振り向けばそこに… ANOTHER 第17回
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 奥歯がギリギリと軋む。 握り締めた掌の中で爪が食い込む。
 痛みに我に帰り掌を開いてみれば爪は朱に染まってた。まるで塗りそこなったマニキュアみたい。
 煮えくり返るはらわたを必死で押さえながら私は屋上から立ち去り教室に帰る。
 本当はあの女が何者なのか問い詰めたかった。
 でも済んでの所で思いとどまる。 若しそんな事をして去年の二の舞になってしまったら、
 そしたら今度こそもう本当に取り返しのつかないことになるから。

 それにしても! それにしても本当に何なのよ! あの女は!! 
 端岬クンにあんな風に微笑みかけてもらって、抱きしめてもらって……!!!
 端岬クンも! あんな女のドコが良いって言うのよぉ!! あんな目付きの悪い!
 胸だって私よりも小さいあんな女のドコが!!
 その時口の中でバキっと何かが折れる音がした。気付かぬうちにお箸を噛み砕いてしまったみたい。
 苛々した気持でご飯なんか食べてたからだ。
 ……とりあえず、少し冷静になろう。 端岬クンが帰って来たら色々訊きたいけど。
 でもあんまし問い詰める様な真似は駄目だ。
 返って逆効果になりかねない。 落ち着け。 落ち着くのよ私。 兎に角……待とう。
 端岬クンが帰ってくるのを。
 それまでにお腹の底で獣のように暴れまわるこの気持を落ち着かせなきゃ。

 

 ……遅い……。
 時計を見ればもう昼休み終了まで五分も無い。 時計の針が無機質な音を刻みながら進んでいき、
 残りを一分を切り、更に残りあと二十秒を切ろうかと言う時になって
 やっと端岬クンは教室に帰ってきた。
「あ、端岬クンお帰りなさ……」
 だが端岬クンは私の横を素通りして自分の席へ向かって――無視された?!
 いや違う、気付いていない?!
 端岬クンの顔には今まで見たことが無いほどの幸せで満たされてるかのような笑顔が浮かんでいる。

「あ、あの端岬クン……」
「ん? ああ伊藤さん何?」
 言われて始めて気付いたような表情。……本当にさっき声かけたのに気づいてなかったんだ……。
 そう思うと悲しいやら腹ただしいやら……!
 何、ですって! そ、そんなの決まってるじゃない!
 去年一年間毎日私のデザート食べてくれるの日課にしてくれてたじゃない!
 いや、それも勿論だけど屋上で逢ってたあの女の事……! でも焦ってまくし立てちゃ駄目。
 落ちついて聞かなきゃ……。
「あ、あ、あの……」
 その時授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
「お、チャイムが鳴ったぜ。 時授業始まるから席に付いたら?」
「あ……う、うん」

 な、な、何なの!? 一体何がどうなってるわけなの!? あの女! 端岬クンの一体何なのよ!
 腹の中の黒い獣は益々暴れ狂い必死で押さえ込もうとするけどなかなか荷立ちが収まらない。
 お陰でノートは破れるわ、シャーペンのペン先は潰れるわ……!

 そしてやっと授業終了を継げるチャイムが鳴る。
 私は席を立ち端岬クンの元へと向かった。 私に気付いた端岬クンが口を開く。
「ん? 何か用、伊藤さ……」
 だが言いかけて端岬クンは私の顔を見て口をつぐんでしまった。
「ちょっとイイかしら? お聞きしたい事が有るんですけど?」
「な、何……?」
 心なしか端岬クンの表情がこわばっている。 苛立ちが私の顔に出てしまってるためだろうか。
「お昼休み、屋上で一緒に居た女の子……誰?」
 私がそう言うと端岬クンは照れ臭そうな笑みを浮かべる。 大好きな人の顔に笑顔がともる。
 本来なら見とれそうなものなのだけど、今の私には其の笑顔が何故か無性に癇に障った。
「見てたのか?」
「誰なの? 私の見たことのない顔だったけど?」
「知らないか? 一コ下だから昨年度もいたけどな。
 まぁ、とある事情で昨年度はあまり俺と一緒に居なかったしな。
 それにあいつ自身が結構人見知りするし人付き合いも少なかったし」
「誰なの?」

 そして次に端岬クンの口から発せられた言葉は私にとって最も聞きたくないものだった。
「え、え〜っと。 ……俺のカノジョ♪ へへっ、中々可愛かったろ?」
 其の言葉に私は思わず声を上げる。
「な、何よカノジョって!! 去年言ってたじゃない!? 付き合ってるコなんかいないって!!
 それに昨年度もずっと同じクラスで端岬クンの事ずっと見てたけどそんな様子……!」
 私が声を荒げると端岬クンは慌てて私をなだめようと声をひそめ話し掛けてきた。
「ちょ、チョット待てよ……。 何をそんなに興奮してるんだ?」
「何をですって?!! 端岬クン! アナタ本気でそれ訊いてるの?!」
「こ、声が大きいよ伊藤さん……。 お、落ち着いて……。 と、とりあえず場所変えよう?」

 

 そして私は端岬クンと連れだって屋上に来た。
「あ、あの何をそんなに怒ってるわけ?」
 端岬クンの声に私は思わず声を上げる。
「何を、ですって?! 本当にわからないの?! そんなの……!」

 ――好きだから……、端岬クンが好きだからに決まってるでしょうが!!
 そう言おうと思ったが済んでの所で言葉を呑み込んだ。
 私の中の何かが――それは本能、或いは女の勘? 分からないが、兎に角心の中から叫んでくる。
 ――言っては駄目だと。 其の言葉を吐いては駄目だと。

「い、伊藤さん……? だ、大丈夫?」
 さっきまで物凄い剣幕だった私が突然黙りこくってしまったので、
 端岬クンはより一層困惑の表情を深めてる。
 私は尚も言葉を発せられずに居た。 言葉の代わりに涙だけがボロボロ溢れ出てくる。

 その時端岬クンの手が目の前に差し出された。 そして其の手にはハンカチがのせられてた。
 見上げて其の顔を仰ぎ見れば心配そうに私を気遣う端岬クンの優しい顔があった。
 でも……
そこにはそれ以上のモノは無かった。 それ以上の――クラスメイト以上の。
 ハンカチなんかじゃなく抱きしめて、慰めて欲しいのに……。
 だけど見て取れしまう。優しく心配してくれてもある程度以上踏み込ませてくれない空気が……

「お願い……。 一人にさせて……」
「え、でもこんな状態の伊藤さんを一人残してなんて……」
 端岬クンは心配して私を気遣う優しい言葉を掛けてくれるけど、でも今は其の言葉も辛いだけ。
「あとで……ちゃんと教室に戻りますから……」

 今の私のこの状況、最悪ではないがそれにかなり近い状況。
 私――バカみたいだ……。
 ずっと春になれば願いは叶うって勝手に一人で思い込んで信じて……。

 そう、確かに私は付き合ってる人はいるのかと訊きはしたが、
 好きな人はいるのかとは訊かなかった。
 ――怖かったから。若しそこで居ると言われてしまえば
 そこで完全に終えてしまうのが怖かったから。
 結果私の其の臆病さが今日の悲劇を招いた。

 でも……諦めきれない。
 ココで諦め切れるくらいだったらとっくの昔に吹っ切ってるから


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