振り向けばそこに… MAIN 第17回幕間3
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 鬱な気持が昨日の昼から全く晴れない。
 昨年度までは端岬クンと毎朝顔を合わせては笑顔で挨拶を交わせてたのに……。

「こんな事してももう意味なんて無いかもしれないのに……」
 昼休み、食事を済ませた私はリンゴを剥きながらポツリと呟く。
 昨年度だったら何の問題も無く食べてくれた。 でも昨日はデザート食べてくれなかった。
 それも意識してではなく無意識で完全に忘れさられてた。
 今こうして剥いてるリンゴも、きっと気付かず食べてもらえない。
 そんな事考えながら剥いてると戸を開ける音が聞こえた。 顔を上げれば戸には端岬クンがいた。
 其の顔にはやはり満面の笑みが浮かんでいた。
 また屋上であの女と……『カノジョ』と会ってたんだ。
 だが私と視線が合った瞬間笑顔が消え代わりに困惑の色が浮かぶ。
 次の瞬間私の左手の指に違和感。

 どうやら手元が狂いナイフの刃で指を切ってしまったらしい。
 見る間に傷口から血が溢れ出す。皮が剥かれ白い身を晒してたリンゴが見る見る赤く染まってく。
 鋭い刃であまりにもスパッと綺麗に切れた直後って案外痛くなかったりするからね。

「い、伊藤さん大丈夫?!」
 私が呆然と自分の傷口を見つめてると端岬クンが慌ててハンカチで傷口を押さえてくれた。
 大丈夫よ、と私が口を開こうとすると、それより先に端岬クンが口を開く。
「直ぐ保健室へ行こう!」
「大丈夫よ。 それにもう直ぐ授業始まっちゃ……」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ?!」

 そして私は端岬クンに連れられ保健室へ向かった。

「ハイ、コレでもう大丈夫よ」
「ありがとうございます」
 止血と消毒をし包帯を巻いてもらった私は保険の先生にお礼を言う。
 そして一部始終をずっと心配そうに見守っていた端岬クンもホっと安堵の息を洩らした。
 端岬クンに向かい私は声をかける
「ゴメンね私のせいで。 授業もう始まっちゃって」
「気にしなくていいよ。 だってクラスメイトだろ」
 ――クラスメイト……
「うん、そうだね。 ありがとう、じゃぁ教室に戻ろうか」
 クラスメイトか。 端岬クン、あくまでもあなたにとっての私はそうだと言うのね。
 ふん――。

 その時私の心の内にあったのは何だったのだろう。
 どう足掻いても振り向いてくれない端岬クン。 だけど――それでも私は諦め切れなかった。
 どうして私じゃ駄目なの? どうしてあんな目付きの悪い女を選ぶと言うの?
 憎かった。 妬ましかった。 あの女が。

 只あの時私を心配してくれた端岬クンは、少なくともあの時だけは私だけを見つめてくれてた。
 ――あの時は一時だけでも私に関心が向いてた。 
 きっとあの時の端岬クンの心の中にはあの目付きの悪い女なんかいなかったはずだ。

 この怪我の――。
 私はジッと包帯の巻かれた手を見つめる。
 こんな怪我ぐらいで一時でも其の心を向かせる事が出来るなら私は……。

 ふふっ……。

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「結季お待たせ〜」
 放課後。校門で待ってたわたしの瞳に映ったのは満面の笑顔で駆け寄ってくる祥おにいちゃんの姿。
「ううん。 大丈夫わたしも今さっき終わったばかりだから」
「そっか? じゃ行くか。 ところでどこか行きたい所とかあるか?」
「うん。 えっと、ね……」

 付き合い始めてからと言うものわたしと一緒にいるときの祥おにいちゃんはいつも本当に楽しそう。
 そして楽しいのはわたしも一緒。 一緒に居るときだけじゃない。
 気が付けば居ない時も祥おにいちゃんに思いをはせて幸せな気持になってる。

 お姉ちゃんに対する申し訳ない気持や後ろめたさはやっぱりあるけど……
 でもやっぱり祥おにいちゃんには笑顔でいて欲しい。
 祥おにいちゃんの笑顔を見てるとコッチまで幸せな気持になれるし。

 そんな祥おにいちゃんだけどたまにふっと物憂げな表情を見せる事がある。

「祥おにいちゃん。 何か悩み事でもあるの?」
 ある日の事わたしは其の疑問を口に出してみた。
 言われて祥おにいちゃんは一瞬驚いたような表情を見せた。 でも直ぐに笑って見せた。
 だけど分かる。 其の笑顔は気持を隠したものだって。
 だからわたしは構わず続ける。
「祥おにいちゃんの悩みってお姉ちゃんの事?」
 訊きながらわたしは祥おにいちゃんの顔を見つめ反応を注視する。
「……じゃないみたいね」
 わたしの言葉に祥おにいちゃんは困ったようにポリポリと頬を掻いた。

「祥おにいちゃんの悩みがお姉ちゃんについてだったなら私は何も言わないわ。
 酷く聞こえるかもしれないけど、お姉ちゃんのことで悩んでるのだったのなら、
 わたしは悩まないでなんて言わないよ。 でもね……」
 私は一息ついて続ける。
「だからこそそれ以外で悩まないで欲しいの。 悩んでるのだったら力になりたいの、わたし」
 わたしがそう言うと祥おにいちゃんにホッとしたように笑顔がともりそして口を開く。
「ありがとう結季。 其の気持だけで十分だよ。 大丈夫ちゃんと自分で解決できるから。
 それよりゴメンな。 心配掛けさせちゃって」
「そう? でも本当に無理してない? わたしに出来る事なら……」
「そうだな……じゃぁ特効薬でも貰おうかな?」
「特効薬?」
 わたしが其の声に思わず小首を傾げると
「あぁ、ちょっと目を閉じてくれるか? あ、そうそう首の角度も其のままで」
 言われてわたしは祥おにいちゃんの言わんとしてることが分かった。
 言われるまま私は瞳を閉じる。 目を瞑った途端自分でも顔が火照ってくるのが分かる。
 やがてわたしの唇に祥おにいちゃんの唇が重なる。

 唇――体の中で最も鋭敏な部分の一つ。
 そして瞳を閉じた状態で交わすことにより其の感触は更に鮮明に伝わってくる。
 祥おにいちゃんの唇の其の柔らかさが、感触が、温もりが、そして鼓動までもが。
 わたし達のキスは回を重ねるごとに重ねる時間が、味わう時間も増していった。
 そして今交わしたキスも数十秒といつもと比べても特に長かった。
 やがて唇を離し、目を明けると目の前には祥おにいちゃんの顔。
 キスそのものの感触も好きだけど、実はわたしは其の直後に見せる祥おにいちゃんの表情。
 それを見るのがもっと好きだったりする。
 そう、この幸せ一杯の顔を間近で見るのが。

「元気でた?」
「あぁ、もうばっちり。 ありがとうな結季」
「ううん。 わたしもその……祥おにいちゃんとのキス……するの好きだから」
 言ってて自分でも顔がますます熱くなっていくのが分かる。
 そしてわたしのそんな顔に祥おにいちゃんは一段と其の笑顔を輝かせる。
 良かった祥おにいちゃん元気になってくれて。

 でも逆に私の胸中には疑問が残る。 祥おにいちゃん結局何を悩んでたんだろう。
 気にはなるけど……でも今はあえて訊かない。
 折角祥おにいちゃんが元気を取り戻してくれたのに蒸し返す事になるから。
 だから訊かなかった。

 でも本当に何なのかしら。 一人で解決できるって言ってたけど、大丈夫かなぁ……。
 大丈夫なら良いけど、若しそうじゃなかったのなら……。
 そして祥おにいちゃんがあんな顔をしてる原因が誰か――他の誰かによるものだったのなら……。

 わたしはそのひとをゆるさない


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