で、人志を捕まえようとしてるのね。爪の手入れが行き届いていて、
荒れた所なんて一箇所もない。竹刀を握って毎日素振りなんて、やったことないでしょうね。

でも――――そんな綺麗な手で、人志は守れない!!
一歩踏み込んで、小手打ち! 手応えは十分。
ひとまず始めの位置に戻って、構え直す。木場春奈は、手首を押さえて、「痛いよ〜」と
力の入ってない声を出している。
そう、その声。媚び全開の、ムカつく声。

もっと、腹の底から、本当の、薄汚い声を、出してみろっ!!
「っっきいいぃぃあああああぁっ!!!」
踏み込みに、上半身のバネを加えた、全力の突き! これでも喰らえば、喉から、「ぐええっ」とか、
そんな感じの声も出てくるでしょうよ。
木場春奈は、喉を抑えて前かがみになった。
まだまだよ。何より苛立つのは、その頭、脳、脳の神経。

男とあらば、奪い取って、後になって平気で捨てる思考回路なんて、あたしには理解できない。
理解したくもない。
その、どす黒いモノが詰まった頭……叩き斬る!!
「っめえええぇぇええぇっ!!!!」
振りかぶって、踏み込み、振り、上半身を倒す勢い、全てを乗せた渾身の面打ち、いや、脳天割り!!
この一撃は、あたしにとって、予想外の手応えを返した。
あたしの木刀は、振り抜けた。普通、当たったらその場で止まるのに。
というのは、手にある木刀が、長さが半分くらいになっていて、残りの先のほうの半分は、
М男君のずっと後ろに転がっていた。
周りが、シーンとなる。
……木刀、折れちゃった。

「何だあの滅茶苦茶な振り方は! 型も残心もなってない! 喧嘩じゃないんだぞ!」
部長さんに怒られて、あたしは一人、素振りをやることになった。他のみんなは、
一対一の組み合い稽古をやっている。
実質、放り出された形ではあるけど、改めて、目下の悩みについて考える機会になった。
いや、反省してないわけじゃないのよ? 感情的になって、表に出し過ぎたのがまずかった。
少し、冷静に考えないと。

……。
…………。
ことわざで、『猫を追うより魚を下げろ』ってのがあったわね、確か。
木場春奈が泥棒猫で、狙われている魚が人志。だとすれば、人志を遠ざけるようにする、
ってのもアリじゃないの?
具体的な方法は、ここ、剣道部にある。
部長さんは、理由は知らないけど、人志をまねーじゃー(部長さんは横文字が苦手)に欲しがっている。
あたしが引っ張ってくれば、勢い任せで、まねーじゃーにさせることも不可能じゃない。
なってしまえばこっちのもので、部活の時間、休日も含めた練習の時間も、人志と一緒なのが普通になる。
木場さんは部外者だから、そう簡単に入り込むことはできない。あの新聞部だってそう。
邪魔者の侵入をほいほい許すほど、剣道部は甘くないのよ。
で、その一方であたしは試合を勝ち進み、人志も、やっぱりあたしが一番信頼できるって思うようになって、
それから――――。
「……」
ごっ。
自分で自分の頭を叩いた。この方法、無理あり過ぎ。
人志を無理やりマネージャーにしたって、それを人志自身が快く思うはずがない。あたしの都合で、
人志の行動を縛るなんて、それこそあの女の笑い種よ。
あたしは、あんな腹黒打算女じゃない。人志の気持ちが大事だから、力ずくで抑えるなんてできない。
なら他に何かあるかって言えば……あー駄目、思い付かない。
人志を信じるしかないのかな。木場さんなんかに、靡きませんようにって。


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