リボンの剣士 第7話
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休日、プライベートの時間に、どれだけ自分の存在感を植え込むか。
それは相手の心をモノにするための基本中の基本。
伊星くんの休日は、主に一日アルバイトか、何も無く一人で過ごすか、そして新城さんと過ごすか、
大体その三パターンであると分かった。
幸い私は今度の日曜、伊星くんと一緒の時間を掴み取れた。それも”新城さんと過ごす”のパターンで。
一回目にして大チャンスだ。ここで私の存在感を刻み込めば、新城さんの部分も薄れて、
まさに一石二鳥。
ここだけの話、私は西園首寺駅を知ってる。伊星くんとの時間を増やすために、知らないフリをしたの。
そうすれば、移動時間を一緒にできる。
新城さんの試合だって、はっきり言ってどうでもいい。
いや、どうでも良くはないか。伊星くんと親しくなるための話のタネにするくらいの価値はあるから。

待ち合わせには、時間ぴったりに行くことにしよう。
「待った?」「ううん、今来たところ」なんてやり取りは、伊星くんの好みじゃないと思うし。
服は……どうしようかな。あんまり派手じゃないほうがいいのかな。
あんまりおしゃれし過ぎたら、「こいつ何しに来たんだ」って思われるかもしれないから、
ちょっと地味目で行こう。
後は重要アイテム、「お弁当」だね。
試合の開会が九時、新城さんの試合がお昼頃なら、途中でゴハン食べるのが普通だよね。
学食では新城さんを交えての三人だったけど、今回は二人。
ふふっ、伊星くん、おいしいお弁当作るから、楽しみにしてね。

「伊星くん、おっはよ〜っ!」
「……ん」
いよいよ日曜、私は七時半ちょうどに校門前に着く。伊星くんは先に来ていた。
まだ部活も始まっていないから、近くには伊星くん一人しかいない。
「お待たせ。さ、行こ?」
私と伊星くんで一緒に駅まで歩き始めた。

「私、剣道の試合を生で見るのって初めてなんだ〜」
駅までの時間、ただ黙っているわけにはいかない。せっかく得た時間、有効に使うのが
『落とす』ためのコツなの。
それに、まだまだ伊星くんについての情報を集めなければならない。
「ねえ伊星くん。新城さんって、強いの?」
「ああ、強い」
即答だね。その答えには、どんな感情が入っているのかな?
「どのくらい?」
「そうだな……」
今度は片手を口元にやりながら、少し考えてる。
「本気を出せば、ドラゴンくらいは倒せるんじゃないかと」
「あははっ、それじゃあ、普通の人は勝てないよ〜」
分かるよ伊星くん。今のはウケを狙ったんだよね?
言ったことに対してちゃんとリアクションをとる、そうすると相手も言ってよかった、
と思って、好印象になるの。
でもしばらくは、私から質問して、伊星くんが答える、という形で話していこう。
向こうから話し出してくるようになれば、前より親しくなった目安になる。
「新城さんの試合は、いつも見に行くの?」
さあ、伊星くん、私ともっと話して。

『さいおん、くびでら〜、さいおん、くびでら〜……』
電車に揺られること小一時間、私たちは目的の駅に到着した。
さすがに電車の中であれこれ話しかけるのはマナーの問題があるから、ここでは静かにする他無かった。
とはいえ、隣同士座っていられたから、無意味な時間にはならなかった。
そうだ、帰りの電車は寝た振りして、伊星くんに寄りかかってみようかな。
帰るまでの間にうまくポイントを稼げば、それくらいやっても嫌がられないかもしれない。
そこから、一気に走る事だってできる。新城さんに追いつき、追い越し、引っこ抜く。
それもはるか遠くじゃない。

アリーナ……じゃなくて、武道場か。そこはちょうど開会式の最中だった。
私と伊星くんは観客席の端っこのほうに座った。
周りにあまり人はいない。人混みは苦手なんだね。
少しして、開会式の司会の人が、開会宣言をした。
私の『伊星くん攻略大会』も本格的に開会だよ。

新城さんの試合まで結構時間がある。伊星くんはボーっとした感じで他の試合を眺めていた。
この態度からすると、やっぱり新城さんの試合以外には興味ないんだね。
まあそれならそれで、点数を稼ぐチャンス。

ある選手が猛攻をかければ、
「わっ、すごい! 決まった?」
「今のは全部無効だ」
またある二人交差するようにぶつかり合ったら、
「いまのどっち?」
「……赤?」
審判はバッと白の旗を挙げた。
「ハズレだったね」
「……別にいいじゃないか」
ちょっとふくれる伊星くん。今のイイ顔だったよ。

さて、そろそろ頃合かな。
何試合目かが終わって、いよいよ新城さん、もとい、うちの学校の試合になる。
ではここで秘密兵器投入〜。
「ねえ伊星くん、お腹空かない?」
手を合わせ、手の甲を頬に当てて、とびっきりの笑顔。うまく見せるために鏡の前での練習は
欠かさない、私の得意技。さあ伊星くん、どう?
「いや……?」
…。
……。
ああいけない。妙な間を作っちゃった。予定では、「そういえは、少し……」なんて返事が返ってきて、

そのままお弁当、の流れに行くはずだったのに。
なかなか手強いね、伊星くん。
攻め方を変えないとダメかな?
「そうなんだ……。私ね、お弁当作ってきたの」
涙声で、俯いて。
「折角だから、食べて欲しくて……」
悲しそうに、哀しそうに。
「がんばって、作ったの……」
「……じゃあ、貰ってもいいか?」
よっし作戦成功。
私は鞄から弁当箱を取り出す。もちろん控えめに、ゆっくりとね。
「いただきまーす」
「戴きます」
この流れに持ち込めばこっちのもの。一気に攻めるよ。
……と思ったら、武道場の一人がチラッとこっちを見た。
面を付けてるけど分かるよ。新城さんでしょ?今ね、伊星くんと一緒にお弁当なの。羨ましい?
チラッとだけじゃなく、もっと見てよ。面白いもの見せてあげるから。
「あ、その唐揚げね、うまくできたの。小松菜にくるんで食べてね。おにぎりの中身は梅干しだよ。
種は取ってあるから、一気にいけるよ。それから」
「静かにしろ。試合が始まる」
「……うん、ごめんね」
うーん、もう一押しができないなあ。点数をどっさり取りに行くのは、まだ早かったかな?


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