リボンの剣士 第2話
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変化のない毎日を過ごしているつもりでも、その日を色づけるような、ちょっとだけ違う出来事って
いうのは、ある。今日もそうだった。
「ここ、座ってもいいかな?」
昼休み、あたしと人志が学食で向かい合って座っているとき、一人の女子がこっちにやってきた。
同じクラスの木場さんだ。
「何者だ?」
人志は、まるで侵入者にでも会ったかのように、剣呑に言い放った。
あんたねぇ、クラスメートに向かって、何者だ、はないでしょ、何者だ、は。
「同じクラスの木場春奈だよ〜。知らないっけ?」
木場さんは困りながらも笑って言う。でも人志は目も合わせない。
「知らぬ」
先生、こいつ殴っていいですか?竹刀で。
そう思ったときには、勝手に体が動いていた。愛用の竹刀が風を切る。人志の脳天を完璧に捉えた。
バシッ! とね。
「あべし」
人志は意味不明な言葉を吐いて椅子から転げ落ちる。
「ごめんね木場さん。今すぐこいつ片付けるから」
倒れている人志を竹刀の先でぐりぐりしてやると、人志はすぐに復活した。
「食堂で竹刀を振り回すな。非常識な奴め」
「あんたの態度のほうが非常識でしょ!!」
まったく、もう! そんなんだから余計に悪い噂が立つのよ! 
別に人志の人気なんかあたしには関係ないけどっ!
「えーと、それで、ここ、座っても、いい……かなあ?」
人志の胸ぐらつかんで、もう二、三発殴ってや……って、ここ人前だった。木場さんがすんごい
困った顔でおずおずと尋ねてくる。
「あ、どうぞどうぞ」
あたしは人志を放し、自分の席のトレーを少し引いた。あたしと人志は今二人がけの席に座ってるんだけど、
側面に椅子を置けば、もう一人入れないこともない。
「それじゃあ、お邪魔するね」
木場さんが座ると、甘い匂いが漂ってきた。香水、付けてるのね。

この木場さん、どこかのアイドルかと思うくらいかわいい人で、今のように、ニコニコ明るくて、
……胸も羨ましいくらい大きくて……男子の間では、たぶん一番人気。
でも―――――。
あたしの友達周りでは、彼女を嫌っている人が多い。
何でも「キャラ狙いすぎ」「男に媚びて点数稼ぎしている」っていう話。
あたしは別に気にしてなかった。あんまり関わったこともないし。
だから、木場さんに席を分けたのも、単にクラスメートが座る場所を探して困ってたから、
というのが大半だけど、木場さんは本当はどんな人なの? っていう興味も、少しあった。
「伊星くん、牛丼が好きなんだね〜」
木場さんは早速人志に話しかける。人志のメニューは例によって同じ。
「まあな」
「春奈もね、牛丼好きなんだよ〜」
ガタッ!!
「……どうした明日香。地震か?」
「ううん、気のせいだったみたい」
思わず椅子ごと引いてしまった体を、ゆっくりと戻す。
このヒト、一人称が名前なの!?
「あ、ねえ伊星くん、このゼリー食べない?」
あたしの驚きもよそに、木場さんは自分のトレーからデザートのゼリーを差し出した。
「春奈、ニンジンゼリー苦手なのぉ〜」
もう片方の手を軽く握って口元に当て、上目遣いで人志を見つめてる。
えええぇぇぇええぇっっ!? 何それ? 何そのポーズは!?
「ありがたく頂戴する」
人志はゼリーを両手で受け取り、箸で食べ始めた。
もうね、なんていうか、どこから突っ込めばいいのよ!?
あたしが途方に暮れているうちに、マイペースな二人は昼食をとり終えた。
「ご馳走様でした」
「ごちそうさまぁ〜」
「……ごちそうさま」
あたしのほうはまだ残ってるけど、もう食欲なくなったわ。

あたしたち三人同時に席を立ち、食器の片付けに行く。空いた席は、すぐ人が入って埋められた。
「ホント食堂って込んでるよね〜。そうだ。伊星くん、また混んでたときは、ご一緒していい?」
また人志に話しかけてる。そういえば、木場さんは食べ始めてから、一回もあたしには話しかけてこない。
「ん……ああ、まあ、いいけど」
「ホント!? わぁーいありがとう!! 春奈嬉しいっ!!」
あ、頭痛くなってきたわ。何なのこの人、わざと? それとも天然?
「それじゃあ伊星くん、新城さん、バイバーイ!」
教育番組のお姉さんみたいに、木場さんは両手を振ってから食堂を出た。あたしと人志はその場に残る。
まさに、置いて行かれた気分。
あたしの友達が嫌う理由も、少しわかった気がする。
「すごい人だったね」
あたしはそれしか言えない。
「そうだったな。ただ……」
「ただ?」
「一人称が名前なのは、やや戴けない」
「あはは、そうなの?」
人志でも、そこは変だと思ったんだ。
「どうせやるなら、春奈ぴょんとか、HA・RU・NAとか、そのくらい突き抜けてほしかった」
そんなこと言う人志は、もっと変だと思う。そんな一人称で来られたら、あたし気絶しちゃうわよ。
「にしたって人志、せっかく声掛けられたのに、あんな突っぱね方はないでしょ」
「そう、か……?」
「そうよっ!!」
竹刀でぺしぺし叩いてやった。
人志は、実は結構人見知りする。昔はそうじゃなかったんだけど……。人志の両親が離婚したときから、
そうなったような気がする。
あたしと人志が八歳の時、人志の両親は、突然離婚した。突然といっても、
あたしがそれまで知らなかっただけで、以前から、親権とか、慰謝料とかの裁判はやってたみたい。
それで人志は、お母さんのほうに引き取られた。家はそのまま、お父さんが出て行く、
という形で収まったんだけど、後日談ということで、あたしが聞いたところだと、人志のお父さん、
出て行き際に人志をつかまえて、こう言ったらしい。
『お前のせいだ。お前がいるせいで、俺はとんでもない額の慰謝料と養育費を払う羽目になったんだ。
その金のために、実家とも縁を切られた。お前のせいで、俺の人生滅茶苦茶だ!!』
その日、人志は一日中泣いてた。あたしが何を言っても、顔を覆って首を振るだけだった。
たぶん……たぶんだけど、人志は両親のこと、嫌ってるんじゃないかな。
一番身近な家族を嫌うようになって、そのまま人見知りになって、それで人が寄り付かなくなって、
寂しくなって、奇行に走る…………。さすがにそれは考え過ぎ?

「ふぁ〜あ…」
ついあくびが出ちゃった。朝錬と午前の体育で、疲れたのかな。
人志と教室に戻って席に着くと、さらに眠気がひどくなった。
あ〜、こりゃ、ダメだわ……。五時間目は、ノートは人志に任せて、寝よ……。


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