振り向けばそこに… MAIN 第1回
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「祥ちゃん。 好きなの、あなたの事が。 幼馴染とか弟みたいな存在じゃなくって……。
 だからお願い、私の恋人になって!」
 私――姫宮 羽津季(ひめみや はづき)は意を決して今まで胸にしまっていた想いを口にした。 
 私と祥ちゃん、そして今ココには居ないが、私の妹の結季は所謂幼馴染で誰よりも気心の知れた仲だ。
 ちなみに祥ちゃんは一コ下で結季は二コ下だ。
 私は答えを待った。 自信も勝算も十分にあった。

 自分で言うのもなんだけど私は結構もてる。 学園でのミスコンに選ばれた事だってあるし、
 今まで貰ったラブレターの数も両手の指じゃ足りないくらい。
 そしてその中にはクラスの女子の人気を集めるような男の子だって居た。
 でも私の心の琴線に触れるような男の子は一人も居なかった。
 そう、私にとっての男の子は昔っからずっと祥ちゃんだけだった。

 それでもやっぱり答えを待ってる間は緊張する。 答えを待ちわびていると祥ちゃんは口を開く。
「ゴメン、羽津姉(はづねえ)の気持は嬉しいけど、けどそう言う風には考えられないんだ。
 今まで姉弟みたいに過ごしてきて、そんな今更恋人同士だなんて……」
 答えを聞いて愕然とした。 姉弟……。 自分にとってアドバンテージだと思ってた
 誰よりも親密な距離が仇になるなんて。
「ゴメン。 羽津姉の事は好きだけど、でもそれはあくまでも姉としてであって……」
 私が呆然として立ち尽くしている間も祥ちゃんは話し掛けてきた。
 顔には申し訳無さで一杯と言った感じで、今にも泣きそう。
 これじゃぁどっちが振られたんだか解かりゃしない。
「い、いいのよ。 謝らなくって。 そうか……姉、か。
 うん、じゃぁ今まで通り仲良し姉弟ってことで……ね」
 言いたい事は沢山あるし涙だって溢れそうだった。 でも出来なかった。 
今ココでまくしたてても泣いてもどうにもならない。
 そんなことしても祥ちゃんを悲しませるだけだから。 もしかしたら泣かせてしまうかもしれない。
 それにココで余計な事を口走って幼馴染と言う関係まで無くすのだけは絶対避けたかったから。

 

   ・    ・    ・    ・

「祥おにいちゃん。 お姉ちゃんが昨日からなんか様子がおかしいの。 心なしか元気なくて。
 ねぇ何か知らない?」
 昨日からお姉ちゃんの様子が何かおかしい。 一見すると普段どおりなんだけど、どこか様子が変。
 だから祥おにいちゃんに訊いてみた。
 私――姫宮結季とおねえちゃんの姉妹は、祥おにいちゃんとは幼馴染の間柄。
 だから何か知ってるかもと思って。
「羽津姉が? い、いや特に思い当たる節は……」
 そう言った祥おにいちゃんは何かを隠してるみたいだった。

「そう? ねぇ、そう言えば祥おにいちゃんも何だか昨日から……」
 私は気になって祥おにいちゃんの顔を覗き込み真っ直ぐ見つめた。
「ねぇ、本当に何も知らない?」
 何かおかしい。 そう感じたわたしは祥おにいちゃんの顔を真っ直ぐ見据えた。
 暫らくジッと見てると祥おにいちゃんは口ごもり、そして観念したように口を開いた。
「わ、解かった答えるよ。 その、言うから落ち着いて聞いてくれ。
 その、実は……羽津姉に告白された」
 其の返事を聞いてわたしはビックリした。 そして気を取り直して訊く。
「な、何て答えた……の?」
「断わった。 恋人同士にはなれないって……」
「な、なんで?! どうして?! 祥おにいちゃん、お姉ちゃんとあんなに仲良しだったじゃない……
 なのになんで」
 わたしは思わず祥おにいちゃんに喰って掛かった。
「ご、ごめん……」
「そんな言葉が訊きたいんじゃないのよ! ちゃんと答えてよ!」
「……だって、羽津ねえは俺にとってあくまでもその、姉……みたいなものだから。
 それに……その、ほかに好きなコがいるから……」
「誰? 私の知っているコ?」
 祥おにいちゃんは黙って頷いた。
「その人に告白は?」
 私が訊くと祥おにいちゃんは首を横に振った。
「しないの? お姉ちゃんの好意を袖にしてまで思ってる相手なんでしょ?」
「ああ、それは勿論……」
「じゃぁ、祥おにいちゃんもその人に告白して。 そうじゃなきゃわたし納得できない」
 その時わたしは怒っていたのかも知れない。 お姉ちゃんを振って傷つけた祥おにいちゃんに対して。
 だから祥おにいちゃんだけ告白しないで逃げるなんてことは許せなくて思わず詰め寄ってしまった。

 私に詰め寄られ祥おにいちゃんは静かに口を開く。
「分かったよ……実はその、お前なんだ結季」
「え……?」
 わたしは一瞬何を言われたか分からなかった。 だけど次の瞬間思わず声を上げた。
「こんな時に冗談なんか言わないで!」
「冗談なんかじゃない。 本当に俺はお前の事を……」
「ふざけないでよ! 美人で明るくて優しくて誰からも好かれる
 人気者のお姉ちゃんじゃなくてわたし?! そんなの信じられるわけ無いじゃない!
 だってわたしなんか暗くて、地味で、目付き悪くて、意地っ張りで素直じゃなくて……」
 そうだよ、わたしなんかお姉ちゃんに比べて可愛げも無くてつまらない女なんだよ。
 そんなわたしの言葉を遮るように祥おにいちゃんは口を開く。
「ああ……。 おまけに人一倍傷つきやすくて繊細で、その癖自分のことより人のことばっか
 気に掛けてて。 優しくて思いやりがあって、普段は突っ張ってても本当は笑うと
 とっても可愛いって事もな」
 そう言って祥おにいちゃんはそっと私の肩に手を置いた。
 祥おにいちゃん……。
 そうだった、祥おにいちゃんはいつも分かってくれてた。 他の誰も分ってくれなくても……。
 祥おにいちゃんの優しさが嬉しい。

 けど……。

 そして祥おにいちゃんは続ける。
「そんなお前が――結季が好きなんだ。 お前は俺のこと、好きか?」
「そ、そんな……それは……わ、わたしは」
 言葉が出てこない。 心臓が早鐘のように脈打ち顔が熱くなってきた。

 

「お前とキスしたい」
「……ええぇぇっっ?!!!」
 突然の祥おにいちゃんの言葉にわたしは心臓が口から飛び出るかと思った。
「俺は結季が好きだ。 だから今からキスする」
 そう言って祥おにいちゃんは私の肩に置いてた手をそっと頬に沿えて顔を近づけてきた。
「そ、そんなぁちょ、ちょっと祥お兄ちゃん。 ま、待ってよ!」
「待たない。 イヤなら、俺のこと嫌いなら振り払え。 じゃなければ引っぱたいたっていい」
 そう、祥おにいちゃんはわたしの頬に手を添えているだけ。 腕も肩も掴んでいない。
 本当に拒絶したければ幾らでも逃げれる。 でも私は動けなかった。 だってわたしは……。
 そして息が届くほどの距離に顔がきたときわたしは目を閉じた。
 やがて祥おにいちゃんの唇がわたしの唇に触れる。
 それはほんの一瞬、だけどわたしの唇に甘く柔らかな感触を残すには充分だった。
「応えてくれ。 俺のこと好きか? それとも嫌いか?」
 目を開ければ直ぐ目の前には祥おにいちゃんの顔があった。
「き、嫌い……な訳、ないじゃない。 わ、わたしだって祥おにいちゃんの事ずっと、
 ずっと大好きだったよ……けど」
 言葉が出ない。 涙が溢れ出す。
「結季……」
「来ないで!!」
 わたしは顔を手で覆い、そして祥おにいちゃんの手を振り払い走り出していた。

「そ、そんな……わたしが祥おにいちゃんと。 そんなの……」
 ずっとずっと好きだった。 だけど絶対表に、口に出すまいと誓っていた。
 遠い幼い日、お姉ちゃんもわたしと同じ様に祥おにいちゃんの事を好きなのだと知ったその日から。
 大好きなお姉ちゃん。 わたしが無いものを幾つも持っていて、でもその事を鼻に掛けたりせず
 誰にでも優しくて。 わたしが苦しい時辛い時には必ず助けてくれる。
 そんなお姉ちゃんを誰より尊敬し誇りに思っていた。
 でもわたしはそんなお姉ちゃんに助けられっぱなしで、何もしてあげられない自分の無力さが
 もどかしかった。 だからせめてお姉ちゃんの邪魔するような事だけはしたくなかった。
 そう思い自分の恋心を封印してきたのに……。

「結季!」
 振り向けばそこには祥おにいちゃんがいた。 わたしを追いかけてきてくれたのだろう、
 肩で息をしている。 そして歩み寄ってくる。
「来ないで! ……出来ないよ。 お姉ちゃんを差し置いてわたしだけ幸せになんて……」
「わ、分かった。 もう言わないよ。 だから、もう……」
 そう言って祥おにいちゃんはわたしの肩を抱いてくれた。 そしてわたしはそのまま泣き崩れてしまった。

「ごめんなさい……」
 ひとしきり祥おにいちゃんの腕の中で泣いたわたしはやっと落ち着きを少し取り戻せた。
「気にするな。 それより俺のほうこそゴメンな」
 そしてしばらくわたしと祥お兄ちゃんは黙りこくっていた。
「ねぇ、祥おにいちゃん……」
「なんだ?」
「お姉ちゃんと……付き合う気は無いの?」
 祥おにいちゃんは黙って頷いた。 そして口を開く。
「なぁ、結季……。 俺が羽津姉と付き合ったとして、それでお前は本当に満足なのか?」
 私は黙って頷く。 そう、お姉ちゃんの幸せこそが何より私にとっても幸せなんだから。
「でも、本当にそれで皆幸せになれるのか? そりゃ俺だって羽津姉のこと嫌いじゃないさ、好きさ。
 でも、それはあくまでも姉として好きなんだ。 それにもし付き合ったとして、
 プライドの高い羽津姉にとってこんな情けかけるみたいな真似、かえって失礼じゃないのか」
「うん……けれど、それでもわたしお姉ちゃんを差し置くような真似……」
「なぁ、お前が羽津姉の幸せを願ってるように、羽津姉だってお前に幸せになって欲しいはずだ。
 そうだろ?」
 祥お兄ちゃんの言葉に私は頷く。
「結季。 きっと羽津姉なら分かってくれるさ。 俺たちのこと。 だから……」
「祥おにいちゃん……」
「何時かで良いんだ。 待ってるから。 お前がその気になってくれるまで」


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