振り向けばそこに… ANOTHER 第14回
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 夏休みも終り、2学期が始まりを告げる。 暦は9月。
 セミの鳴き声も多少は其の勢いが衰えたもののまだまだ暑さの続く残暑。
 朝から路にくっきりとした黒い影を落とす太陽に照らされた、そんな学校へ向かう登校路。
「おはよう。 羽津姉、結季」
「おはよう祥ちゃん」
「祥おにいちゃんおはよう」
 朝、学校へ向かう三人は路でお俺たちは互いの姿を確認すると挨拶を交わす。
 それは仲の良い気心の知れたもの同士の幼馴染ならではの光景。
 あの夏の旅行が切っ掛けで俺と羽津姉は恋人同士と言う関係を終わらせた。
 そして昔の関係に、幼馴染に戻った。
 振り返ってみれば羽津姉には色々辛い想いをさせてしまった。 でも、もうそんな思いはさせない。
 させないで済む。 そう思うと心は軽かった。
 自然と笑顔になれる。 自然な気持で優しく接する事が出来た。
 三人で過ごす幼馴染としての日々。 そう……俺たちはもう暫らくはこの幼馴染の日々を続け噛締める。
 それが羽津姉への償い。 そして手向け。 また、結季の望み。
 失恋直後の羽津姉に対して俺だけ……いや、俺たちだけ新しい恋に浸るわけには行かない。
 だから、だから結季は俺に言ったのだ。
 せめて羽津姉が同じ学校にいる間は――卒業するまでは、と。 そして俺もそれを承諾した。
 それまで俺と結季は付き合わないことを。
 だけど……実際にはそこまで細かく難しく考える必要などまるでなかった。
 昔のように、今までのように過ごせば良いだけなのだから。
 それだけで俺たちの日々は満ち足りた楽しい幸せなものになったのだから。
 結季ははっきりと受け入れてくれる意思を表してくれたのだから。
 だからもう焦る必要も思い悩む必要も無かったのだから。

   ・    ・    ・    ・   

 今年の夏は私は一生忘れないだろう。 私の恋に終りを告げた夏……。
 自分で自分に引導を渡しピリオドを打った夏。
 自分で決めた事とは言えやっぱり辛くて悲しくて……。
 多分流した涙の量は今まで生きてきた中で一番多かったと思う。
 そしてこれから先こんなに泣く事は無いだろうと思えるほどだった。
 でもこの失恋がもたらしたものは喪失感だけじゃなかった。 気付かせてくれた。
 思い出させてくれた。 私にとっての本当の幸せ。
 幼馴染の時間こそ私にとってはかけがえなの無い物であったと言う事を。
 そう、本当に大切なものだけは失わずに済んだのだ。
 未練を完全に断ち切れたのかと言うと決してそうではない。
 でも、私が告白する事は多分二度とないだろう。
 もう……あんな悲しい思いも、辛い思いもしたくないから……。
 
 幼馴染の縁はきっとこれからも切れない。 いや、切れて欲しくない。
 そんな私の望みに応えてくれるように祥ちゃんは接してくれた。
 そこにあったのは何の気負いも無い昔っからの笑顔。
 私と祥ちゃんと、そして結季との誰にも邪魔されない三人っきりの時間。
 今、私達の間には何もわだかまりも隔たりも無い。 ただ、幸せな空気があるだけ。

 そして改めて感じる。 気負いも何も無くなった祥ちゃんはとても優しかった。
 そう、やっぱり私達にとって幼馴染こそが最良の関係なんだ。
 お昼ごはんも2人で食べるよりも、やっぱり結季も交えて3人で食べた方が美味しかった。
 お弁当を作るときも結季と一緒に作る方が楽しかった。
 そして幼馴染に戻った事で祥ちゃんは私に素直に甘えてくれるようにもなった。
 幼かった日のように。 そう、姉弟のようだったあの日に戻ってたのだ。

 紅葉が真っ赤に色付く頃には3人で紅葉狩りにも行った。
 三人で見た燃えるように真っ赤に紅葉した山。
 金色のじゅうたんのような銀杏の落ち葉で埋め尽くされた道を歩いた感触。
 クリスマスの時には流石に少し『若し恋人同士で迎えられたら』って想像しちゃったりもしたけど、
 でも去年までと同じ3人で過ごした時のと同じ様に楽しく過ごせた。
 3人で見たイルミネーション、とっても綺麗だった。
 大晦日から二年参り、そして初詣。 気合を入れた晴れ着姿、祥ちゃんに褒めてもらえて
 とっても嬉しかった。
 バレンタインの時はまた封印したはずの気持が首をもたげそうになったけど、
 でも結季と一緒にチョコレートケーキを作る事でちゃんと押さえられた。
 美味しそうに食べてくれた祥ちゃんの笑顔は私の心も幸せな気持で一杯に満たしてくれた。

 そして卒業……。 私は慣れ親しんだ校舎を巣立つ。
 これでもう祥ちゃんとも一緒の時間は過ごせない。 でも高校最後の瞬間まで楽しく過ごせた。
 だから……もう私も祥ちゃんから卒業しよう。
 今度こそ私の初恋に完全にピリオドを打とう。
 大丈夫、きっと大学で吹っ切れる出会いにめぐり合える。

 
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 大学では色々な出会いが待っていた。 でも、どうしてもときめかない。
 早く吹っ切らなきゃいけないのに……。
 吹っ切ろうと思って試しに色々付き合ってみたが、誰とも長続きしなかった。
 そんな満たされない思いを胸に抱きながら過ごす日々を繰り返すある日、
 街中で祥ちゃんと結季が一緒にいるところを見かけた。
 あのコったらいつまでも”祥おにいちゃん、祥おにいちゃん”っておにいちゃん離れできないのね。
 兄妹仲良しなのも良いけど……ねぇ。 そんなんじゃ何時まで経っても彼氏出来ないわよ。
 私はそんな二人を遠巻きに覗き見ながら思わず苦笑を洩らす。
 そう思いながらジッと見つめていた。 でも見つめてるうちに何だか違和感を憶え始めた。
 何て言うかお互いを見つめる眼差しが幼馴染や兄妹と言うよりまるで……。 いや、そんな筈は……。
 だが次の瞬間私は自分の目を疑った。
 お互いの瞳を覗き込むように向かい合いそっと目を伏せ、そして唇と唇を重ね合わせた。
 啄ばむようなそっと触れるようなささやかなキス……。 そして二人共ほんのりと頬を朱らめる。

 何……? 何なのこれは? 何で……何で祥ちゃんと結季が? そんな……そんな……。 だって……。
 だって祥ちゃんが私を女としてみてくれなかったのはその近すぎる距離が仇になったから……。
 近すぎて姉としてしか見てくれなかったから……。 それなのに……
 それなのになんで?! なんで結季が?! なんであのコがそこに居るわけ?!
 私が祥ちゃんの姉ならアンタは祥ちゃんの妹でしょ?!
 いつも”祥おにいちゃん祥おにいちゃん”って後ろを付いて歩いていたじゃない!
 なのに……なのに……なんで……なんで……、
 なんでアンタがそこに……、祥ちゃんの隣にいるのよ!
 祥ちゃんも祥ちゃんよ! なんで? なんなの? なんなのよ其の顔は?!
 何でそんな幸せそうな顔してるのよ! なんでそんな熱っぽい眼差しで結季を見つめているのよ?!
 そんな……そんな視線……、私には……私には一度だって向けてくれなかったじゃない!!
 どうして……、どうしてよ……。

 視界が滲む……。 涙がとめどもなく溢れてくる。 心が悲鳴をあげている。
 痛い痛い痛い痛い……。 まるで胸にナイフでも刺さってるみたいに痛い。
 苦しい苦しい苦しい苦しい……。 まるで深い水の底にいるみたいに苦しい。
 寂しい寂しい寂しい寂しい……。 まるで暗闇の中独り取り残されたみたいに寂しい。
 痛くて……、苦しくて……、寂しくて……、私の心は罅割れ、砕け、粉々になってしまいそうで……。

 私は駆け出していた。 もう一秒でもあの場所に居られなくて……居たくなくて……。
 これ以上あの場所に居たら私はおかしくなってしまいそうで……。
 いや……、もう壊れていたのかも。 二人のキスを見たときから私の……。
 ワタ……シノ……ココ……ロ……ハ……。

   ・    ・    ・    ・   

 デートからの帰り道、わたしはそっと唇をなぞる。 そして反芻するように思い出す。
 祥おにいちゃんとのキス。 それだけでわたしの心の中は幸せで一杯な気持になれた。
 わたし達は――わたしと祥おにいちゃんはお姉ちゃんが大学に入学するのを待って付き合いだした。
 只側に、隣にいるだけで幸せな気持になれる。
 恋人同士と言うだけでこんなにも幸せで満たされるなんて、まるで魔法みたい。
 でも、何の憂いも悩みも無かったわけじゃなかった。
 理由は……お姉ちゃんに未だ打ち明けられずに居た事。
 お姉ちゃんが未だ完全庭吹っ切れていないのが分かるから。
 其の証拠に未だお姉ちゃんは誰ともお付き合いしていない。
 大学に入ってから何人もの男のヒトとお付き合いした事があるみたいだけど、
 でも誰とも長続きせず早いときは一週間ほどで別れてしまった。
 まだ、明かせない。 せめてお姉ちゃんが本当に心を許せるヒトと出会うまでは……。

 太陽が西に傾き夕闇に染まり始める頃わたしは家に帰りついた。
「ただいま」
 返事が無い。 あれ? お母さん未だ帰ってないのかな?
 それとも鍵かけ忘れて買い物に行っちゃったのかな?
 そう思いながら見渡すと玄関にはお姉ちゃんの靴があった。 あ、お姉ちゃんが帰ってたんだ。
 わたしはお姉ちゃんの部屋のドアをノックし声をかける。
「お姉ちゃん帰ってるの?」
 返事は無い。
「居ないの?」
 そう聞きながらそっとドアをあけるとお姉ちゃんは居た。
「な、なんだ居るのなら返事してくれても……」
 私は部屋に立ち込めた異質な雰囲気に言葉を呑んだ。
 窓から差し込む黄昏時の夕陽によって薄暗く照らされた部屋。 逆光で伺えないお姉ちゃんの表情。
 明らかにいつもと違うお姉ちゃんの様子に私は戸惑いを、脅えを隠せなかった。

「ど、どうしたのお姉ちゃん? も、もう暗いんだから灯りつけたほうが……」
 私の言葉を遮るように何かが飛んできた。 わたしの顔をかすめ壁にぶつかり、
 ばさりと足元に落ちたそれはアルバムだった。
 落ちた拍子にばさりと開いたページ。 其のページを見た瞬間私は驚きと恐怖を隠せなかった。
 写真には刃が突き立てられた傷が幾つも付いててズタズタのボロボロになっていた。
「嘘つき! 卑怯者!! 裏切り者!!」
「お、お姉ちゃ……」
「黙りなさい! アンタ……よくも今まで謀っててくれたわね!
 そうやってずっとずっと私のこと騙してたんでしょ!!」
 お姉ちゃんの顔は怒りと悲しみと憎しみで歪み、怒りに染まった其の眼からは大粒の涙が溢れていた。
「そ、そんな……わたしは……」
「黙れって言ってるのよ!! 言い訳なんか聞きたくも無いわよ!! この卑怯者!!」
「お、お姉ちゃん……は、話を……」
「お姉ちゃんなんて呼ばないでよ!! アンタみたいなコもう妹でも何でもないわよ!!
 よくも今まで聞き分けの良い妹の振りして騙してくれたわね!!」
 そう言ってお姉ちゃんは手を振りかぶって振り下ろした。 咄嗟にわたしが避けると手は
 ドアに当たり木の割れる音。 お姉ちゃんの手に逆手に握られた鋏がドアに突き刺さってた。
 わたしは思わず逃げ出した。
「逃げるなこの泥棒猫が!! 絶対! 絶対許さないんだから!!」

 お姉ちゃんが……、あんなに優しかったお姉ちゃんがあんな怖い顔して恐ろしいこと言うなんて……。
 わたしの、わたしのせいだ……。 わたしが祥おにいちゃんと付き合ったりなんかしたからだ。
 わたしがお姉ちゃんを傷つけた。 わたしがお姉ちゃんを悲しませてしまった。
 わたしのせいでお姉ちゃんが変わってしまった。
 わたしが、わたしが、わたしが……。

 もう……、もういやだよ……。 こんな辛いのも苦しいのももう沢山だよ……。

   ・    ・    ・    ・   

 許さない許さない許さない許さない許さない! 何があったって!
 謝ったって絶対にあのコ許すものか!!
「出てきなさい結季!! この嘘つきが!! 隠れてないで出てきなさいって言ってるのよ
 この卑怯者が!!」
 その時物音がした。 音のした方向からして台所。 そう、そんな所に逃げ込んで隠れていたのね!
 引きずり出してやる!
 私は台所がある方向に向かって駆け出した。
 台所に入ると、居た! 其の姿は脅えて震えるでもなく静かに佇んでいた。
 そして其の手には包丁が握られていた。
「ふん! 何よ其の手に持っているのは!! それで私を刺すつもり?!! 面白いじゃない!!
 良いわよ! 刺しなさいよ!! 刺せばいいじゃないのよ!!」
 私が怒鳴ると結季はスッと微笑んだ。 そして其の刃を私にではなく自分に向けた。 そして……
「ゴメンね。 お姉ちゃん……」
 次の瞬間視界に飛び込んで来たのは鮮やかな赤。 それは結季の首からほとばしる鮮血……。
 私は……私は一体何をしようとしてたの……。 私は……、わた……しは……。

「イ、イヤァァァァァアアア!! 結季!! しっかりして結季!!」
 私は鋏を頬リ捨て駆け寄り血まみれの結季の体を抱き起こした。
「お姉ちゃん……。 良かった……、元に戻ってくれたんだ……ね……」
 結季の手が私の頬の涙を拭うように力なく伸びる。
「喋らないで! ああ……、私の……、私のせいで……」
「ゴメンねお姉ちゃん……。 わた……しのせい……で辛い思いさせ……ちゃって。
 大……好きだよ……お姉ちゃ……」
 そう言いかけて結季の瞳から光が消え瞼が閉じ、そして私に向かって伸ばされた手も……。
「あ、ああ……、ああああああああああああああ…………!!!!」

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