開会式が終わったら、試合までは割とヒマになる。待ってる間は外で走ったり、素振りしたり。
試合は団体戦。あたしは中堅。個人戦と違って立て続けに試合するわけじゃない。
「そろそろだ。入るぞ」
部長さんの指示で、足を拭いてから試合場に入る。外でも裸足だから。
さて、人志は来てるかな……。
試合場に入って観客席を見渡す。あんまりキョロキョロしてると注意されるから、
なるべく最短の時間で探さないと。
人志はいつも人の少ない所でぽつんと座ってるのよね。
というわけで右端の辺りを見てみる。
―――いた!
そこには、座っている人志……と、木場さんもいる。
珍しいな。そう思ったときだった。
二人の構図が、変。
何? その膝の上にある箱は。
何? その箱から出てくる食べ物は。
何? 木場さんの身体の角度は。
……ああ、お弁当か。そうね、もうお昼だもんね。
そうそう、人志が来てるってわかったんだから、いつまでもよそ見してちゃいけないわ。
一列に並んで、相手チームと向かい合って、礼。もう試合が始まる。
先鋒がまず試合場に入っていく。あたしの試合は、次の次。
……今、人志はお昼食べてるのよね。
自分でお弁当を作って持って来るのは見たことないから、木場さんが作ってきたのかな。
そうだとしたら、木場さんと人志は、前から一緒にここへくる約束をしていたことになる。
いつの間に約束したの?
何で人志は、木場さんと一緒に来てるの?
いつも一人だし、誰かに言い触らすこともないだろうし。
じゃあ、木場さんの方から? そうよ。木場さんは最近人志を狙ってるんだから、
休みの日に接近しようとしないはずがない。
お弁当まで作って、張り切っちゃて。
まったく、人志もいいご身分ね。あたしは試合が終わるまで、水くらいしか口にできないのに。
「中堅!!」
「へっ? あっ、はい!」
気がついたら前二人の試合はもう終わっていた。審判の人がちょっと怒ってる。
変なこと考えてる場合じゃなかったわ。
急いで対戦相手と向かい合い、構える。
「始め!!」
さあ、見ててよ、人志。
もう、なんなのよ!
試合中だってのに、あの映像が頭から離れない。
人志と木場さんが、仲良くお昼を食べてる所。
ねぇ、人志。あたしの試合、ちゃんと見てるわよね? お弁当食べながら、
木場さんとおしゃべりなんかしてないわよね? そんなことしてたら、許さないわよ。
あれ、許さない? 何で?
別に人志が試合を見に来るのは義務じゃないんだし、木場さんも来て応援が増えてるんだから
いいじゃないの。
それなのになんで、何で……。
―――――!!
あたしの頭のすぐ上に、相手の竹刀が…!
――ああ、そうね、考え事なんかしてるから、隙だらけになってたのね……。
もう遅かった。
面からいい音がして、すぐに審判の「面アリ!」の声が聞こえた。
「ただいま……」
家に帰って、部屋に入って、そのままベッドに身体を投げ出す。
負けた――。
人志の前だったのに。人志が見てたのに。
ごめん。ごめんね、人志。
「……っ、ううっ……」
泣けてくる。くだらないことを考えて、格好悪い姿を晒して。
明日、人志に会ったら、何て言おう。
ううん、言葉どころか、顔も合わせられないわよ……。
―――。
ぼーっとしたまま、夜の十二時を迎えた。
もういいや。今日は寝よ……。
・
・
・
また、またなの?
頭に浮かんでくるのは、人志と木場さんが……もういいわよそれは!!
眠れない。寝返りをうっても頭を振っても離れない。
あたしは一つ思いついて、竹刀を持って部屋を抜け出す。そっと階段を下りて、玄関を出る。
真夜中だから、辺りには誰もいない。
深呼吸して、竹刀を正眼に構える。振りかぶって、一気に下ろす。
ぶんっ!
風を切る音が良く聞こえた。いつもなら、この痛快な音に、いやなことも吹き飛ばされる。
それなのに。
まだくっついてる。まだ張り付いてる。
ぶんっ!!
もう一回振る。
……なんでよ。なんでなのよ。別に、別に人志が誰と仲良くしてたって、関係ないじゃないのよ。
ふと、腕に冷たい何かが当たった。
これは、雨……?
ちょうどいいかもしれない。吹き飛ばせないなら、雨で流す。
あたしは竹刀を振り続けた。雨はだんだん強くなる。それでも離れない。
「いいから、あっち行ってよ!!!」
怒鳴りながら更に振る。更に念じる。
あんな光景、あたしには関係ない。関係ない! 関係ないっ!!
途中から、何をしているのかわからなくなった。握っていたはずの竹刀がない。
地面と空が入れ替わったような感じがして、あの映像と一緒に、意識も吹っ飛んだ。