義姉 〜不義理チョコ パラレル〜 第4回
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 中々慣れない土地。中々抜けない他所の土地の訛り。中々出来ない友達。
 子供達のいじめの対象となるには十分な条件だった。
 そして姉はある日その現場を目撃した。第三者から見てもはっきりと分る形、リンチで。
 姉はその場にいた者を片っ端からのした――弟もその例外なく。
 その場で弟に対しては説教しながら叩いていた。一通り説教が終った後無言で乱暴に頭を撫でた。

 次の休みの日に近所の子供達の輪の中に姉は弟を無理矢理蹴り入れて放り込んだ。
 不器用ながらも輪に馴染みはじめた弟を眺めると姉はさっさと帰って行った。

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『士郎』

 ――三十分経過。
 モカさんとの約束の待ち合わせ時間を過ぎてもまだ現れない。
 確か駅の南口の広場と言っていたが、ひょっとしたら聞き間違えたのかもしれないと思い
 一旦北口も見てきたがいなかった。
 一度電話かけた方がいいかと思い携帯を開きメモリを呼び出したところで重大な点に気づいた。
 ――オレ、モカさんの番号もメアドも知らないじゃん。
 会うときは大抵姉ちゃんと一緒だったから全く意識してなかった。
 一旦姉ちゃんに電話入れて番号聞いて――いや、そんな事したら何か凄い勘違いされそうで怖い。
 何処で何するか根掘り葉掘り聞かれた後、その後にあること無いこと吹聴されたりして。

「とぉー!」
 困って辺りを見回していたら背中から誰かに体当たりくらわされた。
「ごっめーん。待った?」
 後ろにいたのはモカさんだった。遅れたことに何ら悪びれることなく笑っている。
「……ええ、物凄く」
「ダメだなー。こういう時は『今来たとこだよ』って言わなきゃ」
 ――そんな事言うと物凄くカップルっぽい。

「あれ、男連れ?」
 途中でばったり呼び止められた。オレの知り合いではないがモカさんの知り合いらしかった。
「ふっふー、どうかな、どうかな。ちなみに涼子の弟だから」意味ありげに笑って見せていた。
 相変わらず人の頭を撫でる。モカさんってこういうのが好きなのか?
 オレは子ども扱いされているようであまり好きではない。
「ふーん。あ、人待たせているから、じゃあね智香」そういってさっさと彼女はさっていった。
 モカさんの本名って智香だったのか――あいつの下の名前は智子だったよな……
 ――何考えているんだろうオレ。

「士郎君、どうかした?」
「……いや何でもないですよ」
 自分の頭が無意識に下がっていたので持ち上げた。
 そして偶然、少し離れた喫茶店の中で見知った少女を捕らえた――三沢智子、オレが好きだった子。
 こちら側には背中しか見えなかったがわかる。ずっと一緒にいたから。よくわかるから。
 しばらく固まっていると、智子の隣に座っていた女の子がこちらを指差し、
 あいつもこちらに気づいたらしく振り返った。
 見ないでくれ。付き合っている訳でも何でもないのに別の女の人といるだけなのに罪悪感を感じる。
 薄れ掛けていた心の傷がまた開きそうだった。
「士郎君、早く行こ」
 気がついた時にはモカさんに手を強引に引っ張られていた。

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『洋子』

「そしてね、今度は二人きりで行こうって話しになったんだけど、見事台風が直撃して――」
「……トモ、それもう三度目なんだけど」
 三度目というのは今まで三度言った話というものではない。今日この喫茶店に入ってからで三度目だ。
 話したいことがあるからってミカ共々来て見れば、これだ。
 延々と彼との思い出語り。下手すれば只の惚気話のようでもあるがちょっと違う。
 告白されたはいいがまごまごしている間に返事が段々しづらくなって、
 ついでに別の女の人と仲良くしていた――まあそのぐらい。
 ミカは少し困った顔で目線でそろそろ何とかして欲しいと促していた。
 ――うん、こっちも愚痴聞くの飽きたから切り上げにかかる。
「あんただって世間話ぐらいする男友達なんていくらでもいるでしょ、気にしすぎだって」
「私あんまりいない……」
 ――ミカ、あんたは少し黙ってて。
「だって私の知らない人だよ……」
 好きになった相手のことは一から十まで知ってなきゃダメってタイプだったの、トモ。
 溜息を吐いた後視線を一旦外に向ける――タイミングよくトモの意中の人がいた。
 そしてタイミング悪く女連れで。
「どうせ部活とか委員会とかの先輩でしょ? 気にしすぎだって」
「あいつ、そんなの入ってないし――」
 ヤバ、かなりネガティブ思考に入っているよ。
 間違っても今あなた後ろの方を歩いているなんて言える状況ではない。
「――私のこと避けているし……」
「どうせ向こうも恥ずかしがっているだけだって、首根っこ捕まえてでも
 ちゃちゃっと返事しちゃってバカップルでも何でもなりなさいよ」
 何とか話の方向を戻すべく奮闘する。何かの間違いで後ろを振り返らないことを祈りながら。
「ねえ、トモちゃんがさっきから言ってる人って確かあの人だよね?」
 ミカはトモの後ろを指差していた。
 ――ミカ、あんたはどうして気がつかなくていいときに気がつくの!
 頭が痛い。
 トモが慌てて振り向き、二人の視線を交差して固まる。
 意中の彼は一緒にいた女性に強引に引っ張られるようにして人ごみの中へ消えていった。
 ――少しヤバイ展開かもしれない。
 意中の彼が去ってしばらくしてもトモはまだ固まっている。
「ねえ……誰なのよ……」うわ言の様に口を開いている。
「ほ、ほら、お姉さんとかそういうのかもよ?」
 ちょっと自分で言ってて苦しすぎる気がした。

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『智子』

「うんうんうんうん! そうだ!」
 馬鹿みたいに自分の首を縦に大きく何度も振る。
「士郎にお姉さんいるって言ってたし」
 すっかり忘れていたけど昔一度だけお姉さんだって言って、遠くからあの人の方指差したことあるし!
「でも、あんまり似て、いっ――!」
 何故か口を開きかけていたミカが悶えていた。
 そんな事どうでもいい。私凄い勘違いしてたんだ。
「ゴメン、私今すぐ追いかけてくるから」
 そう口に出した時には既に走り始めていた。

 ――見つかんない。
 息は切れどれだけ走ったか忘れた。
 本当に私タイミング悪すぎ。昔読んだ不運なすれ違いばかりする少女漫画のヒロインみたい。
 何故か視界の隅にラブホテルの看板が入った。
 いや、まさかね。お姉さん相手なんだから関係ない場所だよね。

 

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『涼子』

 シロウはもう放っておいても大丈夫だろう。
 後は勝手に時間が心にこびりついたモノを落としていくだろう。
 ついでだから私も心に深く根をはりこびりついたモノを落とすにはいい機会かもしれない。
 そう思い外に出かけていた。

 潮風の匂いのする海と美術館に隣接した公園。
 休日のせいもあってかカップルの数は決して少なくない――
 きっと私も昔は周りからはあんな風に写っていたのだろう。
 今でも残っている数少ないあいつの思い出の品。表側に猫、裏側は削られた銀色のコイン。
 お守りの様に懐に忍ばせておけば落ち着く。そして時々苛立ちと不快感の温床にもなるもの。
 ――裏は削ってるから絶対出ないコイン。
 コイントスで決める時使うと投げようと決めた時には答えはもう決まってるんだよ。
 とてもじゃないけど真面目に聞いていられないような臭い台詞。
 ここは初めてデートの場所。思い出捨てるには十分すぎる出来た場所だ。
 海にコインを投げ捨て――れない。
 何度目だっけ、同じことやろうとして失敗したの。
 結局しまいこんだ。

 ――未練たらしい。

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『モカ』

 さっき士郎君が見てた女の子――たしかいつも士郎君と一緒にいた、三沢さんだったかな?
 たしか振られた相手については聞いてなかった。あの子かな?
 あの子とはいい感じっぽい気はしたけどココ最近一緒にいないって事はそういうことかな。
 それなら心配しちゃって少し損した。
「あの、モカさん……」
「んー、何?」
 少し恥ずかしそうにこちらの手を見てる。
 やっぱり可愛いなこういう表情。
「ああ、ごめんごめん」

 

 正直映画の内容はどうでも良かった。
 でも映画館の中ではちょっと手が触れただけでビックリしてたみたい。
 その表情見れただけでも十分収穫だ。
 やっぱりホラーにしたら良かったかな。キャーって抱きつかれるの――あれ、普通逆?
「さて、もう一遊びしよ」
 映画が終った後にゲーセンやらをハシゴしている。なんか連れ回していると楽しいな。
「いや、そろそろ帰って飯作らないと姉ちゃんに怒られるから……」
「むー……じゃあね」
 二人が学校とかじゃ殆ど話しているの見た事ないけど、ひょっとしたらお姉さんっ子かな?
 まあ、他に意中の子とかいそうにないから慌てず、
 しばらく思わせぶりな態度を取り続ける年上の人として遊ぼうかな。
 戸惑ってる士郎君見てて面白いし。
 あ――涼子が苛めたがる理由がよくわかった。

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『士郎』

 家に帰って来てみると、姉ちゃんは何か苛立っていた。
 理由はわからないが、こういう時は自分からは下手に話しかけない事に決めている。
 そのまま会話らしい会話はないまま夕食を終えた。

「シロウ、お風呂空いたから」
 振り返るとバスタオルを巻いただけの姉ちゃんがいた。
 見慣れているはずなのにドキリとする。
「……うん、わかった」
 なんか最近おかしいのかな、オレ――

 自分の部屋で紙くずをゴミ箱目掛けて放り投げるが外した。
 しかたないので立って紙くずを拾い上げゴミ箱に入れようとした時に気がついた。
 ゴミ箱の中で見覚えの無い薄いゴム製の袋を発見した。
「なんだよ、これ?」
 いや、これが何であるか、何のためのものかは知っている。
 コンドーム――避妊または性病予防の為に用いられる。
 でも何でそれがオレの部屋のゴミ箱の中にあるのか、それも使用済み――
 自分はこんなものもっていない筈。使用した覚えがない筈。
 でも、たった一つだけ思い当たる節がある。
 ――あんたゴムは?。
 歯がガチガチと音を立て震えていた。


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