第11話 『不屈』
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「不屈っ!」
その瞬間、私は全てを忘れていた。
友美や栞から無事を祈られていた事も、私が私の死を予知していた事も。
ただ不屈の危機を見ただけで全てが吹き飛んでいた。
不屈の死を見たくない……その想いが全てを超越していた。
私は跳んだ、大地を蹴って。
全ては一瞬で終わる、一瞬で終わらせなければならない。
不屈との距離は離れている、間に合わないかもしれない……
いや、そんな事を考えるよりも早く全ては終わっていた。
 ぐちゃっ……
……私の体が……肉片に変わった……
「ジェンティーレェェェーーーーーーっ!!!」
わかる……自分でもわかる……これは致命傷だ……
でも良かった……不屈は無傷だ……
私が死ぬのは……怖くない……不屈が死ぬのは……とても怖い……
あと数秒も……しない内に……私は……消滅する……だけど……
同じだ……かすかに……見える……不屈の……顔が……声が……
2年前……不屈の……お母さんが……死んだ……時と……
駄……目だ……不屈……が……壊れ……て……しまう……
……言わなきゃ……一……言……あと……一言……
……不屈……不屈……不屈……不屈……不屈……不屈……不屈……不……屈……
……を…き…な………当…良……た……

不撓家の食卓第12話「強襲」

「……野…ん……天野さん……」
終わりました……お師匠様の記憶……マリー・クロード・ジェンティーレの記憶……私の記憶……
「天野さん、終わりましたよ」
「静……さん」
「はい」
気がつけば私は見知らぬ和室に居ました。
いえ、確かここは……天秤神社。
「天野さん、大丈夫かい?」
「えっと……はい、なんとか」
少し頭がクラクラしますが、ようやく意識がハッキリとしてきました。
私は不屈さんに連れられて天秤神社へやって来て、世界でも有数の陰陽師である
静影丸さんに会って……
私の記憶が混乱した原因を調べてもらっていたのでした。
それなら、一つ気になる事がありますが……今は結果を聞かなくてはいけません。
「静さん、何かわかりましたか?」
「ええ、半分は」
「半分……?」
静さんはゆっくりと頷き……
「そうだね…まず、何故天野さんにジェンティーレさんの記憶が存在する理由からお話しようか」
そう答えました。
「原因、わかったんですか?」
「想いにはね、奇跡を呼ぶ力があるんだよ」
「奇跡……ですか」
それは私達の世界の住人にとっても冗談のような話でしたが、影丸さんは決して表情を変えずに
言いました。
いえ、影丸さんは世界最高峰の陰陽師…つまり、世界で最も現実離れした場所に居る人です。
たとえどれだけ非現実的な事でも聞き流す訳にはいきません。
それにある意味今の私の状況の方がよっぽど現実離れしている気もしますし。
「そうだね……九十九神を知っているかい?」
「はい」
お師匠様の記憶の中には九十九神と遭遇した記憶もあります。
九十九神とは付喪神、すなわち物品に霊や神が宿った物と言われています。
もちろんそうして誕生した九十九神も居るのですが、大半は物に対する愛着や
畏怖等といった想いが物品を妖怪化させた物です。
そういう意味では、九十九神は人の想いが産み出した奇跡とも言えるかもしれません。
……もっとも、奇跡と呼ぶには頻繁に起こりすぎるような気もしますが。
「良いかい?今の君は九十九神や自縛霊と同じで、君のお母さんの強い想い……
未練と言い換えても良い。
そんな強すぎた想いが君に影響を与えているんだ」
「そう……ですか」
驚くべき内容……ですが、思ったよりも驚きませんでした。
もしかしたら、薄々感じていたのかもしれません。
「お師匠様は何を望んでいるんでしょうか?」
「すまないけど、私にもそれ以上の事はわからなかったよ」
「そうですか……」
私には……なんとなくではありますが、一つだけ心当たりがありました。
ああも鮮明かつ細かく再生された記憶の中で、たった一箇所だけ妙に不鮮明だった部分がありました。
マリー・クロード・ジェンティーレが死に逝くその瞬間、私の頭に浮かんだ……
正確には浮かびそうになったある一文。
他の全ての記憶は……何と言いましょうか、既観感みたいなものを感じました。
これは自分の記憶であるとの感触と言いましょうか……確信と言いましょうか……
違和感を感じなかったと言いましょうか……
そう、懐かしさがあったんです。
ですがあの瞬間の記憶だけは違いました。
まるでそう……不鮮明でありながら新鮮で……まるでテレビでも見ているかのような感覚を覚えました。
もしあれがお師匠様だけに許された記憶だとすれば、きっとあの部分が思い出せれば……
あるいは……あるいは……
「天野さん、申し訳無いのだけど考えている時間は無いんだ」
私の思考は静さんの呼びかけによって途絶えました。
もっとも、思い出せない記憶は考えた所で思い出せるとは思えませんが。
「不屈君から伝言を頼まれている。わかった事を天野さんに伝え終えたら伝えてほしいと」
「不屈さんが……」
「大槻陽子と言う人を追跡させていた式神との繋がりが途絶えた、何者かによって
始末された可能性が高い。
不屈君は繋がりが途絶えた場所に向かった、天野さんも話が終わり次第来てほしい…と」
「それ……本当ですか!?」
それは私を驚愕させるには十分すぎる内容でした。
ついに恐れていた事態が現実となり、何者かが大槻さんを狙って行動を起こした事に
他ならないからです。
「今から15分27秒前の話だけど、あの様子だときっと急を要する話なのだろう。
天野さんも急いだ方が良い」
「はい、静さん本当にありがとうございました。すいませんが失礼します」
私はそれだけ言うと、急いで玄関へと向かいました。
とにかく急がなくてはいけません。
もしかすると大槻さんにまた危機が迫っているのかもしれません……
そう、三年前のあの日のように……

「乗って」
「えっ!?」
玄関を出ると、そこには一匹の狐が待っていました。
「大丈夫、ボクなら君一人位乗せても走れるし、たぶんその方が速い」
無論、普通の狐ではありません。
体長はおおよそ1m、全身を覆う霊力、根本から枝分かれをして六つなっている尻尾。
そして何より、さっき襖の隙間から見えた女の子と同じ声。
いえ、この際驚いている時間はありません、考えている時間もありません。
「すいません、お願いします」
「久しぶりに全力で飛ばすよ、しっかりと掴まって」
 ダッ……!
次の瞬間、狐さんは大地をしっかりと踏み込み。
凄まじいまでの衝撃波と共に私の体は音速を超えていました……

 

「じゃあ親父、行ってくるぞ」
「紫電さん、また明日」
「……ん、気をつけて行ってこい」
 カランッ カランッ
天野と兄貴が留守にしているが、そんな事は関係無しに俺は大槻の送り迎えである。
……と言うのは建て前で、本音を言うと俺は大槻をダシにして家から脱出した。
普段は9時頃まで居る大槻を説得して、今日だけは8時に家を出る事にしたのだ。
「ご協力に感謝する」
「どういたしまして……って、言っても良いのかな?」
大槻もなにやら複雑な表情をしている。
まあ無理も無い、俺も大槻もあの状況下では戸惑ってしまう。
君は信じられるだろうか?本屋で売っている書籍にも載っている魔王が鼻歌を歌いながら
皿洗いをしている姿を。
ガブリエルがパンツを洗濯する姿を想像できるのなら合格だ。
何故そんな事になっているかって?
今日の夕方『Phantom Evil Spirits』が閉店して間もなく魔剣王が訪ねて……
もとい、押しかけてきたのだ。
本人曰く『突撃!不撓家の晩御飯!』だそうだ。
唯一魔剣王に対抗できそうな兄貴がそそくさと天野を連れて脱出した時はどうなるかと思ったね。
幸いにして、魔剣王はただ単に夕食をたかりに来ただけらしい。
曰く『食欲・性欲・睡眠欲の内二つが楽しめなくなったんだから、
残る一つは存分に楽しみたいって思うのは当然でしょうが』だそうだ。
もっとも、別に食べなくても全く問題は無いそうだ。
これも本人曰く『単なる嗜好品よ。退屈ってのは神すら殺すって言うし、私はけっこう好きよ』
だそうだ。
まあ、なんだ。
結局の所何が言いたいのかというと、俺は一秒でも早くあの異常に神経を使う場所から
退散したかったのだ。
「でもどうするの?私はともかく、勇気君はまたあの家に帰るんでしょ」
大槻が至極真っ当な事を言う。
だが俺とて座して死を待つ程愚かではない。
「いっそ大槻の家に泊まれないか?」
たしか大槻は一人暮らしだった筈だ、それに以前にも泊まった事もあるしな。
「駄目だよ、そんな事したら天野さんがどう感じると思ってるの」
「それは……凄く拙いな」
天野はどうも俺と大槻の関係を誤解している節がある。
今迂闊に大槻の家に泊まったりしたらどうなるか……あまり想像したくない。
「なら番場の家か……場合によっては師匠の家に転がり込むしかないか」
とはいえ師匠も女性だからな、天野に誤解される可能性も無くはない。
「勇気君の師匠って、どんな人?」
大槻がそう尋ねてきた。
「あの人は兄貴が何の前触れも無く連れてきた人で、確か『踊る黒い死神』
っていう言い得て妙な異名が付けられてる人だったな」
「それっていつ頃の話?」
「3年とちょっと前、年末の話だ。大槻と知り合う7ヶ月位前だったと思うぞ」
「へぇ……」
今となっては懐かしい話だ。
「大槻は確か兄貴から教わってたんだったよな」
「基礎的な部分はね」
……ん、それは初耳かもしれない。
「あの時はなんとかして不屈さんを負かそうって躍起になってってさ、
だから不屈さんが知らない技をなんとかして覚えようって思ってたんだ」
なるほど……確かに兄貴は見ていてムカつく時が多々あるからな。
大槻の勝気な性格も考えるとそれは無理も無い話だ。
「そんな時にさ、知らない子がいきなりベアークローを出しながら
『一度的を絞ればあとは畏怖を捨て思い切りと勇気を持ち……
身は弩弓の様に拳は箭の様に回打し……敵を穿つーーーっ』なんて言い出したんだよ。信じられる?」
「何だそりゃ……」
「まあ、それを真面目に聞いちゃった私も悪いんだけどね。だから私にはお師匠様が二人居る訳」
「一度そいつと会ってみたいな」
……なんとなくだが天野と気が合うような気がする。
「あの時は私もあの子も楽しんでやってたよ。私が全部の技をマスターした時に
『半分冗談でやってたのに……』
なんて言い出したんだよ。私もよくやってたよ、わざわざ隣町の神社まで通ってさ……」
「そっか……」
そう言う大槻の顔は苦笑しているような懐かしんでいるような……
付き合いは長いとは思っていたが、この表情は見た事が無いような気がする。
……いかん、ちょっと嫉妬してるぞ、俺。
「……で、結局今日はこれからどうするの?」
「それは本気で困ってる」
そういえばちょっと前に拉致監禁されたマンションはどうなったのだろうか?
英知がいざという時のために用意した隠れ家だったらしいが……
良く考えたら鍵を持っているのは英知だ、今の俺には使えない。
最悪の場合は野宿も考えておこう。
「でもさ、天野さんの快気祝いの時は普通に話してなかったっけ?」
「普通の人間じゃないとは思ってたが、まさか魔王だとは思わなかったからな」
今になって思えば、あの日魔剣王が現れてから英知の口数が妙に減っていたような気がする。
知っていたのなら教えてほしいものだ。
とは言え、それに関しては今回の件で帳消しにしておこう。
置き去りにしてきたからな……家に。
「ねぇ……勇気君」
不意に、大槻の表情が変わる。
「どうした?」
大槻は立ち止まって……唇を軽く噛んでいた。
たぶん……言い出しにくいことでも言おうとしているのだろう。
「勇気君はさ……天野さんの事、好きなんだよね?」
「ああ、好きだ」
考えるまでもない。
大槻には悪いと思うが、こればかりは譲れん。
「天野さんもさ、たぶん勇気君の事が好きなんじゃないかなって思うんだ」
「女の子だからわかる……か?」
「うん……」
こんな時の大槻の勘は大抵当たっている。
そういう意味では心強ささえ感じる。
だが……大槻の表情を見る限りそんなに単純な問題でもなさそうだ。
「勇気君、あんまり上手く言葉にできないと思うんだけどさ……聞いてくれる?」
「ああ」
大槻はゆっくりと……少しづつ、まるで昔を思い出しているかのように言葉を紡ぎ始めた……
「私さ……なんか、負けた気がしないんだ……」
「………………」
「ううん、違う……その、なんて言うか……まだ全力を出してないって言うか、
戦った気がしないって言うか……」
「天野にか?」
「うん、なんか気がついたら負けてたって言うか……ほら私、天野さんの良く知らないし……
良く知らない内に負けてたって言うか……」
「………………」
「納得はしてる……じゃなくて、理解はしてるんだけど納得しきれないと言うか……」
「そっか……」
なんだろう、大槻の気持ちもわからんでもない。
わからんでもないが……たぶんこの感情は大槻にしかわからんだろう。
「ごめん、やっぱり忘れて」
「……おう」
まあ、こればっかりは俺にはどうしようも……

 ………ッ!!!

空気が変わった……
「大槻、俺の傍から離れるな」
「……うん」
大槻も表情が変わった、おそらく既に気がついているのだろう。
毎日通る大槻の家への道……だがいつもの道とは明らかに違う。
いくら暗い夜道とはいえ、そこいらの住民や街路樹などの気配はいつも感じていた。
それが消えた……空気も、音も、気配も、全てが停滞している。
いや、全てじゃない。
気配が……それも意図的に隠された気配を僅かに感じる。
元々俺は気配を探るのが得意な方ではない、それでも微かに感じる気配を追って……
 ……ドンッ!
「……っく!?」
軽い衝撃と共に右脚に何かが絡み付いた。
「勇気君!?」
「大丈夫だ、俺から離れるな」
いや、脚には何も絡み付いてはいない。いないように見える。
だが右脚が異常に重い……何十キロの重石が付けられたかのような、
巨大なゴムかゼリーにでも関節を固められたかのような感覚がする。
さっき何かが飛んでくる音が聞こえた、にも関わらず何も見えなかった。
となると……霊力技か。
霊力や魔力を利用した技は第六感覚を感じられる者にしか見る事はできない。
一応対応策もいくつか存在するのだが、霊石で作られたあの鎧は家に置いてきたままだ。
気配は……移動してるな……クソッ!何処に居る?
隠れているという事は、真正面からでは勝つ自信が無い事の裏返しだ。
場所さえ特定できれば……
  ……ドンッ!
第二射目……今度は左腕で受けた。
「大槻ぃ、そこを動くなよ!」
……見つけた。
二度目の攻撃は空気の流れから辛うじて射線を特定できた、そして襲撃者の位置も。
俺は頼りにならない右脚の代わりに左脚で跳躍した……
街路樹の茂みの奥……姿の見えない襲撃者へと……
「ふざけやがってこの野郎っ!!!」
襲撃者のおおよその位置目掛け空中廻し蹴りを叩き込む……
 ガッ!
見えた、顔まではわからなかったが姿は確かに見えた。
あいにく蹴りは防御されたようだが、手ごたえは確かにあった。
 ガササッ……
襲撃者の姿が消えた、もう一度姿を晦ますつもりか……
「逃がすかぁっ!」
間髪入れずに後を追う。
奴は……大丈夫だ、まだ見失ってはいない。
 ……フォンッ……
再び何かが飛んでくる。
相変わらず見えはしないが、空気の流れが乱れた瞬間に重心を大きく動かせば回避は可能だ。
 ……フォンッ……
どうやらこいつで牽制しながら逃げおおせるつもりらしい。
無論、逃がすつもりは無い。
 ……フォンッ……
どうやらあいつの指先から不可視の弾丸は発射されているらしい。
指の向きから弾道を読むのは……無理か、まだ距離が離れすぎている。
 ……フォンッ……
ちっ、さっきから距離が全く狭まらない。
いくら右脚の動きが鈍いからといって、こうも距離が変わらないなんて……
 ……フォンッ……
妙だな……さっきからまるで当たる気配が無い。
学習能力が無いのか?こいつ。
いや、待てよ……
 ……フォンッ……
急に天野の言葉を思い出した。
『だから…大槻さんを守ってあげてください』そう言っていた。
「まさかっ!?」
俺が足を止めると同時に襲撃者も止まった。
さっきから一定の距離を保ち続けていた事といい、当てる気の全く無い牽制といい……
そう考えると初撃に俺の脚を狙ったのも作戦の内か。
「陽動目的か?お前」
街灯に照らされた男は……一見、眼鏡をかけた真面目なサラリーマンにも見える男は……
ニヤリと笑った。
迂闊な事に……どうやらまんまと誘き出されたようだな。
何分走ったかはわからんが、大槻から随分と離された。
こいつの目的がハッキリした以上、俺が大槻の所へ戻るのを邪魔してくるだろう。
そしておそらく、最低でもこいつの足は今の俺よりも速い。
襲撃者はゆっくりと俺の方へと向かってくる。
もう逃げる必要は無いってか、だがそれならそれで……
「好都合だっ!」
師匠直伝のローリングソバット……
こいつを倒して大槻と合流する。
ここからは時間との勝負だ。

 

「大槻ぃ、そこを動くなよ!」
勇気君はそう叫んで、何処かへと行ってしまった。
それからどれだけ経ったんだろう?
自分の感覚は当てにならない、時計は持ってるけど見る気になれない。
勇気君が行ってから十秒もしない内に、凄まじいまでの殺気が漂っているから。
「安心しな……隠れて襲うのは俺の流儀じゃねぇ」
どこにでもあるような道の角……そこから2mを越す巨漢が現れた。
「あなた達誰なの?」
「知らなきゃ知らねぇで良い、どっちみち餓鬼には関係無ぇ話だ」
「何が目的なの?」
「あんただよ、あ・ん・た」
「私が……?」
言っている意味がわからない……
『生きる悲しみも、死ぬ喜びもなぁ……』
……急に嫌な思い出が蘇る。
今は忘れるんだ、三年前の……あんな現実かどうかもわからない光景なんて。
 カチャッ
随分と久しぶりのような気がするベアークロー……
勇気君は居ない、相手の実力も戦術もわからない。
勝てるの……ううん、勝たなくちゃ。
「良い眼光してるじゃねぇか、そうこなくちゃな……」
男が構える……
「そうこなくちゃ……ぶちのめす甲斐が無いってもんだぜっ!」
……来たっ!
大きく踏み込みながらの大振りのフック……あれに当たっちゃお仕舞いだ。
「はぁっ!」
相手の腕よりも高く飛び回避する、同時に相手の上に肩車のような体勢で乗る事に成功した。
「てめぇ……」
この体勢なら圧倒的にこちらが有利、もう体格差なんて関係無い。
私はそのまま頭目掛けエルボースタンプを見舞ってやる……
 ドグッ!
「ぐうぅ……」
うめき声が聞こえる、精神が高揚する、顔が歪むのがわかる。
今の私はきっと満面の笑みを浮かべている事だろう。
 ガッ!ゴッ!ガッ!ゴッ!……
休む暇なんて与えない、渾身の力を籠めたエルボーを連射する。
相手もエルボーを防ぐべく両腕で頭を覆っているが、この体勢からではそんなのは関係無い。
相手からはこちらの姿が殆ど見えず、こちらからは防御の隙も丸見え……
 ガッ!ドゴッ!ドガッ!……
瞬く間に流血が酷くなってゆく。
そして相手が次に考える事はお見通し、きっと自分の体ごと壁にぶつけてくる……
慌てるな……もっと引きつけて……今だっ!
 ガンッ!
壁に頭をぶつける寸前に離脱した。
相手はものの見事に自爆した事になる。
「てめっ……やりやがったな……」
驚いた……あれだけエルボーを見舞ってさらにコンクリートに頭をぶつけたのに
まだ足腰がしっかりしてる。
でも頭に血が昇ってる。
「でもこれで少しは頭が良くなったんじゃない……良かったねー……」
大丈夫……頭に血が昇りやすいのは私の弱点、それは不屈さんや勇気君から何度も指摘されてる。
まだ大丈夫、相手の様子をしっかり見れてる間は大丈夫。
「ふざけんなっ!」
再び襲い掛かってくる……捕まる訳にはいかない。
体格差は歴然、だから捕まったら確実に負ける。
だけど……
「教えてあげるよー……体の大きさが仇になる例をさー……」
落ち着いて……冷静に……
 ズザザアァァ……
「何ぃ!?」
体が大きければ足元は見え難い、脚が長ければ股下も広い。
スライディングで股下を抜けるのは思ったよりも簡単だった。
そして相手が動揺した隙を決して逃がしちゃいけない。
「パロ・スペシャル!!!」
「うおおぉぉ……」
極まった、これ以上無いって位に完璧に。
もうこの体勢からは逃れられない、例えどれだけの怪力があろうとも。
「ギブアップなんて聞く気は無いよー……おとなしく肩外されちゃいなよー……」
「油断したな……女だからって油断した……」
……妙だな?
あんまり焦った様子が無い。
「おい、てめぇ。先に言っておくが死ぬなよ、死んだら困るからな……」
妙だ、何かヤバイ。
一旦離れて……いや、それを狙ったハッタリかも……
「サンド・ストオオオオオォォォォォムッ!!!」
その瞬間……暴風が吹き荒れた。
「あああああぁぁぁぁぁっっっ……」
何が……起きたの!?
気がつけば私はあいつから数mも離れた場所に投げ出されていた。
今、確かに私の全身を砂嵐が襲った。
凄まじいまでの熱風と無数の砂、その砂粒一つ一つが私の全身をくまなく痛めつけていた。
「……たくっ、普通の人間相手なら今ので終わってただろうなぁ。
普段は悪魔退治にしか使わない技だが、やろうと思えば人だって飛ばせるんだぜ」
「……げほっ……げほっ……」
言葉が出ない……全身が痛い……
でも……まだ体は動く。
ベアークローは飛ばされていない、まだ戦える。
「あああぁぁっ!」
もう何度も攻撃する体力は残っていない。
狙うは心臓、求めるは必殺……
「笑みが消えてるぜ……お譲ちゃん……」
 ……ガシッ!
……捕まった……?
 ドゴオオォンッ!
私の体がバスケットボールのように叩きつけられたのを最後に……
私の意識は……急速に沈んでいった……

 

「天野さん……だっけ?とりあえず鳳翼駅に来たけど、これからどうする?」
必死になってしがみついていたら、気がつけば周りには見知った風景が広がっていました。
「ちょっとだけ待ってください、今調べます」
天を仰ぎ、星を求める。
とにかく大槻さんの現在位置を……
「見え……ない?」
「見えない!?どういう事?」
「たぶん隠蔽されているんだと思います」
とすると……もう大槻さんは連れ去られた可能性が高いですね。
「どうするの?」
迷っている暇はありません、事態は一刻を争います。
今必要なのは現状の把握、占星術で占う暇はありません。
それなら……
「不撓さんと合流しましょう。居場所は……南西です」
「了解、しっかり捕まって」

 

「……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
拙い……さっきから有効打が一発も入らねぇ。
「どうしました?もう息切れですか?情けない」
さっきからスイッチは入ったままだ、この程度の揺さぶりは気にならない。
だが……
「喰らいなさい」
「くっ!」
指先がこちらに向いた。
渾身の力で体をよじる……
 ……ドンッ!
駄目だ……避けられねぇ。
体が重すぎる、今の俺は普段の半分の速さも出ていないだろう。
「そらっ、どうしました?」
 ……ドンッ!ドンッ!
「くうぅっ」
一発たりとも避けられない。
芋虫のように無様に大地を這い回るばかりだ。
だが当たれば当たるほど体が重くなっていく……
「そらそらそら……」
 ドンッ!ドンッ!ドンッ!
既に全身の関節はコンクリートで固められたかの如く動かず、指一本動かすにも
渾身の力を必要としている有様だ。
拙いな、こうしている間にも大槻が危ないってのに……
「ニュー……」
背後から声が聞こえた……
だが今の俺には後ろを見る事すらできない。
「キリルですか。首尾はどうです?」
「上々だ、大槻陽子は確保した。撤退するぞ」
「な……にぃ……」
口を動かすのすら辛い。
だが弱音は吐けない、このままじゃ大槻が……
 ドゴッ!
「ぐぁ……」
蹴りを入れられた、普段なら何でもない遅い蹴りが顎を貫いた。
「そうですね……行きがけの駄賃として、こいつの止めも刺しておきましょうか」
ゆっくりとニューと呼ばれた男の手が首に伸びてくる……
拙い、体が動かねぇ。
大槻を守らなくちゃいけないってのに……
「……うおおぉ!!」
 がぶっ
辛うじて奴の指に噛み付いた……
「ちっ……」
とはいえ、一瞬で振りほどかれる。
情けない……この程度の抵抗が精一杯なんてな……
意識はハッキリしてるってのに体が言う事を聞いてくれない。
「このっ、よくも私に!」
 ガッ!ドガッ!……
何度も顔を蹴られる……
子供の喧嘩のような幼稚な蹴りすら今の俺にはどうする事もできなかった。
 ドゴッ!ドゴッ!……
なす術もない、どうする事もできない……
こんな蹴りでも何度も入れば死に至る……いや、意識を手放す方が先か……
「このっ、このっ、このっ……」
 ドゴッ!ドゴッ!……
俺は……何て……無力な……
「おいっ、手間取ると不撓不屈が戻って来るって言ったのはお前だろうが」
「……ちっ、やむをえんか」
辛うじて残った意識の中で、そんな声を聞いた。
「……待……てぇ……」
停滞した空気が動き出し、急速に奴らの気配が遠ざかっていくのを感じた。
まだ……体は動く……
あまりにも気だるい動きではあるが、まだ体は動いた。
追わなければ……まだ動ける……まだ……動けるなら……
どれだけ動けたのだろうか?
おそらく1mすら進まなぬ間だが、俺には何時間も経ったような気さえした。
すぐに奴らの気配は完全に消えた。
額から出た血が俺の視界を遮っていた。
それでも俺は……芋虫のように這いつくばって進んでいた。
自分自身、追いつける訳が無いとわかっていながら……
「不撓さんっ!!」
……一瞬、夢かと思った。
天野の声が聞こえたような気がした。
「不撓さんっ!大丈夫ですか!!」
いや……聞こえる、ハッキリと。
俺の意識は……そこで終わった……

次回予告
大槻陽子の魂、西村理江の決意、マリー・クロード・ジェンティーレの信念。
今……全ての謎が解き明かされる。
次回、不撓家の食卓『半分』にご期待ください

第12話あとがき
過去最大の難産でした。
いくら途中でとてつもなく忙しい時期があったとはいえ、
よもや一ヶ月以上も更新できなかったとは……
とりあえず次回以降は隔週位で更新したいと思います。
しかし「キン肉マン・マッスルグランプリMAX」にハマッたらどうなるか……

次回は第3話の不屈視点です。
どうかお楽しみに……


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