リボンの剣士 第13話
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眠い……。
泥沼の中から、やっと顔だけ出せたような、非常に悪い目覚めだった。
まあとりあえず起きなければ。今の時間は……?
枕元の時計を見る。

[9:02]

九時!? もう朝の九時か? やばい、もう一時間目が始まっている。アウト確定ではないか。
まさか寝坊してしまうとは。そう思っているから、してしまうのかもしれないが。
とにかく、急い、で……?
どて。
すっ転んだ。身体が脳の命令を聞いていない。関節が痛む。
何だっていうんだ、いきなり……――――!!
身体が震えた。強烈な寒気が襲ってくる。寒い、寒いぞ!
まさか、これは。
布団を引っ張ってきて、それに包まり、芋虫のように移動する。
目当てのブツを手だけ出して取り、先端を腋に挟む。
待つこと十分。
それに映し出されたアラビア数字をチェック。3、8、点、2、丸、C。セ氏38.2度。
どう見ても風邪です。本当にありがとうございました。

*    *    *    *    *

「人志ー? 出て来なさいよー?」
掃除道具を入れるロッカーを竹刀でつついても、反応はない。開けてみれば、やっぱり掃除道具しか
入っていなかった。
まったく、何処で油売ってんのよ。
昨日、「また明日」とか言っておきながら、今朝から人志は姿を見せない。授業にも出ていなかった。
サボリ? ううん、人志が授業をサボることなんて今までなかった。理由もないし。
考えられるのは、風邪? あたしが回復したと思ったら、今度は人志が? 昨日来てくれた時、あたしが
人志にうつしちゃったのかな。
可能性としては、それしか考えられない。
でも一応、周りの人たちが、人志と連絡を取ってないか聞いてみた。
ほとんどの人は、「明日香が知らないのに、私が知ってるわけないじゃん」という返事だった。
桐絵だけ、「そりゃアレだ。昨日伊星と(ピー)したんだろ? それで感染っちまったんだよ」とか
言ったから、殴り飛ばした。竹刀で。

結局何の情報も得られないまま、放課後。
しょうがないから、人志の家に電話してみた。
コールが始まって、一回、二回、三回……。
あ、出た。
「もしもし?」
『はぁ、はぁ、こちら、伊星……』
「人志?」
『あ……明日香か?』
「うん、あたし。今日はどうしたのよ」
『熱、下がらない……』
ああやっぱり風邪なのね。それにしても、人志のお母さんは何やってるのよ。
電話も病人の人志が出てるし。
まさか、放置してるんじゃないでしょうね。
でも解ったからにはもう大丈夫。
「熱出しちゃったの? しょうがないわね。今からそっちに行くわ」
『行くって、お前、部活……』
「休みとってくるわよ。どうせロクに動けないんでしょ? ご飯くらいなら作ってあげるわよ」
『いや、いい。後生だから』
何よその言い方、失礼ね。
「病人がごねないの。大人しく待ってなさいよ」
人志の文句が来る前に宣言して切っちゃう。
まあ、昨日のお返しってのもあるし、何より人志のピンチにあたしが動かなくてどうするのよ。
というわけで、部長さんに理由を話した。
「まあいいだろう。行ってこい。ついでに、伊星をまねーじゃーに勧誘してこい」
昨日休んだから怒られると思ったけど、意外とあっさり許してくれた。
でもまねーじゃーに勧誘って。部長さん、人志のこと割と気に入ってるの?

*    *    *    *    *

「う〜ん……」
携帯をいじりながら、私は次の手を打つのに考えを巡らせていた。
昨日の作戦は、ほとんど全部うまくいかなかった。まあ我ながら、少しわざとらしい部分もあって、
無理のある方法だったとは思うけどね。
つい気分で、新城さんを挑発するような事をしちゃったけど、よくよく考えれば、それをする
メリットなんて無かった。
下手に新城さんに当てつけて、意識させて、積極的な手を打たせるようなことになったら、
ますます私に不利になる。
二人が進展しないうちに密かにアプローチして、気付いたときにはもう、なんていけばいいんだけど、
……もう無理だよね。昨日の新城さんの態度だと、私のことは敵としか見てないよ。間違いなく。
あーあ。あんまり正面からの対決ってしたくないんだけどなぁ。そういう方向に進む手なんて打つ気は
無かったのに。
伊星くん。あなたのせいで盲目状態になって、大局が見えなくなっちゃったよ。なんてね、えへ。

それはそうと、伊星くん、今日はどうしたのかな。朝は早く来るっていうのを知ったから、
早朝から中庭で待ってたのに、全然姿も見えなかった。
伊星くんは、新城さん以外に親しい人はあんまりいなくて、携帯も持ってないから、
こう、ふっと居なくなった時、連絡がつかなくて困るよ。
といっても、理由は少し考えればわかるけどね。例えば、風邪とか。
昨日の伊星くんは、長時間雨に打たれたり、風邪引きさんの近くにいたりしたから、それが原因だね。
……そしてたぶん、新城さんも同じように思っている。
さらに、こう考えてるんじゃないかな。「昨日のお返しに、今度はあたしが看てあげるわよ」って。
私としても、このチャンスはモノにしたい。でも、動けば新城さんと衝突する。ここで同時にお見舞い、
なんてことになったら、それこそ戦争ものになりかねない。
うまく立ち回るには、時間をずらせば……ってそうだ。新城さんは部活があるじゃない。
お見舞いに行くのも部活の後だろうから、先に行っちゃえばいいんだ。
よし、ここは先手必勝。急いで行くよ。待っててね、伊星くん。


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