リボンの剣士 第1話
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「ん、んん〜っ……よ」
がちゃ。
今朝も目覚ましが鳴る一分前に起きた。カーテンを開けると、窓から光が入って部屋が明るくなる。
でもまだ、太陽は出たばかり。
一度一回のリビングに下りるとすでに朝ごはんが出来てる。それを食べたら、また部屋に戻る。
制服に着替えて、腰まで伸ばした髪をさっさと整えてから、いつもの青のリボンを結わう。
後はかばんと竹刀を持って、朝一番に家を出る。
「いってきます!」
いつも通りの、朝。
少し歩けば、あたしが生まれる前からある古い駄菓子屋が見えてくる。そこの角で、いつもあいつに会う。
幼馴染の、変なヤツ。
「おはよ、人志」
角からひょっこりと人志が出てくる。
「グッドモーニングだ、明日香」
そして太極拳の途中のような変なポーズで返してきた。
いつものことだけど、何なのよその挨拶は。
ここで人志と会ってからは。二人で学校へと歩く。
「人志、何でいつもそんなに早いの?」
毎朝、同じ質問をしている気がする。あたしは剣道部の朝錬で早く学校に行かなきゃいけないんだけど、
人志は別に何の部活もやってない。
「まあ、色々あるんだ」
これも同じ返答。以前は早起きする理由を長々と語っていたのに。
朝の寒気が清々しいとか、ニワトリの鳴き声に癒されるとかナントカ。
あたしにはよくわからないことばっかりで、「ふーん」「そう」なんて返してたら、
日を追うごとに短くなって、今に至る、ってワケ。

人志と会ってから十分くらい歩くと学校に着く。あたしはそのまま武道場へ行き、人志は中庭へ行く。
次に会うのは一時間目が始まるとき。それまでの間、人志が何をしてるのかといえば、
たまたま見た人の話では、ただ中庭でボーっとしてるだけ、みたい。
人志―――伊星人志は、クラス一、ううん、学校で一、二を争う変人といわれてる。
さらにその名前から、陰で「異星人」なんて呼ばれてて、「宇宙人と交信できる」
「実は太陽系の外からやってきた」そんなひどい噂まで広まっている。
あのね、人志は確かにちょっと変だけど、そんな電波なヤツじゃないの。
変だとしても悪いヤツじゃない。大体、幼馴染が電波君だなんて、冗談じゃないわよ。
あたしは昔から見てるから、その辺はちゃんとわかってるの。

昼休み、あたしが学食に着いたときには、そこはもうほぼ満員だった。
辺りを見回すと、人志の向かい側の席が空いてた。というか、人志の向かいの席はいつも空いてる。
人志の変なオーラか何かで、誰もそこには座りたがらないみたい。あたしは人志の向かいの席に座った。
た、たまたまそこしか空いてなかったからってだけで、
別に一人でさびしく食べてる人志に気を遣ってるわけじゃないんだからね。
人志は黙って食事している。今日も牛丼大盛りねぎだくにギョクなのね。
それを注文すると、学食のおばちゃんにマークされるっていう、曰くつきのメニューなんだけど、
人志はそんなのぜんぜん気にしてない。
向かいあって食事中、あたしが何気なく前髪を直すと、人志が話しかけてきた。
「髪、切らないのか?」
まあ、ごく普通の質問。あたしは剣道部をやってるから、髪が長いと何かと面倒くさい。
でもね、
「切らない」
「何故だ?面付ける時とか、鬱陶しいんじゃないのか」
「切りたくないの」
「何でまた」
「人志みたいに、色々あんの」
「……そうか」
人志が、長い髪が好みなの、知ってるんだから。

*     *     *     *     *

午後の授業は終わった。明日香は部活に行っている。
俺は今日はアルバイトもなく、学校ですべきことは特になかった。
だが、あまり早く家に帰りたくない。
「…………」
俺はまた中庭のベンチで時を過ごした。
日が沈みかかったころ、男の二人組みが近くを通りかかった。制服のバッジの色から察するに後輩だ。
俺の後ろを通り過ぎて少し離れると、なにやら話をし始めた。
「なぁ、あの人が伊星先輩なのか?」
「ああ、なんでも宇宙人と電波で会話できるらしいぜ」
俺のことかよ。
ちょっとからかってやろうと思い、わざと頭を抱えた。
「うーむ、アンテナの調子が悪いな……」
二人にちゃんと聞こえる声で言う。するとすぐに、二人の反応が言葉で耳に届く。
「え、ちょっ、今の!?」
「おいおい、ホンモノかよ!?」
とてもわかりやすい。俺は二人組みを睨みつけた。
「聞こえてるぞ」
それだけで、二人はあっという間に逃げていった。
「……ふぅ」
なんだか、虚しい。

そうこうしてる内に日は完全に没し、星空へと変わり始めた。
部活を終えた人たちがぞろぞろと帰りだす。その中に明日香がいた。
俺と目が合うと、こっちに駆け寄ってくる。
「人志、まだ残ってたの?」
「ああ」
「……一緒に、帰る?」
黙って頷いた。なんだか恥ずかしいな……。
明日香と並んで、朝と同じ道を歩く。人気の少なさも朝と同じ。
もともと、歩きで登下校する人は少ないのだ。
「中庭でボーっとしてたみたいだけど、何考えてたの?」
不意に、明日香が聞いてきた。
さて、なんて答えるか……。
「今日はコーヒーとコーラをどれだけの割合で混ぜたら一番美味しいかを考えていた」
「……そう」
困った顔になる明日香。
「今のところは、コーヒー対コーラが5対2、これがベストだ。
明日はそれぞれの銘柄ごとについて考えてみる。」
「…………」
明日香は完全に黙ってしまった。これで、これでいい。
沈黙のまま歩き続け、気がつけば、朝明日香と会う駄菓子屋の前まで来ていた。
「じゃあ人志、また明日ね」
「グッドバーイだ、明日香」
軽く手を振って別れ、俺も明日香も帰宅した。

家では、母は寝転がりながらテレビを見ていた。父と離婚して以来、ほぼ毎日この調子だ。
俺はその場を無言で通り過ぎた。ただいまも、お帰りなさいも無し。
さすがに腹が減ってきたので飯を作る。キャベツを切って、ベーコンを千切って、塩コショウで炒める。
完成。
母の分も皿に盛っておく。食ってみるとしょっぱい。味つきベーコンだったか。
ごちそうさま。風呂に入るか。
風呂から上がると、母の分の皿が空になっていた。皿二枚とグラスを台所にもって行き、洗う。
後は、明日提出の宿題をやって、寝る。母と話すことなど何もない。おやすみなさい。


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