義姉 〜不義理チョコ パラレル〜 第2回
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 二人が初めてあった時、突如現れた歳の近い異性を無条件で姉弟と認めるには早すぎもあり、
 少し遅すぎもあった。
 新しい親については何とかやっていけるかとは思っていた。
 相手は大人だ、そう心の中で割り切ることによって。大人と子供、無意識下で住み分けることによって。
 しかし姉弟としてはそうではなかった。歳も殆ど変わらなければ背も殆ど同じ。
 同じ空間を共有し割り切ることも住み分けることもできなかった。
 当然の如く一緒に暮らし始めて間もなく初めてのケンカをした。お互い人生初めての姉弟ゲンカだった。
 決着はあまりにも簡単についた。一つしか違わないとは言え女の子が男の子に馬乗りになって、
 ほぼ一方的なタコ殴り。
 皮肉にもこれがお互いの力関係、立場を明確にした。
 男の子は半ば畏怖をこめて女の子を姉と、女の子は下僕として男の子を弟と――
 不器用だが、お互いを姉弟として認めた日だった。

 

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『士郎』

 さっきから狂ったように台所で水を飲み続けている。
 胃のムカつきを流す為。何か現実から目を引き剥がす為。
 時計は四時前を示していた。もちろん普段起きているような時間ではない。
 起きても二度寝をするような時間だ。
 でも出来ない。何故だかよくわからないがオレのベッドに姉ちゃんがいる――多分裸で。
 さすがにもう水は飲めなくなってきていた。むしろ吐きそうな気がしてきた。
 落ち着け自分、もう一度よく思い出そう。
 部屋で泣いてたら姉ちゃんが帰って来て、酒持ってきて、それ飲んでてなんか喋ってて、
 ズボンズリ下ろされて――ヤバイ、ヤバイかもしんないオレ。
 なんかその後姉ちゃんが一発ぶん殴った後部屋出て行った――
 そうだ、うんそれでその後オレ寝たんだ。
 ズボン下ろされたりしたのはアレだが酒入ってる状態ならギリギリセーフ、
 性質の悪い悪戯ですむレベルだ――多分。

 じゃあ、なんで姉ちゃんがオレのベッドで寝てたんだ?

 ――うん、そうだ性質の悪い悪戯だ。
 起きたら腹に枕でも仕込んでいて責任とれとか何とか言うつもりだ、きっと。
 そう考えると精神的には少し落ち着いてきた――かといって二日酔いが抜ける訳ではなかった。
「……胃薬どこだったかな」

 結局二度寝するには目が冴え過ぎたので、この間借りてきていたビデオを見ていた。
「――おはよう」姉ちゃんの声がした。
 何故だか知らないが体がビクッと跳ねた。
「お、おはよう」何でオレは怯えているんだ、アレは悪戯の筈なのに。
「……あんた昨日の事覚えている?」
「や、し、知らないけど」
 落ち着け自分、大体の事は想像つくはずなのに。
「ふーん、そう……。 じゃあもう一度言うけど、ふられた事なんてさっさと忘れなさい」
「へ? あ、うん、わかった……」
 想像を二週半して余りにも普通のアドバイスだった。
 そうだ、オレは昨日ふられたんだった――
 姉ちゃんはいかにも気だるそうに体を動かしていた。
 目を合わせるのが怖くなってテレビに視線を戻した。しばらくしてシャワーを浴びる音がしていた。

 

 いつもより随分早く家を出ていた。
 同じ学校に行っているからって元々姉ちゃんと肩並べて学校行っているわけじゃない。
 いつもの時間に家を出なかったのには別の理由がある。
 三沢の奴と顔会わせたくないから――
 朝電車の中で会わないからって学校に行けば、教室に行けば嫌でも顔を会わせなきゃいけない。
 辛い――
 苦しい――
 失恋の苦しみと二日酔いの苦しみが二重に体を襲う。
 忘れろって言われても、簡単に忘れられない。
「士郎君、調子悪そうだけど大丈夫?」
 駅のホームでレールを延々と眺めていたら声をかけられた。
 姉ちゃんの友達、モカさん――ずっとそう呼ばれているので本名は知らない。
「いや、ちょっと調子悪いだけですよ」
 原因は半分が二日酔い、半分は失恋で。
「そう? 辛いなら無理せず休んだほうがいいよ」優しい声がした。
「……ありがとうございます」
 モカさんは別にオレがふられたことなんて知らない、ただ親切心だけで言ってくれている。
 今、誰かに優しい言葉をかけられるのは心地よかった。少しだけ泣きそうだった。

 

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『涼子』

 少しヤッバイかな。酔った勢いとはいえ弟襲うなんて。
 昨日ゴム買って帰って来たらグースカとイビキかいてたから一発蹴りいれて叩き起こした後
 しっかり一発やったなんて。
 今朝のあの感じからして多分覚えている気がする。
 でも士郎は知らないふりをしていた。ならば私のするべき態度は決まっている。
 いつも通りに接しいつも通りに話す。あれは夢みたいなもの、ひと夏の思い出とかそんなもの、
 それっきりの関係。

「ねえ、涼子、新しいカレって誰?」
 朝の教室でモカは興味津々で尋ねてくる。
 そういえば昨日コンビニ行ったときちょうどモカがいたんだった……
「カレとかそういうんじゃなくて……うん、あれ、酒の勢いでその気もないのにうっかりって言うか……」
「今度こそちゃんと付き合った方がいいよ。涼子っていつも長続きしないじゃん……
 あのさ、言いたくないんだけど、まだあの――」
 幼馴染というのはこれだから嫌だ。相手のことを知りすぎている、わかりすぎている。
「――モカ、それ以上言ったらぶっとばすよ。あの事はふっきった、忘れたの!」
「……ごめん」
 二年も前だというのに忘れていない、ふっきれていない。だから声を荒げる。
 あいつと一緒にとった写真、あいつから貰ったもの、忘れる為に全部処分したっていうのに。
 ――ううん、まだ少し残っている。未練がましい。
 シロウには散々忘れろって言っておきながら自分は――

「そういえば士郎君――」モカが思い出したように口を開いていた。
 私の体がピクッと跳ねた。
 ヤバイ、ばれているかもしれない。やっぱ不味い、弟襲っちゃうなんて。
「今朝会った時調子悪そうだったんだけど何かあったの?」
「あー……あいつ昨日告白してふられたらしいから」
 落ち着け私。いや、今は弟の問題じゃない、シロウの問題だ、シロウの。

 

        *        *        *
『モカ』

 私の知る限り涼子とは一人を除いて一ヶ月以上付き合っていた男を知らない。
 別に男遊びが過ぎるとかそういうものじゃない。そんないい加減なつもりで付き合うような子じゃない。
 ――でも、無理やり忘れようとして付き合っている気がする。
 忘れたふりしていつも無理してる。見ている方が痛々しくなってくる。
 どうにかしてあげたくてもどうにもならない――もういない人だから。

「どうしたものかな」
 私一人悩んでたってどうにもならないのはわかっている。
 柔らかい秋の陽光が中庭を照らしている。そこでベンチで座っている一人の男の子を見つけた。

 士郎君は一人グビグビとお茶を飲んだ後、大きく溜息を吐いていた。
「士郎君、隣いい?」
「へ? ああ、いいですけど」
 今朝と比べると随分顔色はいいけどまだまだって感じ。
 ついこないだ、失恋した相手にそういう事聞くのって結構失礼かな、でも知っておきたい。
「んーと……昨日の夜、誰か涼子に遊びに来ていた?」
 なるべく傷ついた心を刺激しないように言葉を選んでいた。
「昨日はさっさと寝ちゃったんであんまり覚えてないないですけど、多分誰も来てませんよ」
 家には来ていない――か。じゃあ近くの家の誰かかな。
 士郎君ってあの事知っているのかな。涼子っていつも強がって自分の弱いところ見せたがらないから、
 多分話してないんだろうな。
 それに家族だからって気楽に話せるような話ではない。それに勝手に言ったらきっと涼子は怒る。

「あ、そうそう。朝辛そうだったけど、もう大丈夫?」
 涼子の話はこの辺にしておこう、そう思い話題を切り替えた。
「半分のうちの八割はなんとかなったかなって感じ……かな」
 士郎君は鼻先をかきながら上を見上げていた。そんな顔見ていると少し可愛いかなって思えてくる。
「よしよし。辛いときは胸に溜め込まず吐き出しちゃいなさいよ。
 私でよかったらいくらでも相談にのってあげるから」
 なんとなく頭を撫でてみたくなったから、お姉さんぶって撫でてみる。
「ちょっとやめてくれません……」
 恥ずかしがっている、恥ずかしがっている。そんな顔が少し面白い。
 私も可愛い弟欲しかったかな。

 

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『智子』

 きょう士郎はずっと授業が終るとすぐさま教室を出て行き、
 授業開始直前にならないと教室に戻ってこない。
 あいつの席は一番後ろのドア側、私の席はその対角線上。すぐ逃げられる距離。
 うまく話せるタイミングが見つからない。
 ……なんか避けられている。
 なんかというより確実に避けられている。勘違いされている。ちゃんと言いたいのに。
 朝は正面きって向いてたのに、私が言おうとして口が回らない時にそそくさと逃げ出した。
 それから今日はずっとチャンスを逃しっぱなしだ。
 本当は両思いなのに……
 大丈夫。まだまだチャンスはある! 士郎だって言えたんだから私だって言える!

 

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『士郎』

 結局今日は一度も三沢と話すことが出来なかった。むしろ自分から逃げていた。
 どんな顔してどんな話をしていいのかわからなかった。
 独りきりの部屋でベッドに横になっていると、あいつと一緒に話して、遊んだ事ばかり思い出す。
 こんな事なら言わなきゃよかった。
「あんた、また泣いている?」
 いつの間にか姉ちゃんが帰って来ていた。
「――泣いてないよ」
 でも泣きそうだった。
「姉ちゃん、オレやっぱり忘れられない。学校行けば嫌でも顔あわせなきゃいけないし……
 あいつのこと、頭から離れなくて……」
 頭の上に姉ちゃんの手が置かれた。何故かその手がとても暖かく感じられる。
「あんたの頭の上に何がある?」
「姉ちゃんの手……」
 だから何だって言うんだ。
「忘れられないなら私の手の事でも晩御飯のおかずの事でも何でもいいから別の事考えてなさい。
 そのうち――少しはマシになるから」
「……姉ちゃん、優しいけどなんかあったの?」
「なにいってんの? 私が優しいのは昔からだって」
「そんな事ないって」
 少し笑えた。
「――辛いからって自殺なんかしないでよ」
「いくらなんでもしないって」
 でも辛いのは事実だ。


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