リボンの剣士 第3話
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「伊星くんっ」
今日も混雑してる学食。あたしと人志がいるところに、木場さんが来た。
昨日約束したんだっけ、混んでたらここに来てもいいって。
「木場か」
あたしと人志はスペースを作り、そこに木場さんが入る。昨日と違う香水の匂いが漂ってきた。
「今日は私も、伊星くんと同じ、じゃーん! 牛丼にしたんだ〜」
あれ? 一人称が変わってる。ていうか、じゃーんて。
わざわざどんぶりの中身を見せてやらなくたっていい
じゃない。
「まだまだだな」
人志はどんぶりの中を一瞥すると、素っ気無く言った。
「牛丼はねぎダク、それとギョク。これに限る」
「えぇ〜ねぎだく? 伊星くん、通だね〜」
人志のわけわからない意見に、木場さんも応じている。あたしはちょっと、このノリにはついて行けないわ。
結局、今日も人志の頓珍漢な話と木場さんのぶりっ子ポーズのせいで食が進まなかった。

キーンコーンカーンコーン……
「ん、んん〜っ、さて」
午後の授業が終わった。少し伸びをして、さあ部活に行こうと廊下に出る。廊下には、先に出ていた人志と、
木場さんがいた。
「伊星くん、一緒に帰ろっ」
そういいながら、木場さんは人志の腕を取ろうとしている。
でも確か、人志は今日はバイトだったような……。
「今日はバイトだから、一緒は無理だ」
木場さんの手は振り払われた。
「むぅ〜っ、伊星くんのいぢわるっ」
頬を膨らませ、足をじたばたさせ、人志をぽかぽか叩く木場さん。
うーん、ああいうのって、男から見ればかわいいもんなの?女のあたしには、子供っぽくて、微妙……。
「やめろ」
人志は反撃した。握り拳を作って、頭にゴツンと一発。
「はうっ!」
木場さんは頭を抑えてうずくまる。その隙に、人志は階段へと走っていった。
……そうだ、あたしも部活に行かなきゃ。二人を眺めている場合じゃなかった。
あたしは人志が走っていった方とは逆方向に走った。ふと、途中で思う。
いくらなんでも、グーで殴るのはやりすぎだったんじゃないの?
殴ったとき、あたしが入ってきて注意でもしてやればよかった。
まあいいか。人志だって本気じゃないだろうし、あのくらい、他の男子同士でもやってることよ。
あたしが気にすることじゃないわね。

 

「うーん、どうしようかなあ…」
あたしはトレーを持ったまま歩き回る。今日は人志は日直で、この食堂にはいない。
この学校、どういうわけか、日直はものすごく忙しい。それこそ今日の人志みたいに、
お昼を食べる時間もないくらい。
人志がいると、その向かいがいつも空いてるんだけどね。
「明日香、明日香」
後ろから声がした。食堂の一角、四人がけの席に座っている三人、あたしの友達が手招きしていた。
「席取っといてくれたの? ありがと」
あたしが座ってちょうど四人になった。これでやっとご飯が食べられる。
「まあいいって事よ」
恵が手をパタパタと振る。それに礼子が続く。
「今日は伊星君、日直だもんね」
「別に人志は関係ないわよ」
あたしだって、こうして友達とお昼を食べることもある。毎日毎日、人志と向き合っているわけじゃない。
「いつもの特等席じゃないけど、我慢しろや」
「んぐっ!?」
ケラケラ笑ってい言ったのは桐絵。いきなりだったからご飯が喉につっかえた。
水、水……。
「んっ、ごほっ! ちょっ、特等席って」
「そりゃあ明日香には説明不要でしょ。ねー?」
『ねー』
桐絵の話に合わせる二人。何なのこの空気。いつもの特等席ってもしかして人志の向かいのこと?
「べ、別にたまたまそこが空いてるからってだけよ!」
そう、たまたま。それに人志の向かいって、一番アレな席じゃないのよ!
何よ、何で三人とも何も言わずにニヤニヤしてるのよ! ここ笑う所じゃないわよ!
「じゃあ何で、伊星の向かいはいつも空いてるんだろうねえ」
「そりゃ、変人人志と一緒なのが嫌なんでしょ」
三人だって、人志がどう呼ばれているかくらい知ってる。急に恵は何を言い出すの。
すると、礼子が手を挙げた。
「裁判長! 先ほど新城被告は席が空いているのはたまたまであると供述していたのに、
今空席である理由を正確に述べています!」
眼鏡が光る。
って何よ! 裁判長って、被告って!
ゴホン、と恵が咳払いする。
「確かに。新城被告、これはどういうことですかな?」
やけに声のトーンを下げて演技する恵。つまり、恵が裁判長役? あたしが被告?
「だああぁぁっ!! もう、ふざけないでよ!!」
力いっぱいテーブルを叩いた。
せっかく友達と一緒なのに、何でこんなに突っつかれなきゃいけないのよ! みんな悪乗りし過ぎよ!
手元を見れば、自分の味噌汁がこぼれていた。テーブルを叩いた時だ。ちょっともったいない。
三人は一瞬沈黙した後、爆笑し出した。
「いや〜明日香をからかうの面白いな〜」
「桐絵……本気で怒るよ?」
もう爆発寸前だった。竹刀に手をかける。
「わっ、待って明日香! ごめんって! ここから真面目な話にするからさ!」
…ふう。
それだけ聞いて、息を吐きながら肩の力を抜く。あたしもひとまず落ち着こう。
「で、いい? 昨日、一昨日の昼休み、二人の所に、木場が入ってきたよね?」
「うん、入ってきたわね」
「大丈夫なの?」
「……何が?」
「木場のヤツ、伊星を狙ってるよ」
「……は?」

右手が停止した。からかわれ始めたときから、今もまだご飯を口に出来ない。
「だから、木場が、伊星を、誘惑してるよって事」
「え、ま、まっさかあ!」
誘惑なんて言葉を出してくるからびっくりしちゃった。右手にあったはずの箸が床に転がっている。
三秒過ぎてるだろうけど、フーフーすれば大丈夫かな?
桐絵ったら、まだあたしをからかうつもりなんだ。でも、もう取り乱さないわよ。
大体、人志があたし以外の女に、じゃなくて! 普通に人志に言い寄ってくる趣味の悪い女なんて
居やしない。今までも、モテなかったのよね、人志って。よく話をするのも、
せいぜいあたしくらいしか居ない。
同級生はもちろん、先輩、後輩、果ては先生の中にまで、人志を避ける人が多いくらいだから。
桐絵は狙ってる、なんて言ってるけど、木場さんはただ人当たりがいいだけで、
そんなこと企んでないと思うけどなあ……。
「はぁ……。明日香、あいつを舐めてかかっちゃいけないよ」
深いため息をつく恵。さっきの裁判長モードとは全然違う。
「私の知り合いから聞いたんだけど、木場、先週くらいに付き合ってた男と別れたらしいよ」
「うわっ、またかよ!」
「その男って、誰なの?」
今度は恵の話が始まった。礼子と桐絵がすかさず飛びつく。
三人とも、木場さんを嫌っているから、この手の話は盛り上がりやすい。
「誰かまでは分からなかったけど、元々その男には、彼女がいたんだって」
「え…じゃ、二股?」
「いや違う。そいつと彼女が付き合ってた所に、木場が割り込んできたんだよ」
「ってことは……略奪愛?」
「げえっ! 今度は寝取りかよ!」
礼子に比べて、桐絵はデリカシーの欠片もない。
「んで、その奪い取った男と別れた、と。付き合ってから一ヶ月と経ってないってさ」
「ひどいね……」
「分捕っておいて、飽きたらポイ捨てかぁー? どこまでも汚えなあ」
「そういうことがあったのよ。だから明日香」
へ? そこであたしに話が戻ってくるの?
「伊星を取られないように、ちゃんとガードしときなよ」
「もう、結局それ?」
腹が立つのを通り越して力が抜ける。取られないようにって、人志はあたしのモノじゃないんだから。
別に木場さんが人志を狙っているのが事実だとして、もしもその狙い通り二人が晴れて付き合うことに
なったって、あたしには関係ないわよ。略奪愛だの寝取るだのって話も、ホントかどうか。
いいんじゃないの? 変人人志とちょっと天然っぽい木場さん。相性は悪くないかも。
「そんな大袈裟にする事じゃないわよ」
「明日香……余裕だね」
「伊星が浮気なんかする訳ないってか」
「そうじゃないってば!!」
また腹が立つのに戻ってテーブルを叩く。ほんっとに、桐絵は人をからかうのが好きなんだから……。


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