第12話 『強襲』
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 ……ピーンポ−ン
 ガチャッ
「はい」
「栞、元気だったかい?」
「ジェンティーレさん!?」
「ああ、久しぶりだね」
「先月海水浴場で会ったばかりだけど」
「そうだったね」
「確かあなたが熱中症で倒れてた日に」
「そうだったね……」
「それで、何かあったのかい?」
「いや、何も無いよ。ここに来たのも大した用事じゃあない」
「………………」
「何か……変な事を言ったかい?」
「嘘だ」
「嘘……?」
「良くはわからないけれど、私にはジェンティーレさんが思いつめているように見える」
「それは……」
「もし良かったら聞かせて。ジェンティーレさんには半年前に私を助けてくれた、
少しでも恩を返したい」
「………………」
「駄目……かな?」
「まいった、友美だけじゃなく君にまで見抜かれるなんてね。年はとりたくないよ……」
「年って……」
「栞に頼みがあるんだ」
「頼み?」
「うん、これを勇気君に渡しておいてほしいんだ」
「これは……鎧?」
「霊石を削りだして作られた物だ。霊力や魔力を使った技も防げるし、
本来物体としての体を持たない幽霊の類ともある程度は戦えるようになる」
「そんな凄そうな物を勇気に?」
「うん……たぶん、必要になるからね」
「でも、それならジェンティーレさんが渡せば良いのに」
「私は勇気君とは面識が無いからね、そんな凄そうな物を渡せないよ」
「凄そうな物って……価値がわからないのか?」
「そうだね……昔の物だし……私が産まれる前からお爺様が持っていた物らしいけど……
ちょっと私にはわからない」
「良いのかな……」
「良いんだよ、私よりも勇気君が持っていた方が役に立つ。私にはわかるんだ」
「そうか……わかった、必ず渡しておく」
「ありがとう。それじゃあ私はもう行くとするよ」
「本当に、これだけなのか……」
「うん、これだけ」
「そうか……なら、良いんだ」
「それじゃあ、さよなら……」
「あのっ!ジェンティーレさん」
「うん?」
「明日ケーキを焼く予定なんだ。これでもちゃんと修行はしてるし、自分でも上達したと思ってる。
それで、もし良かったら友美も連れて……そうだ、不撓の奴も勇気も呼びつけよう。
あいつには紅茶でも淹れさせて、面識が無いのなら会えば良いと思うんだ、
勇気はぶっきらぼうだけど悪い奴じゃない。
それで……」
「わかった、その時は是非呼んでほしい」
「うん……」
「私はもう行くよ、そろそろ不屈が不機嫌になるからね」
「うん……」

 

「さて……当たってほしくない予知は今までたくさんあったけど、
今回のだけは本当に外れてほしい。
しかし、何故か私の予知は外れてほしい時ばかり的中する。なんでなんだろうな……
いや……信じよう、私が死んだりするものか」

 

不撓家の食卓 第13話『半分』

 

「喝っ!!!」
全身にくまなく衝撃が走り、俺の意識は急激にその機能を取り戻していった……
「ここは……?」
「不撓さんっ!大丈夫ですかっ!!」
頭がガンガンする……
寝起きに耳元で大声を出されれば誰だってこうなる。
「天野か……悪いんだがもう少し控えめに喋ってくれ。頭に響く……」
「ごっ、ごめんなさい……」
全身はまだ重い……だが動けない程ではない。
俺はなんとか首を動かして周りを確認した。
ここはどうやら『Phantom Evil Spirits』らしい。
そして心配そうに俺を覗き込む天野と、英知、魔剣王、背後に兄貴、
そしておそらく初対面の……何故か巫女服の少女。
「勇気、まだあまり動くな。呪いの影響はまだ残っている」
「呪い……?」
「石化の呪い……の、劣化コピーだな。身体が重くなったり関節が硬くなったりはしていないか?」
「ああ……」
兄貴からそう言われて、俺はようやく意識を失う直前までの記憶を取り戻した。
「そうだ、大槻は?」
「「「「「………………」」」」」
……全員が全員とも苦虫でも噛み潰したかのような顔になった。
誰も何も言わない、だがそれでもう十分だった。
「まだ……見つかってないんだな?」
「すまん……」
「謝るなよ兄貴。傍に居ながら守れなかったのは俺だ」
「それを言うならボクと天野さんだって意識を失ったキミを見て気が動転してた。
もう少し冷静だったら別の結果もありえたのにね」
そう言う巫女服の少女の表情がさらに歪む。
責任を感じているのか、悔しがっているのか、どちらにせよ敵ではなさそうだ。
「不撓さん、本当にすみません……」
その言葉に釣られてか、天野まで頭を下げ始めた。
「天野も謝るな、隣町に居たんだからしょうがないだろ」
「そうですとも、私などは大槻様が危険である事を知りながら何の手も打ちませんでした。
兄上達や天野様だけの責任ではありません」
「英知もだ、今は責任の追及をしている場合じゃない」
「そうね……私もフクツから留守を頼まれたのに、人生ゲームに夢中になって
ヨウコに注意を払わなかったわ」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「「「「………………」」」」
俺を含む全員の冷たい視線が魔剣王に刺さっていた。
「……なんで私だけなんのフォローも無いの」
「魔剣王さん、いくらなんでもそれはちょっと……」
「フォローする気が起きねぇな」
「相変わらず良い御身分だな、魔剣王よ」
「まあ魔剣王だし、仕方ないんじゃない」
ちなみに上から天野、俺、兄貴、巫女服の少女だ。
「ちょっと何よそれ。特にシノブ、私だから仕方ないって何よ私だからって」
「だいたい不撓先生も悪いよ、魔剣王が『留守』だとか『守る』だとかに
果てしなく向かない事ぐらい知ってるよね」
「ちょっとフクツのせいにしないでよね。私が悪い、私が悪かった、私が悪うございましたよ」
「魔剣王、謝るならもう少し誠意って物を……」
「やめんかっ!!」
……兄貴の一喝で場は一瞬にして静まりかえった。
「静忍も魔剣王も、今はくだらん事で口論している場合ではないだろう」
「「……ごめんなさい」」
兄貴の言う通り、確かに今は余計な事に時間を割いていられるほど暇じゃない。
今は一刻も早く大槻を見つける方が大事だ。
「天野、一応聞くが占星術で大槻の居場所はわかったりしないのか?」
「何度か試しましたが……すいません、無理でした」
「そっか……」
やっぱりな、もしそれが可能なら今までやらなかった理由が無い。
「大槻さんが殺されたとは思えません、だからたぶん世界から遮断してるか
魔界や天上界に連れて行かれたかのどちらかだと思います」
「ちなみに魔界への扉が開いた形跡は無かったわ。天上界の事は私にも調べようがないけど、
ムカつく位に静観主義の天使達が動いたとは考えにくいわね」
「魔剣王が気がつかなかったって線も捨て切れないけどね」
「シノブ、あなた私をバカにしてるの?」
「うん」
「良い度胸ね、どうなるかわかっているんでしょうね……」
「やめんか、時間が惜しいと言っただろう。静忍も魔剣王を挑発するな」
……やれやれ、大槻を探し出すまで時間が掛かりそうだな。
「勇気の兄上、今私と不屈の兄上で感知結界を張っています。
とは言え、まだ何の手がかりも掴めていないのですが……」
「英知、感知結界ってのは何なんだ?」
「非常線の様な物だと考えてください。この町の外周に線を引き、
その線の上を大槻様が通れば発見できます」
「なら奴らはまだこの町に居るって事か?」
「それはわかりません、一人前の陰陽師なら誰でも使える方術ですから抜け方も複数存在します。
それに張ったタイミングも少し遅くなりましたから、
張る前に外に逃げた可能性も十二分にあります」
「そっか……」
とは言え、まだこの町の中に居る可能性も0じゃない。
それなら……
「兄貴、可能性は一つづつ潰していこう。俺は町の中を探してみる」
とにかくじっとはしてられない、俺は両足に力を込め……
「やめておけ」
……兄貴に止められるまでもなく、俺の両足に力は入らなかった。
「解呪が完全に終わるまでは満足に動けん、そんな状態では足手まといになるだけだ」
兄貴の言うように全身が長時間正座していた時の様にしびれ、
動かそうにも動いてくれそうになかった。
「まだ時間がかかりそうなのか?」
「私と不屈の兄上、それと天野様の三人がかりで解呪を行っています。
多少複雑ですが後……1時間もすれば終わると思います」
「そっか、すまん」
「安心しろ、元より俺はこっち方面が専門分野だ。死なない限りは必ず治す」
流石兄貴、凄い自信だ。
しかし一時間か……そんなにじっとしてられるのか?俺は。
「だけどこんな事してる間に逃げられるんじゃないのか?」
「かもな……」
「だったらこの町の中だけでも探しに行った方が……」
「ストップ」
急に巫女服の少女(静忍って名前らしい)に言葉を遮られる。
「一応言っておくけど闇雲に走り回る事ならボクと魔剣王で飽きるほどやったよ。
結果がどうだったかは言わないけどね」
「天野様の占星術でも探知できないのです、勇気の兄上が闇雲に走り回っても結果は同じです」
……確かに。
俺もこんな様だ、今はじっとして回復を待つべきなんだろう。
とは言え……大槻、大丈夫なのか?
「今だって不撓先生の式神とか魔剣王の身体の一部が飛び回ってる……
はっきり言って気休めみたいな物だけどね。
それにどちらにせよこの町の中に居るのなら発見は時間の問題らしいよ」
「時間の問題?」
「はい、感知結界は時間と共に徐々に範囲を狭まるように設定してあります。
ですからもし大槻様が結界の範囲内におられるのなら発見は時間の問題です」
「なるほど、しかしそれだと俺にできる事は本当に何一つ無いな」
「それは違います、大槻さんをさらった人達に接触したのは不撓さんだけです。
もう少し犯人の情報があれば探しようもありますし、占星術で居場所も特定できるかもしれません」
言われてみれば天野の言う通りだ。
大槻を見つける事に固執しすぎてこんな単純な事すらわすれるなんて、どうかしているな。
「話してください、できるだけ詳しく」
「わかった、聞いてくれ……」

 

……俺は思い出せる限りの事を話した。
途中で魔剣王がモンタージュ写真(っぽい剣)を持ち出したり、声帯モンタージュ(っぽい悪魔)
を召喚したり、
感知結界の半径が0になったり(結局、大槻はこの町には居ない事がわかった)
色々あったが……割愛。
無駄に話が長くなるからな。
「なるほどな」
「だいぶ犯人像が絞り込めたわね」
「ええ、これなら大槻様を探し出せるかもしれませんね」
「天野、占星術は使えるのか?」
「まだ……駄目ですね。やっぱりモンタージュでは星を特定しきれそうにないです」
「そっか……」
となると、まだ大槻を見つける術が無いって事か。
「不屈、それじゃあ私はいくつか心当たりを当たってみるわ」
そう言って魔剣王が席を立つ。
「心当たりがあるのか?」
「個人の犯行ならともかく、組織による犯行なら必ずどこかで情報が漏れている筈よ。
とりあえずフリーの情報屋をやってる連中を締め上げてくるわ」
「魔剣王、それならボクも行くよ」
「シノブ?」
「もう一人歩きさせるには夜も遅いしね、保護者同伴じゃなくちゃ」
「誰が?誰の?」
「ボクが、魔剣王の」
「あのねぇ……」
なんか……静って奴、さっきから妙に魔剣王と親しいな。
と言うか良く考えたら、そもそもこいつは誰なんだ?
「まあ良いわ、ツッコム気力も時間も無いし。フクツ、そんな訳だからしばらく席を外すわ」
「わかった、何かわかったら連絡を頼む」
「わかったわ。ほらシノブ、行くわよ」
「はいはい。じゃあ不撓先生、また後で」
 カランッ カランッ
魔剣王と静が出て行った……
 カランッ カランッ
「ごめん、忘れ物」
……と、思ったら魔剣王が戻って来た。
「ユミ、ちょっと良いかしら?」
「えっ!?私ですか?」
魔剣王がドアの所から天野を手招きする。
……今度は一体何なんだ。
「そうそう、ちょっと女同士で密談をね」
「はぁ……」
「魔剣王、あまり無駄な時間をかけないでほしいのだが」
「無駄なんかじゃないし時間もかけないわよ。ユウキ、悪いんだけどユミを借りても良いかしら?」
「俺っ!?いや、なんで俺に?」
「勇気の兄上、何故そうまでうろたえられるのですか?」
うぅ……いかんいかん、落ち着け俺。
「ユミ、良いかしら?」
「えっと……はい」
 カランッ カランッ
「「「………………」」」
……急に店内が広くなったような気がした。
いや、今までが騒がしすぎただけか。
「なんか……急に静かになったな」
「静忍は名前に似合わず騒がしいからな」
「魔剣王様も、魔王とは思えないほどに気さくな方です」
確かに、あの二人は見ていて飽きがこない。
英知の気さくって表現も言いえて妙だ。
「なあ兄貴、呪いだったかを解くのにはまだ時間がかかるのか?」
「そうだな、もう3・40分はかかりそうだな」
……ううぅ、なんかまだるっこしいな。
 カランッ カランッ
「ただいまです……」
天野が戻って来た。
その表情は妙に険しい。
落ち込んでいるような、悩んでいるような……そんな表情だ。
「天野……何かあったのか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「ああ……」
「「「「………………」」」」
……また、誰も喋らなくなった。
兄貴と英知は解呪に、たぶん天野は占星術に集中しているのだろう。
邪魔しちゃ悪い……とは思ったが、急に兄貴に聞くべき事があるのを思い出した。
「兄貴、もう一つ聞いても良いか?」
「どうした?言ってみろ」
もう一度推論を確認し直す。
……うん、多分大丈夫だ。
「兄貴は大槻が狙われてた事を知っていたのか?」
瞬間……緊張が……走った……
兄貴だけじゃない、天野も英知もこちらを見ていた。
『そうですとも、私などは大槻様が危険である事を知りながら何の手も打ちませんでした。
兄上達や天野様だけの責任ではありません』
『そうね……私もフクツから留守を頼まれたのに、人生ゲームに夢中になって
ヨウコに注意を払わなかったわ』
先ほど英知と魔剣王がこんな事を言っていた。
この際……普通は一人でやらない人生ゲームの事や、魔剣王の発言に対して
何故かノーコメントだった英知の事はどうでも良い。
重要な事は一つ、こんな事は大槻が狙われていたと知っていなければ言える筈がない。
「勇気、お前は西遊記を知っているか?」
……西遊記?
一瞬兄貴の冗談かと思った。
いや、こんな場面で兄貴が冗談を言うとは思えない。
「一応、あらすじ位は知ってる」
「そうか……三蔵法師は天竺に向かう道中にて幾多の妖怪に狙われる事になった。何故だと思う?」
「確か、坊主の生き胆を喰うと寿命が延びるからじゃなかったか」
「少し違う、そうゆう使い方もあっただろうがな」
「使い方……どうゆう事だ?」
「三蔵法師が幾多の妖怪に狙われ続けたのは、非常に優良なる魂を持っていたからだ」
「魂?」
「悪魔に魂を売ったなどと言う表現があるだろう。人間の魂は妖怪や悪魔にとって価値があるのだ。
そして聖職者や法王、英雄や聖人と呼ばれる者達の魂は特に価値が高い。三蔵法師のようにな」
「まさか、大槻もそうだって言うのか?」
「そうだ、大槻陽子は非常に価値のある魂を持っていた」
良くわからんが……兄貴がそう言うのならそうかもしれない。
だが、それでは大槻とは繋がらない。
「大槻は英雄でもなければ聖人でもないぞ。どうして大槻がそんな魂を持ってるんだ」
「英雄や聖人の魂の中には、死後誰の所有物にもならずに転生の輪の中に入っていった物もある。
しかし転生したとしても魂の価値は多少は落ちるだろうが殆ど変わらん……
もっとも、これは推測に過ぎんがな」
「………………」
……言葉が出ない。
だが、俺の頭は今まで以上に冷静だった。
もしかしたら気づかない内にスイッチが入っているのかもしれないな。
「意外と驚かんのだな」
「自分でもそう思う。いや、ただ単に異常な出来事に慣れてきただけなのかもな」
占星術、陰陽師、吸血鬼……そして大槻の魂。
天変地異の前触れかとさえ思ってしまう。
それに慣れてきただけなのかもしれない。
「天野友美、三年前の出来事を話しても良いか?」
「はい、お願いします」
……三年前?
三年前と言えば俺と大槻が出会った年だ。
「勇気、それに英知、これは三年前勇気と大槻陽子が出会った夜にあった出来事だ……」

 

『Death Queen総合病院』……名前に死を意味する『Death』付いている辺り、
かなり縁起の悪い名だ。
……余計な事を考えてしまったな。
もう一度周りを見渡す……場所は屋上、間違いない。
時間を確認する……約束の時間はとうに過ぎている。
……と、そんな事をしている内に背後に人の気配がした。
間違いない、間違える筈もない。
待ち人がようやく来たようだ。
「遅いぞ、ジェンティーレ」
「すまない不屈、大事な用事があってね」
「用事か……まあ良い、始めてくれ」
「ああ、任せてほしい」
そう言うとジェンティーレは空中で巨大なキーボードでも叩く様に、
指揮棒でも振るかの様にせわしなく指を動かし始める。
今は見えないが、感覚を集中させれば見える事のない魔力の糸が空中を飛び回り、
病院の各地に罠を張っているのがわかる筈だ。
ジェンティーレがお爺様とやらに叩き込まれた罠の知識や戦術に加え、
占星術による予知までも駆使し敵の侵攻を予測する……これがジェンティーレの戦闘スタイルだ。
さて……そっちの方はジェンティーレに任せ、
俺は今の内にもう一度状況を思い出しておくとしよう。

約一年前にジェンティーレが予言した異変。
それはついこの間、ようやく判明した。
なるほど、確かにあれなら希代の占星術師であるジェンティーレにさえ
非常に曖昧にしかわからなかったのも頷ける。
いや、むしろ曖昧にでも遠隔地から察知した事に驚くべきだろう。
それは完璧な隠蔽、俺とジェンティーレが極限まで神経を尖らせ、
それでさえ偶然すれ違う事が無ければ決して発見できなかったであろう事実。
あのほんの微かな違和感、それも俺が神経質なまでに疑ってかかっていなければ
おそらく無視したであろうほどに微かな違和感であった。
大槻陽子には何らかの……いや、おそらく隠蔽の類の術がかけられている。
それも芸術の域にまで達しているほどの見事な術がだ。
だが隠蔽や穏行は疑いを持たれた時点で効力を失う、そこから先は簡単に話が進んだ。
西村理江、それが大槻陽子に術を施した人物であった。
俺達が西村理江の存在を掴み接触を図った時、既に西村理江の余命は幾許も無かった。
意外な事に陰陽師や魔術師といった職種ではなく、本人にすら発動原理がわかっていない
未知の力……超能力と呼ばれる物を使う人物であった。
大槻陽子の祖母に当たるこの人物はたった一人で闘い続けてきたのだ、ただ孫の平穏だけを願って。
それ故に西村理江は文字通り命を削り、あの芸術的なまでの隠蔽をし続けてきたのだ。
その西村理江が俺達に『孫をよろしく頼みます』と言ってきたのだ。
俺はともかく、お人好しのジェンティーレにその頼みを断る選択肢は存在しなかった。
寿命を延ばす事も、強力な魔具を作り出す事も、自身を強化する事も、
あるいは生贄や交換材料として絶大な効力をもたらす優良な魂を持つ者を守ろうと言うのだ。
だが……合理性を追求するのが魔術師なら、不条理を追求するのが陰陽師だ。
それにそんなお人好し加減に惚れてしまった弱みもある。
いつの間にか俺にも西村理江の頼みを断る選択肢は存在しなくなっていた。
そしておそらく今日……西村理江の最後の命が尽きる。

「ジェンティーレ、作戦はわかっているな」
ジェンティーレは手を休めずに答える。
「ああ、理江の命が尽きる同時に隠蔽の術も消える。だけど最初はこの付近に居る
知能の無い土着妖怪や浮遊霊の類にしか魂の存在はばれない。
だけどもし知能の有る連中に魂の存在が知れ渡ればおしまいだ。
陽子は死ぬまで悪魔や妖怪に狙われ続ける事になる」
「故に今回は時間との勝負だ。西村理江が死去した後、大槻陽子を捕捉する。
しかる後に隠蔽の術をかけ直す」
「魂の存在に気づいた連中はこの病院に入ってくる前にトラップで迎撃する……だったね」
「そうだ、隠蔽の術を組み立てている間は俺は無防備になる。その間の護衛は任せる」
「ああ、まかせてほしい。ところで……一つ気になる事があるんだけど、良いかい?」
「どうした?」
「こう言っては悪いのだけど、不屈に理江が使っていたような完璧な隠蔽が作れるのかい?」
「まあ、俺では数日保たせるのが精一杯だろうな」
「それじゃあ……」
「心配するな、次の手は考えてある」
そう言うが、ジェンティーレはジト目でこちらを睨むばかりだった。
「……なんだその眼は?」
「またハッタリかい?」
「今回は大丈夫だ、俺を信じろ」
そう、数日保てれば十分なのだ。
俺の知り合い……いや、神社の先生とでも呼ぶべき人。
あの人は結界作りならハッキリ言って世界一だ。
またあの人に借りを作るのは心苦しいが……この際、背に腹は変えられん。
「不屈……」
ジェンティーレは、それでも不安そうな面持ちで呟くように俺の名を呼んだ。
「今度は何だ?」
俯き、顔を背け、すぐには返事が返ってこない。
だが……じきに大地に話しかけるかの様に言葉を紡ぎ始めた。
「……不屈は半分で良いんだ」
「半分?」
「その……全部を抱え込まないでほしいんだ。不屈が半分抱えるのなら、
私が残りの半分を引き受ける」
……顔を真っ赤に染め上げていなければ良い言葉になっていたかもな。
だが、こんなにも頼もしい言葉は他に無かろう。
「当たり前だ、そもそもこの策はジェンティーレが居なければ成り立たんからな」
「いやその……そんな意味じゃなくって……」
なにかを言っている様だが……良く聞こえん。
こんな状況でもなければ押し倒して接吻でも強要したい程に愛しい姿だとは思う。
とは言え、今でだけはそんな事を考えている場合ではなかろう。
なにせ人の命が懸かっている。
その時、空気が……いや、この近辺の無数の霊、妖怪の類が騒ぎ始めたのをハッキリと感じた。
「不屈っ!」
「始まったか……」
それは西村理江が死亡した証拠であった。
だが悲しんでいる時間は無い、すぐにでも行動を開始せねば。
「こっ!これは……」
そんな矢先、ジェンティーレの表情が驚愕に染まった。
「どうした!?」
「陽子が……病院の外に出てる」
「何いぃっ!?」
俺達の計画は初っ端から破錠した……

 

おまけ

 カランッ カランッ
「……で、あれからユウキとの進展はあったの?」
「いえ、それがちょっと……」
「まだ自分の事が良くわからない?」
「……はい」
「そう……」
「魔剣王さん、私は一体何者なんでしょうか?」
「何とも言えないわね、私だってこんなケースは初めてだし」
「そう……ですか……」
「まあ悩みなさいな。女の子ですもの、この位の悩みはあって当たり前よ」
「そうでしょうか?」
「どちらにせよあんまり悩みすぎない事ね、時にはがむしゃらに突き進まなきゃ
いけない時だってあるわ。
そうじゃなきゃ恋敵に盗られちゃうわよ」
「はぁ……」
「それともう一つ、フクツが天秤神社に貴方を連れて行ったのは記憶の解析だけが
理由じゃないわ……たぶん」
「どういう意味ですか?」
「シノブよ、シ・ノ・ブ」
「あの人が……」
「どんな手品を使ったのかは知らないけどね、あの子は正真正銘人間と妖狐のハーフなの」
「そんな事ができるんですかっ!?」
「ううん、この際どんな手段を使ったのかはどうでも良いの……大切なのは、
狐だって人間を好きになっても良いって事。
ユミが誰を好きになったとしても、吸血鬼だからって諦めるのはもったいないわ」
「魔剣王さん……気づいてたんですか」
「フクツを見る眼が少しおかしいって事ならね、かと言ってユウキに向ける眼差しも
純粋な物だし……まあ、この辺りの詳しい事は聞かないわ。
こればっかりはユミ自身が決めることだしね」
「魔剣王さん……」
「さて……シノブを待たせてる事だし、私はもう行くわ。
ユミ、道に迷ったり一人じゃ越えられない障害があったらすぐに私を頼りなさい。
道が無いのなら私が切り開く、障害があるなら私が切り捨てる、
だからその恋心をそう簡単に諦めちゃ駄目よ」
「……はい、ありがとうございます」
「うん、良い子ね。じゃあ行ってくるわ」

「……お人好し」
「あら、聞いていたの?」
「いくら好きだからって狐とヤッちゃう人の事なんか参考にならないと思うよ」
「でも私は勇気を貰えたわ……きっとユミだってね」
「だからってボクを引き合いに出さないでよ」
「良いじゃない減る物じゃないし。それにシノブだって人の事は言えないわ」
「かもね……」
「そろそろ行きましょう、あまり時間が経つとヨウコが危ないわ」
「そんなだからお人好し魔王だなんて呼ばれるんだよ」
「ええ、望む所よ」

 

次回予告
次々に明らかになっていく謎、そして真実。
今、最強のメンバーが出陣する。
次回、不撓家の食卓『インターミッション』にご期待ください

 

あとがき

シベリア!です、好きな超人はハンゾウです!ハンゾウです。ハンゾウです……

……結局、第8話の時点でどちらの選択肢を選ぼうが大槻は誘拐される訳ですが、
一応救出メンバーは変わります。
天野とか英知とかが死んでしまいますし、不屈も勇気が立ち直る前に散ってますので。
それはそうと、忍と魔剣王のコンビは書いてて楽しいなあと感じる今日のこの頃でした。
感想等はいつもの様にメル欄にお願いします。


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