リボンの剣士 第8話
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開会式が終わったら、試合までは割とヒマになる。待ってる間は外で走ったり、素振りしたり。
試合は団体戦。あたしは中堅。個人戦と違って立て続けに試合するわけじゃない。

「そろそろだ。入るぞ」
部長さんの指示で、足を拭いてから試合場に入る。外でも裸足だから。
さて、人志は来てるかな……。
試合場に入って観客席を見渡す。あんまりキョロキョロしてると注意されるから、
なるべく最短の時間で探さないと。
人志はいつも人の少ない所でぽつんと座ってるのよね。
というわけで右端の辺りを見てみる。
―――いた!
そこには、座っている人志……と、木場さんもいる。
珍しいな。そう思ったときだった。
二人の構図が、変。

何? その膝の上にある箱は。
何? その箱から出てくる食べ物は。
何? 木場さんの身体の角度は。
……ああ、お弁当か。そうね、もうお昼だもんね。

そうそう、人志が来てるってわかったんだから、いつまでもよそ見してちゃいけないわ。
一列に並んで、相手チームと向かい合って、礼。もう試合が始まる。
先鋒がまず試合場に入っていく。あたしの試合は、次の次。

……今、人志はお昼食べてるのよね。
自分でお弁当を作って持って来るのは見たことないから、木場さんが作ってきたのかな。
そうだとしたら、木場さんと人志は、前から一緒にここへくる約束をしていたことになる。
いつの間に約束したの?
何で人志は、木場さんと一緒に来てるの?
いつも一人だし、誰かに言い触らすこともないだろうし。
じゃあ、木場さんの方から? そうよ。木場さんは最近人志を狙ってるんだから、
休みの日に接近しようとしないはずがない。
お弁当まで作って、張り切っちゃて。
まったく、人志もいいご身分ね。あたしは試合が終わるまで、水くらいしか口にできないのに。

「中堅!!」
「へっ? あっ、はい!」
気がついたら前二人の試合はもう終わっていた。審判の人がちょっと怒ってる。
変なこと考えてる場合じゃなかったわ。
急いで対戦相手と向かい合い、構える。
「始め!!」

さあ、見ててよ、人志。

もう、なんなのよ!
試合中だってのに、あの映像が頭から離れない。
人志と木場さんが、仲良くお昼を食べてる所。

ねぇ、人志。あたしの試合、ちゃんと見てるわよね? お弁当食べながら、
木場さんとおしゃべりなんかしてないわよね? そんなことしてたら、許さないわよ。

あれ、許さない? 何で?

別に人志が試合を見に来るのは義務じゃないんだし、木場さんも来て応援が増えてるんだから
いいじゃないの。
それなのになんで、何で……。

―――――!!
あたしの頭のすぐ上に、相手の竹刀が…!
――ああ、そうね、考え事なんかしてるから、隙だらけになってたのね……。

もう遅かった。
面からいい音がして、すぐに審判の「面アリ!」の声が聞こえた。

「ただいま……」
家に帰って、部屋に入って、そのままベッドに身体を投げ出す。
負けた――。
人志の前だったのに。人志が見てたのに。
ごめん。ごめんね、人志。
「……っ、ううっ……」
泣けてくる。くだらないことを考えて、格好悪い姿を晒して。
明日、人志に会ったら、何て言おう。
ううん、言葉どころか、顔も合わせられないわよ……。
―――。

ぼーっとしたまま、夜の十二時を迎えた。
もういいや。今日は寝よ……。



また、またなの?
頭に浮かんでくるのは、人志と木場さんが……もういいわよそれは!!
眠れない。寝返りをうっても頭を振っても離れない。
あたしは一つ思いついて、竹刀を持って部屋を抜け出す。そっと階段を下りて、玄関を出る。
真夜中だから、辺りには誰もいない。
深呼吸して、竹刀を正眼に構える。振りかぶって、一気に下ろす。
ぶんっ!
風を切る音が良く聞こえた。いつもなら、この痛快な音に、いやなことも吹き飛ばされる。
それなのに。
まだくっついてる。まだ張り付いてる。
ぶんっ!!
もう一回振る。

……なんでよ。なんでなのよ。別に、別に人志が誰と仲良くしてたって、関係ないじゃないのよ。
ふと、腕に冷たい何かが当たった。
これは、雨……?
ちょうどいいかもしれない。吹き飛ばせないなら、雨で流す。
あたしは竹刀を振り続けた。雨はだんだん強くなる。それでも離れない。
「いいから、あっち行ってよ!!!」
怒鳴りながら更に振る。更に念じる。
あんな光景、あたしには関係ない。関係ない! 関係ないっ!!

途中から、何をしているのかわからなくなった。握っていたはずの竹刀がない。
地面と空が入れ替わったような感じがして、あの映像と一緒に、意識も吹っ飛んだ。


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