義姉 〜不義理チョコ パラレル〜 第19回
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『モカ』

 考え過ぎ――の筈。
 今頭の中で転がっている問題は三つ。
 一つは涼子が私達の事を何も言ってこないこと。あの時の「私のもの勝手に取るな」と
 言わんばかりの視線を向けていた事実はなかったかの様に全く触れて来ない。
 ここまで何も言われないと返って奇妙過ぎる。単に一晩寝たら落ち着いたから
 我関せずって態度とっているだけかもしれない。
 これは別にどうでもいいと思う。今頭の中を占有している問題はここから。
 士郎君があの子と仲がいい事。前から学校内でよく一緒に歩いていたりはして、
 遠めにいい雰囲気って感じはしてた。
 でも、私と付き合う少し前から彼女と一緒にいるのを見かけなくなっていた。
 そこから、ふられたって話を聞いた時彼女の事だと思っていた。
 そして最近その彼女との関係がビミョーって言うか妙な勘繰りいれたくなる感じがしてくる。
 士郎君の私への応対を見る限り本当に彼女とは仲のいいだけの友達――の筈。
 そして最後に――彼女が私の後ろに立った時の気配。今日の学校の下り階段の前、
 そして帰りの駅のホーム。その時殺気というか何と言うかネガティブな気配を感じた。
 そして場所は後ろから突き落とせば冗談に済まない場所。階段はもちろん、駅のホームなら
 タイミングによっては――いや、同じ学校行っているんだし後ろに立つなんて偶然でも
 十分過ぎる程考えれる。
 元カレとヨリを戻そうかどうか考えていたところ、元カレはさっさと別の女みつけたんで、
 元カレに対しては友人として踏ん切りをつけようとしているが、
 現カノジョが目に入ると何をするわけでもないがやっぱり妬ましい気持ちが出てくるって所だろう――
 そう頭の中で強引に決着を付けた。

 嫌な考えヤメヤメ。士郎君と電話でもして忘れよう――と思った矢先に猫の鳴き声がした。
 窓の外に目をやれば一匹の白猫がいた。赤い首輪がついている、飼い猫だ。
 暗闇の中、窓からの光に照らされた白い体に、猫の特徴とも言える目が輝いていた。
 しばらく窓越しに見つめあった後、窓を開き手を差し出していた。
「ほーら、おいでおいで」
 白猫は逃げはしないが、手に近づいても来ない。ただこちらを見ているだけ。
 愛想悪い子だな。何かエサないとダメかな。
「ちょっと待っててね」
 待つかどうかはわからないが、とりあえず声はかけておいた。

 数分足らずの間だったが白猫は行った言葉律儀に守ってくれたのか、それとも別にやることが
 なかっただけなのか待っていてくれた。
「かもーん」
 白猫の目の前で煮干ちらつかせると、警戒しながらもゆっくりと近づいて煮干を咀嚼し始めた。
 煮干がなくなった後、まだ少しでもその味を堪能したいのか私の指先を猫独特のざらついた舌で
 舐めてくる。

 フム、何か食べ物で――これは使える!

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『智子』

 鏡の前でミカが私の髪を念入りに梳かしてくれている。
「ごめん、急に泊りたいなんて言ったりして……」
 私の両親は帰りがいつも遅い。帰って来ない日だって珍しくない。
 お互い自分の仕事の世界だけで生きている人間。
 今にして思えば結婚して私が生まれてきたのが不思議なぐらいの。
 放任主義を通り越して無関心に近い親については物心ついて以来そうだったので別に今更
 何か言おうとは思わない。
 おばあちゃんが私の育ての親だったから、でもそのおばあちゃんは去年亡くなった。
 家に帰れば私は独りになる。そして独りでいると変な事考えそうになるから――士郎の事、
 あの人の事――
「ううん、別にいいよ」
 鏡に見えるミカは何事も無いかのように笑っている。
 私の心の奥底の黒いものに気づいていないから笑っていられるのかな――
 いやミカはいつだって笑っていた――どうしたらこんな風に笑っていられるんだろう。

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『士郎』

 モカさんからメールが来た。件名及び本文に「にゃー」の一言。
 どう返信していいか全くわからない。電話をかけようかどうかしばらく迷った挙句メールで
「にゃー」と返した。

「お風呂空いたよ」
 後ろから頭を軽く叩かれて、ようやく姉が風呂から上がった事に気がついた。
「あ、うん、わかった」
 そう返事してから振り返ればタオルで髪を拭いている姉ちゃんがいた。
 綺麗だ――心が自然に呟いていた。
 しっとりと潤いを含んだ黒い髪、それから目を離すことができない。
 こちらの視線に気づいたのか何故か姉ちゃんが笑っていた。あわてて視線をそらした。
「すぐ入るから」
 逃げる様に風呂場へと向かっていた。

 ついこの間まで全く意識していなかったそれがある。昔はよくクロノキが占有していた洗濯籠――
 の中のもの、女物の下着。今家には二人しかいない。当然誰のものかもわかっている。
 しかし何故か視線が行ってしまう。
「そういう関係はもう終ったんだ」そう自分に小さな声で言い聞かせた。

 風呂上りに携帯を見ればメールが来ていた。今度は「にゃにゃー」の一言だった、
 ――どう解釈すればいいんだろう。よくわからないから「にゃん」と返信した。
 リビングは既に暗くなっていた。姉ちゃんは自分でスキンシップが足りないとか言ってた癖に
 さっさと自分の部屋に帰ったんだろう。
 俺も寝よ。そう思い自分の部屋へ向かっていた。

 部屋に入ると部屋を暗くし、布団へ潜りこもうとしたら姉ちゃんの体に足をぶつけた。
「姉ちゃん、ごめん」
 慌てて足を引っ込めながら姉ちゃんに謝る。
 姉ちゃん?
 薄暗い部屋の中をベッドの中から見回す。ポスター、本棚、その他色々あるがオレの部屋に間違いない。
「ね、姉ちゃん?」確認するかのように声をかけていた。
「なに?」
 やはりそこに姉ちゃんが居た。
「ここオレのベッド……」
 何か別に言うことあった様な気がするがそれ以外言葉がなかった。
「あんた、怖くて寝れない時、いつも私の部屋来たでしょ? だから今日は私から来たの」
 今別に怖くないし――いや、そもそも最後にそんなことしたの随分昔だし――じゃなくて――
「え、と……別に怖くないから……」
「言ったでしょ――スキンシップ」
 いや、普通の姉弟でもこの歳になると一緒に寝ないと思う――多分。
「髪の毛触っていいよ?」
 どうしたらいいかわからなくなったので姉に対して背を向けて寝ようとしたところ、その言葉が出ていた。
「あ、うん――」
 寝返りをうって姉ちゃんとなるべく視線を会わないようにしながら、警戒している猫が
 エサをとりにいくように恐る恐る手を伸ばしていた。
 そっと指先に絡める。柔らかい、それでいて弾力がある、記憶の中にあるそれよりいい感触だった。
 そうこうしているうちに理性が押さえつけている男としての本能がムクムクと起きかけている。
 知っている。今目の前にあるのは女の体だ、男が求めてやまない快楽を与えてくれる体だということを。
「もういいの?」
「――うん」
 よくない事を考え始めたのでそこから逃れるために、髪から手を離し姉に背を向けていた。
 しかし背を向けたからといって今同じ布団の中にいる存在が夢幻の如く消える訳ではない。
 むしろ返って意識してしまう。現に後ろの息遣いがはっきりと聞こえている。
「そっか――」
 溜息にも似た声の後、手足が伸びてきていた。両腕でしっかり掴まれ、足でも掴まれている――
 まるで抱き枕だ。
 今背中に感触がある。もし体の中の神経を移動できるなら今間違いなく七割はそこに行っている。
 背中に当たる柔らかい布地の下のまた別種の柔らかさをもった存在を味わいたいと。
「さっきあんたがしたい事したから、今度は私の番」
 スキンシップ――心の中で呪詛の様に呟く。


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