振り向けばそこに… ANOTHER 第12回
[bottom]

 私は旅館の前で季歩おねえちゃんを待つ。
 程なくしてまぶしい明かりを感じる。 車のヘッドライトだ。
 見れば昼間に私達を迎えにきてくれた季歩おねえちゃんの車。
 わたしが手を振ると季歩おねえちゃんは私に気付いてくれたのだろう、
 車はわたしの目の前に来て停まった。
「待った?」
 季歩おねえちゃんはウィンドウを開けわたしに語りかけてきた。
「ううん、私も今丁度出たところだから。 私のほうこそ今日は色々無理聞いてもらっちゃってゴメンネ」
「従姉妹同士で何水臭い事言ってるの。 さ、乗って乗って」
「あ、ハイ」
 わたしは季歩おねえちゃんに促され助手席に座った。
「ちゃんと乗ったわね。 シートベルトは……って言われなくてもちゃんと締めてるか。
 うん、感心感心。 じゃ、出すわよ」
 そして季歩おねえちゃんはわたしが座ったのを確認すると車を発車させた。

「しっかしアンタと羽津季、相変らず仲良いのね。 姉の為に一肌脱ぐ妹。 う〜ん健気ね〜」
 夜の道路をとばしながら季歩おねえちゃんはわたしに話し掛けてくる。
「別にそんな大げさな物じゃ無いわよ。 たった一人の血を分けた大切なお姉ちゃんなんだもの。
 其のお姉ちゃんの為なら何だって……」
 わたしは季歩お姉ちゃんの声に窓の外を眺めながら答える。
 開けたウインドウからは夜風が流れ込んでくる。
 カーステレオからは流行のポップスが流れていた。
 そしてやがて車は季歩おねえちゃんのマンションに到着した。

 

「眠れないの? 結季」
 どうにも寝付けず窓辺に立ち夜景を眺めていたわたしは季歩おねえちゃんの声に振り返る。
「あ、うん。 何だか寝付けなくって」
「ううん。 気にしなくていいよ。 ……って結季泣いてるの?!」
 季歩おねえちゃんの声にわたしは頬に手をあてると確かに濡れていた。
「そ、そんな泣いてなんか……」
 慌てて私は涙を拭う。 何時の間に涙なんか流していたんだろ。
「結季、若しかして昼間の幼馴染クンってアンタも好きだったの?」
 季歩おねえちゃんの問いかけにわたしは答えられなかった。
「あらら……、そうだったの」
 でもわたしの沈黙が、それがすなわち肯定を意味してると季歩おねえちゃんに気付かれてしまった。
「因果ねぇ、まさか姉妹で同じヒトを好きになっちゃったなんて。 でもしょうがないわよね。
 彼がアンタじゃなくて羽津季を選んだんだから」
 本当は少し違うんだけど、でもそんな事わざわざ言う必要は無いのでわたしは尚も黙っていた。
「にしても私の目も曇ったかな。 昼間見た限りじゃ幼馴染クンが好きなのはてっきりアンタだと
 思ったんだけどな」
 季歩おねえちゃんの声を耳にした瞬間わたしの肩がビクッと震えてしまった。
「って若しかして図星?」
 わたしは答えなかった。 けど……。
「まさかとは思うけど、アンタ自分を選んでくれたのに身を引いたんじゃないでしょうね?」
 完全に気付かれてしまった。
「鋭いのね季歩おねえちゃん……」
 私は自嘲気味に力なく答えた。
「じゃぁ両想いだってのに諦めたって言うの?」
 わたしは答えなかった。 でも応えなくとも季歩おねえちゃんは分かってしまったようだ。
 そして季歩おねえちゃんは呆れたように呟いた。
「アンタ、そこまで行くと健気やお人よし通り越して只のバカよ?」
「うん……」
 確かに人から見れば馬鹿げてるかも。
「うん、ってアンタ本当にそれで良い訳?」
「わたし……祥おにいちゃんのこと大好きだけど、お姉ちゃんも大好きだから。
 お姉ちゃんの幸せ奪いたくなんか無いから……」
 そう。
 幾ら馬鹿げてると言われようと、わたしにはお姉ちゃんを差し置いてまで自分の我を通す事なんて
 出来なかったから。
「それで身を引いたって言うの?」
「うん、私さえ身を引けば全て丸く収まるから……」
「全て……? アンタ本気でそう思っているの? そのために自分が辛い思いしても構わないって
 言うの?」
「辛くなんか……無いよ」
 そう、辛いわけなんか無い。 だって私の大好きな二人が恋人同士になってくれるんだから。
「嘘おっしゃい! だったら其の涙は何よ!!」
「それは……」
 答えられなかった。 言葉の代わりに只々涙だけが溢れてきた。
「ハァ……。 仮によ。 アンタがそれで良かったとしても、幼馴染クンのほうはどうなのよ?
 好きな、それも相思相愛であるはずの相手に振り向いてもらえず、それどころか拒絶されるような
 真似されて」
「大丈夫よ。 きっと二人上手く行くはずよ。 出るときにお姉ちゃんにハッパかけてきたもの。
 今頃はきっと躯を重ね本当の恋人同士になってるは……ず……」
 そう、今回の旅行は全て其の為のものなのだから。 お姉ちゃんを応援し、お姉ちゃんと
 祥おにいちゃんの仲を確固たるものにする為の。
 そして、わたしの恋心にピリオドを打つ為の。
 わたしの初恋に……サヨナラ……する……為の……。

 わたしの両の瞳からはボロボロと大粒の涙がとめどなく溢れていた。
 そんなわたしの頭の上に季歩おねえちゃんは平手で叩くように手を置き、そしてそのまま頭を掴んで
 そのまま抱き寄せた。
「分かったわよ。 もう何も言わないわよ。 だから……思いっきり泣きなさい」
 季歩おねえちゃんに抱きしめられ、わたしはその場で声を上げて泣き崩れてしまった。

 

・ ・ ・ ・

 夜、俺は温泉から上がって上機嫌だった。 昼間夢中で遊んだ疲労感を温泉で洗い流し、
 体も心も心地良い充実感で一杯だった。
 久しぶりに童心に帰って遊べて本当に楽しかった。 結季とは勿論だが羽津姉とも無邪気に笑いあって。
 俺は結季の事が大好きだが、羽津姉だって俺にとってかけがえの無い大切な人なんだ。
 恋愛感情はやっぱり持てないけど、でもそれでも大切な幼馴染で姉同然の親しい存在なんだと
 再認識できた。
 そしてそんな大切なヒト達と楽しい一時を過ごせた。
 そう、今この瞬間俺は物凄く幸せな気分に包まれていた。
 部屋に戻ったら何しようかな。 折角だし枕投げでもしようって持ちかけてみようか。
 そんな事考えながら部屋に戻る。
 ちなみに部屋は一応一部屋だが、衾で二部屋に区切れる構造。 年頃の男女が同じ部屋、
 同じ布団てのは流石にマズいもんな。

 部屋に戻ると既に布団は敷かれてた。 だがそこには羽津姉の姿だけで結季の姿が見当たらない。
 灯りも豆電球しか点いていない。
「あれ、結季は? 未だ風呂に入ってるのか。 それよりなんで電気点けないんだよ……」
 俺が問い掛け、電機の紐に手を掛けようとすると羽津姉はゆっくりと近づいてきてそれを遮るように
 俺の手に其のしなやかな指を絡めてきた。
 なんだか羽津姉の雰囲気がいつもと違う。 風呂上りのせいか、何かいつもと違う色気みたいなものを
 感じさせてるせいだろうか。
 そして羽津姉は俺の胸に頭を付けるようにしなだれかかってきた。 そして静かに口を開いた。
「結季ってば本当良いコよね。 こんなに楽しい旅行に誘ってくれて……」
「ああ、本当に楽しい一日だったな」
 俺は羽津姉の意図が今一掴めず、困惑しながらも相槌を打つ。
「本当にあのコってば人のことばっか気遣って……今日もね私と祥ちゃんの二人っきりの時間まで
 用意してくれて……。 だからね結季はもうココに居ないの」
「な、ちょ、ちょっと待ってくれ。 い、一体どういう……」
 俺の頭は状況が飲み込めず混乱をきたす。 いや、違う。 本当は何が起こったのか把握してる。
 理解してる。 だが俺は其の事実を受け入れられずに、認められずに……クソ!!
 結季、あくまでもそれがお前の望みだって言うのか!
 そんなにも俺と羽津姉を付き合わせたいのか!
 俺を受け入れないと言うのか!
 おまえ自身の本当の気持を押さえ込んでまで!
「ね、だからお願いよ祥ちゃん。 抱いて。 そして私を祥ちゃんだけの女にして……」
 良いだろう結季! 分かったよ! 畜生! お前の望みどおりにしてやるよ!
 俺は答える代わりに羽津姉を抱きしめ、そのまま布団に押し倒した。
 俺は羽津姉に覆い被さる形になり、そして浴衣に手をかけ前を開いた。
 羽津姉の豊満な乳房とそれを覆うブラが目に飛び込む。 そしてそのブラにも手をかけ上へと
 ずらすと、花びらのように可憐な淡い桜色の乳首も露わになる。
 やはり美しさや艶やかさに関して言えば羽津姉のそれは正に至上と言っても決して過言ではない。
 そう、こんな極上の女をこの手に抱き、そして独り占めできるんだ。
 男にとって無上の幸せと言えよう。 
 そこに恋愛感情が無いからと言ってそれが何だと言うんだ。 愛なんぞ無くたって女は抱けるんだ!
 それで羽津姉も満足してくれる。
 俺も、今ここで羽津姉を抱いて、そして結季、お前への未練を断ち切ってやるよ。 それで良いんだろ。
 そして、サヨナラだ……結季。
 サヨナラ、俺の初恋……。
 サヨナラ、俺が誰よりも大好きで、俺が誰よりも大切に想い、そして……俺が何物に代えてでも
 手に入れたかった最愛のヒト……。

 

 俺はまるで餓えた獣が貪るように羽津姉を抱いた。
 肌を重ね、其の躯を隅々まで手と唇で愛撫し、いつしか俺も羽津姉も着ていた浴衣も下着も全て
 脱ぎ去り、二人共生まれたままの姿になっていた。
 やがて羽津姉は堪え切れないかのように艶やかな蕩けるような声で囁く。
「来て……祥ちゃん、私の中に。 そして一つに……」
 これで、もう後戻りは出来ない。 今から俺たちは最後の一線を超える。
 これで俺達は……、俺と羽津姉は……。
 俺は……………………………………
 ……………………………………
 ………………………………
 …………………………
 ……………………
 ………………
 …………
 ……
 俺は……、一体どうしちまったんだ? 気が付けば仰向けにぐったりと横たわっていた。
 目の前には心配そうに俺の顔を覗き込む羽津姉の顔。
 どうやら羽津姉に膝枕してもらっているらしい。 姿は二人共きちんと浴衣を着込んでいる。
「大丈夫? 祥ちゃん……」
「ああ……」
 心配そうに口を開く羽津姉の問いに俺は力なく答える。
「ゴメンね……。祥ちゃん……」
 羽津姉は今にも泣き出してきそうな、そして申し訳なさそうな声で語りかけてきた。
「羽津姉が悪いんじゃないよ……」
 ああ、そうか。 出来なかったんだ……。 俺たちは最後の一線を越える事が……。
 いざ、最後の一線を越え、一つになろうとしたその時、俺の中から言葉に表し難いものが
 込み上げてきて……。
 それは恐怖感とも罪悪感とも喪失感とも、そのどれとも似ているようで、それでいながら
 其のどれとも違うようなそんな得体の知れないものだった。
 それは突然込み上げて来た。 例えれば高い絶壁を上っている時うかつにも下を覗き見て、
 瞬間それまで気付かずにいた恐怖が一気に込み上げてきたかのような、そんな風に
 突然込み上げて来たのだった。
 そしてソイツはまるで氷のような冷たく鋭い鋼の爪で内蔵を抉るかのような、
 そんな不快感を俺に与え、俺は其の不快感にトイレに駆け込み吐き戻してしまったのだった。
 晩飯に喰ったものどころか胃液までも。
 そしてその後はまるで天地がひっくり返ったかのような目眩と不快感に立ち上がる事すら
 出来なくなっていた。 最早添い遂げるどころではなかった。
「ゴメンな、羽津姉……。 折角……」
「ううん。 気にしないで。 また、次があるよ。 だから……」
 羽津姉は相変らず申し訳無さそうな声で呟いた。

 ……妙な気分だった。 相変らず躯はぐったりとしていたが不思議と不快感は無く、
 罪悪感も後ろめたさも無かった。 それどころかどこかホッとしたような
 奇妙な安らぎの様なそんな感じすらあった。
 そしてどこか気まずい雰囲気のまま夜は更けていった。


[top] [Back][list][Next: 振り向けばそこに… ANOTHER 第13回]

振り向けばそこに… ANOTHER 第12回 inserted by FC2 system