義姉 〜不義理チョコ パラレル〜 第11回
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        *        *        *
『士郎』

 殆ど眠ってないが胃袋は無事食事を受け入れてくれた。
 ――何か違う。味噌汁の出汁の事もあるが、もっとこう何か別の――雰囲気、
 いや空気が違うとしか説明できない何かが。
 どうでもいい考えを頭に巡らしながら制服に袖を通す。少し窮屈に感じる。
 春にやった健康診断以来背は測っていないが、まだ背は伸びているようだ。
「シロウ行くよ」
 呼んでもなければ遅刻間際という訳でもないのに姉ちゃんは勝手に人の部屋に入ってきて、
 人の鞄をかってに掴んで歩き出していた。
「ちょ、姉ちゃん――」
 既に階段を下りていく足音を追いかけて自分も部屋から出て行った。

 ――眠い。気を抜けば立ったまま眠れそうな眠気の中、姉ちゃんと肩を並べて歩いている。
 また違和感――今度はもう少し具体的にわかる。姉ちゃんとこんな風に歩いたのは随分昔、
 確か姉ちゃんが中学が上がるぐらいまでだ。翌年自分が中学へ入ったが、何か気恥ずかしさがあり、
 部活の朝練があるわけでもないのに出る時間をずらして行くのが当たり前になっていた。
 短いサイクルで地面を叩く音が後ろから近づいてくる――ああ、モカさんだ。
 振り向かなくてもわかる。待ち合わせをしている訳ではないが、
 大体駅までに落ち合う事になっている。
 いつもならこのまま体当たりをかますようにぶつかって来る――筈だったが、
「――おはよう」先に姉ちゃんが振り返って先に挨拶するなり足音は止んだ。
「……お、おはよう」少しの間を置いてモカさんからの返事が来た。
 眠い目を擦りつつ振り返り自分も挨拶をする。
 いつも体当たりかまされつつ抱きつかれたりしているが、こんな風に改めて挨拶したのは久しぶりだ。
 ――ああ、姉ちゃんがいるからか。そんな考えが頭に浮かんだが、
 いつもはあんまり回りの目を気にしている様子はなかったが、よく知っている人間がいるというのは
 また別なんだろ。

 また違和感――そういえばモカさんは昔から知っていたけど、
 ついこないだまで余り話したことなかった。そして姉ちゃんとモカさんが並んで歩いているのは
 よく見かけたが、三人一緒っては小学校の頃も殆どなかった。
 重い頭を体で引っ張りながら駅の改札を出て学校へと向かう。学校に行ったら机で眠ろう何も考えず。
 今日の朝一は熟睡してても何も行ってこない松木の授業だ、だから熟睡してやる。
 ただ右足、左足を交互に前に進めていると突然、襟首を掴まれた。
「あんた、ちゃんと前みなさいよ」
 ああ、赤だ。信号は赤だ。寝ぼけているオレをせせら笑うように目の前を車が横切った。
「ああ……うん」
「ホント始終見持っていてやらないとダメな子なんだから」
 生返事に対して、襟首を掴んでいた手は軽く頭を二回叩いていた。
「大丈夫大丈夫、私が――」
「ほら、行くよ」
 信号は青に変わり、モカさんが何か言おうとした時には姉ちゃんは人の肩を掴んで歩き――
 いや駆け出し始めていた。

 

 教室に入るなり田中とイノが折っている鶴が目に入った。熟睡しようという決意が
 好奇心に少しだけ負けた。
「何かあったの?」
 少なくともクラスの友達では入院したり転校したりって話は聞いたことがない。
「中学の時の友達が入院したんで」イノはこちらに向かって挨拶が終ると手元に視線を戻していた。
「暇だったら手伝って」と田中。
 返事はしない代わりに折り紙を一つとって右手で鶴を折り始める。
 自然と欠伸が漏れた。
「随分眠そうにしてんのね」
「……まあ一応」
 動揺を悟れない様に極力落ち着けつつ、右手は鶴折りつつ左手で目を擦る。
 間違っても、この歳で姉ちゃんと一緒に寝て、パンツの中に手を突っ込まれて
 一晩中抱き枕にされてたからなんていう、本当の理由を誰かに話せる訳がない。
「ああ、今日は友達の家に泊っている――そうかそうか、そういう事か……」
「へ?」
「ハイハイ、無理して墓穴掘らなくていいから。ほら、私気配りできているいい子だからね」
 田中は何かに思い当たった大きく頷きながら何かに納得していた。
「何だよ、それ?」
 重い頭を頬杖で支えつつ、右手は鶴を折り続ける。
「それより、あんた不器用な生き方しか出来無そうな性格なのに変な所で器用なタイプね」
「だから何が?」
「俺、片手で鶴折る奴なんて始めてみたんだけど」
 イノの一言でようやく理解した。片手で鶴を折る――極めてその価値を発揮する
 機会のない特技の一つ。出来るようになったなったで、あまり凄いとは感じられなくなったので
 余り意識したことはなかった。
 父さん――今の義父に教えられた方法だ。小学校の頃、担任が結婚して辞めるって時際
 千羽鶴を折ろうという話になって、家でチマチマと折っていたところ父さんがこうやると
 直ぐ折れるって教えてくれた。「涼子はいくら教えても出来ない」って父さんはぼやいていたけど。
 ――やっぱり眠い。もう一羽折ったら二人に悪いがもう寝よう。

        *        *        *
『モカ』

 四限終了。さってと、いつも通り士郎君とご飯ご飯。今朝はいちゃつけなかった分、昼にいちゃつくんだ。
 席から立った瞬間に後ろから右肩に手を置かれていた。
「――久しぶりに一緒にご飯食べようか」
「へ?」
 ……あの涼子、肩にのっかているだけの手が妙に重く感じるんですが。

 振り切る口実が浮かばないまま、結局士郎君の下へはいけず、久しぶりに涼子と昼を過ごすこととなった。
「あいつね、男の癖に滅茶苦茶神経細いのよね」今までの会話の流れを無視するように
 涼子が口を開けていた。
 あいつ――誰だろう。付き合っている人の事かな。涼子の顔は穏やかだ、
 観音様みたいな顔って表現したらいいのかな。そう思いながら黙って涼子の話に耳を傾ける。
「受験の時なんか十円ハゲ作ったりして、あいつ三十まで髪の毛持たないと思った」
 この話前に聞いたことある。士郎君のだ。
 ようやく今の涼子の顔を何と表現したらいいかわかった、お姉さんの顔なんだ。
「前々からアレだアレだって思ったけど、最近ハッキリした。あいつの事ちゃんと理解して、
 守ってやれる人間必要なんだって」
 こういうのを私に話すって事は――女将が若女将にこの店は任せたとかいうアレかな?
 応援しますよってことでOK?


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