振り向けばそこに… MAIN 第17回幕間4
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「傷跡、残っちゃったね」
「うん、でも良いんだ」
 わたしは首の傷を撫でながら季歩おねえちゃんの問いに答えた。
 あの時わたしは本気で死ぬつもりで首に刃を当てた。 でも死に切れなかった。
 あとで聴いた話だと、もうほんの少しでも傷が深かったら、或いはもう少し多く血が流れてたら……。
 一命を取り留めたのは奇跡に近かったらしい。
 あの時お姉ちゃんは何度も何度もわたしに『ゴメンね……ゴメンね…』って泣きながら謝まってた。
 一命を取り留めたこの状態でもあんなに泣かせちゃったのに、若し死んじゃってたらもっと
 辛い想いさせちゃってたんだろうね。
 そう言う意味では死なずに済んで、死ななくて良かった。
「まぁ、でも傷こそ残っちゃったけど助かってよかったわよ。
 私も報せを聞いたときは心臓止まるかと思ったわよ」
「季歩おねえちゃんにも心配掛けちゃってごめんね」
 わたしがそう言うと季歩おねえちゃんは「イイのよ」と笑ってくれた。

 今、私達は海に――去年旅行で来た海に再び来てた。
 わたしは季歩おねえちゃんと二人ビーチパラソルの下くつろいでた。 頬を撫でる潮風が気持良い。
「でもビックリしたのはわたしもだよ。 季歩おねえちゃん血相変えて飛び込んできて
 祥おにいちゃんの顔見るなり殴っちゃったんだモノ」
 わたしはその時の様子を思い出しながら口を開く。 そして季歩おねえちゃんはアハハ、
 と頬を掻きながらバツの悪そうに笑う。
「いやぁ〜私も頭に血が上っちゃってたしね。 かといってあの状況で羽津季殴っちゃうわけに
 いかなかったからね。 でも、本当一命を取り留めてくれてよかったわよ。
 もう二度とあんな事しちゃ駄目よ」
「大丈夫よ。 色々あったけど今ではもう……」

 あの後、退院後もお姉ちゃんは大泣きして、そしてわたしの事を全力で応援するって言ってくれた。
 大騒ぎになっちゃったけど、でもお陰で皆胸のうちを全て残らず吐き出せた。
 終わってみればやっぱりコレで良かったのかも。

 

「まだ、羽津季のこと気にしてる? 幼馴染クンとの…」
 わたしが回想に耽り黙っていると季歩おねえちゃんは指をパキポキと鳴らせる。
「やっぱもう2,3発幼馴染クンに……」
「あ、あぁもうやめてってば。 もう其の事は片がついてるんだから……」
 私が慌ててそう言うと季歩おねえちゃんは笑って口を開く。
「分かってるって、冗談よ。 それに……」
 そして言葉を切って、私の左手を掴み其の薬指の指輪を指先でそっとなぞる。
「こんな良いものまで貰っちゃったもんね」
 言われて私の頬は思わず朱くなる。

 そう、祥おにいちゃんがプレゼントしてくれた婚約指輪。
 学生の身で買えるような代物じゃ無いんだけど、そこはお姉ちゃんが出世払いと言って
 祥おにいちゃんに半ば強引に貸し付けてまで買わせて……。
 何のかんの言ってもやっぱお姉ちゃんは今回のこと気にしてるのか必要以上に世話を焼いて
 応援してくれて……。
 私は気にしないでって言ったんだけど、でも、それでお姉ちゃんの気が済むのなら。
 それに……わたしに指輪をはめてくれた時の祥おにいちゃん……。
 緊張してぎこちない動きで指輪をそっと私の薬指にはめてくれた時の表情……。
 とっても気恥ずかしそうで、でも嬉しそうで……。
 わたしも指輪が指にはまるのを見た瞬間胸いっぱいに幸せな気持が広がって、思わず泣いちゃったっけ。
 今でも指輪を見る度に幸せな気持で満たされる。
「良かったわね……結季。 とってもイイ顔してるわよ今のアンタ」
 季歩おねえちゃんの声にわたしは笑顔で応える。
「でもアンタ達やっぱ姉妹ね。 本当ソックリよ」
「そう? 学校の皆とかは姉妹の割りに似てないって言われるよ」
「そりゃ、アンタ達の事を知らない人達から見た場合でしょ」
 そう言って季歩おねえちゃんはわたしの頭をくしゃくしゃっと撫でる。 そして続ける。
「お互い姉妹のこと気遣ってばっかりで。 本当似たもの姉妹よ」
 そう、去年はわたしがお姉ちゃんと祥おにいちゃんとの仲をとりもとうとしてココに来た。
 そして今年は……。
「去年はアンタ、今年は羽津季から同じ様な事お願いされるとはね」
 そう言って季歩おねえちゃんは微笑む。 つられてわたしも笑顔になる。
 でも去年と違うのは他にももう一つ。

「で、その肝心のあのコは、羽津季はどうなの? 上手くいってるの?
 今日会えたら聞きたかったんだけどな」
 そう、お姉ちゃんは今回企画してくれたけどココには一緒に来なくって。
「うん、今度のヒトとはきっと上手く行くんじゃないかな。 何て言うかね、どことなく似てるのよ
 祥おにいちゃんと」
 少し前に紹介してもらったそのヒトはその容貌そうだけど、雰囲気もどことなく
 祥おにいちゃんに似てた。 祥おにいちゃんに兄弟が居たらきっとこんな感じかな?
 そう思わせる、そんな雰囲気をもった人だった。
「だからね、きっと上手くいくと思うんだ」
 わたしがそう言うと季歩おねえちゃんは笑顔で口を開く。
「そっか。 妹のアンタがそう言うなら安心ね」
 

 

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「お待たせ。 ジュース買ってきたよ」
 俺は買ってきたジュースを結季と季歩さんにそれぞれ渡す。
「ありがとう。 祥おにいちゃん」
「お疲れさん。 悪いわね、パシリみたいな真似やらせちゃって」
「いえ、気にしなくて良いですよ」
 そう言ったが正直俺はこのヒトが――季歩さんはチョット苦手かも。
 病室で出会った時思いっきりぶん殴られやったからなぁ。
 まぁ、でもあの時は殴ってもらえてあれはあれで良かったのかも。
 あの時の俺は自己嫌悪の気持がそのまま心の中で燻り続けスッキリしない気持悪い状態だったしな。
 ぶん殴ってもらえたお陰である意味スッキリ出来たし。

「でも祥おにいちゃん暑い中買ってくるの大変だったでしょ?」
「大した事無ぇよ」
 俺は笑って応えて見せた。 まァ実際には結構大変だったんだけど。
 なにせこの浜辺、去年も来たんだが綺麗だし穴場で人が少ないのは良いんだけど、
 其の分近くに海の家どころか自販機まで無いからな。 この炎天下結構歩いて離れた自販機までは
 正直少々きつかった。
 まぁでも、美味そうにジュースを飲む結季の姿を見てると、そんな暑い中買ってきた苦労も
 報われると言うもの。
 そんな事考えながら俺は飲み干し空になったジュースの缶を弄りながら結季を見ていると、
 結季は俺のほうを振り向き口を開く。
「祥おにいちゃん未だ喉渇いてるの? 何ならわたしの分も飲む?」
「え? いや、別にそう言うわけじゃ……。 でも、ま折角だから一口……」
 そう言って俺は結季から飲みかけのジュースを受け取ろうとしたら……
「あ〜間接キッスだぁ〜」
 悪戯っぽく口を開いたのは季歩さん。 其の言葉に思わず硬直する結季。 見れば耳まで赤くなっている。
「季、季歩おねえちゃんん!」
 う〜ん、中学生の男子みたいなチャチャを入れる季歩さんも季歩さんだが、結季も結季だ。
 間接どころか普通のダイレクトなキスまで済ませてるのに赤くなるなんて相変らずウブだよなぁ。
 まぁ、そんなところも可愛くて好きなんだが。
「アハハハ。 相変らずウブなんだから結季は。 じゃ、私は一泳ぎしてくるわね。
 二人の熱気に当てられて只でさえ暑いのに余計に暑くなりそうだしね」
 季歩さんは悪戯っぽく笑ってそう言うと海に向かって走っていってしまった。

「んも〜。 季歩おねえちゃんった……」
 そう言って尚も顔を赤らめたまま結季は呟く。
「ま、イイじゃねェか」
 俺はそんな結季を横目で見ながら呟きゴロンとビーチシートの上寝転がる。
「それもそうだね」
 そう言って結季は苦笑を洩らす。

 

 天気は快晴。 相変らず浜辺には焼け付くような日差しが降り注いでいるが、其の分逆に
 パラソルの日陰が心地良い涼をもたらしてくれる。 目の前には綺麗な海と砂浜。
 耳に届くは心地良い波音。
 そして隣には俺の最愛の女が――結季がいる。
 今のこの状況、幸せすぎて涙が出てきそうなぐらいだ。
 その時風が吹いた。 一陣の風が結季の髪を揺らす。 その時髪の隙間から覗いた白い首に
 くっきりと浮かんだ大きな傷が目に飛び込んできた。 髪で大分隠れてはいるが結構生々しい大きな傷跡。
 ずきりと胸が痛む。 未だ残る傷を見るとやはり胸が痛い。
 俺が不甲斐無かったばっかりに女の子の、それも最愛の女性の首にこんな大きな傷跡を
 残してしまった……。

「祥おにいちゃんどうしたの?」
 気が付けば結季が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「いや、何でもないよ」
 そう言いながら思わず視線が泳いでしまった。 あんまり傷を見つめちゃ悪いかもと思って。
 だけど其の視線が傷に注がれてたのは気付かれてしまったのか、結季はそっと首に手を当てる。
「やっぱ気になる? この傷……。 やっぱ気味悪いよね。 こんな大きな傷のある女……」
 俺は思わず体を起こし声を上げる。
「そんな事無ぇよ! そんな傷ぐらいでお前の魅力は些かのかげりも見せたりなんかするものか!
 ……って言うか俺のせいで付いちまったような傷だし……。 ゴメン」
「あ、謝らないで。 別に謝って欲しかったからとか責めるつもりは無いんだから。
 ねぇ、やっぱ気になる?」
「気にならないって言ったら嘘になるけど……。 でも俺がお前を好きな気持には
 何の関係も無いから……」
 俺がそう言うと結季はにっこりと微笑んだ。
「そう。 なら良かった。 祥おにいちゃんが気にしないならわたしも平気だから」
「そうか」
 其の笑顔に俺は安堵の息を洩らし、そして笑ってみせた。
 そして再びビーチシートに仰向けに寝転がる。

「ねぇ、祥おにいちゃん」
「なんだ?」
「今、幸せ?」
 当たり前だろ、と言おうと思ったが俺は一旦口をつぐんだ。
「…………だろ」
 そしてわざと聞こえるか聞こえないか小さな声で喋った。
「え?」
 結季はよく聞き取れないと言った表情を見せる。 そして覗き込むように其の顔を近づけてくると
 俺はすかさず体を起こし其の可愛らしい唇に自分の唇を重ねる。
 唇を離すと結季の表情は驚いた顔に、次いでちょっと怒った風に、やがて頬を染めはにかんだ笑顔へと
 変わる。
 其の笑顔に向かって俺も笑顔で応える。

「幸せに決まってるだろ。 この地球上の誰よりも、な」

 

 結季Route Fin


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