第8話A 『まだ守れるのなら』
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カチリッ…と、俺の頭の中でスイッチが入る。
怒りが、憎しみが、悲しみが…俺の殺意を呼び覚ます…
「兄…上…?」
「英知いいいぃぃぃっっっ!!!」
もはや戦法は無い、策も無い。
ただ英知に向かって爆ぜる…
「兄上、やめてっ!」
だが…そこまでだった…
英知の目は赤かった、英知の頬に涙の跡があった。
なにより英知が…怯えていた。
落ち着けっ!まだ天野が死んだと決まった訳じゃ無いっ!
『当たり前だろ、俺は兄貴だぞ。弟の面倒を見る事など、少しも苦には思わん』
そういえば…昔はよくいじめられて、兄貴に泣きついてたな。
不撓不屈と同じく、不撓勇気も英知の兄だ。
妹を憎むのは…きっと間違っている。
「天野はどうしたんだ?」
思考を無理矢理冷静にさせ、聞いた。
「兄上…?」
「天野はどうしたのかと聞いているっ!」
英知は一瞬びくっと震えたが、すぐに英知の瞳にいつもの輝きが戻った。
「危険な状態ですが、まだ死んだ訳ではありません」
「具体的には?」
「槍が心臓部を貫通、他は無傷です」
「俺にできる事は?」
「止血をお願いします」
「わかった!」
通常の数倍の早口言葉で会話する。
これ以上天野の体から血が流れれば、失血死をしてしまうだろう。
止血に役立ちそうな物は…さっき左手の応急処置に使ったハンカチ。
うわぁ…役に立たねえ。
こんな事ならシーツでも持って来るべきだったな…
だがのんびりしている時間は無い、衛生的に少々心配だが今着ているYシャツで何とかするしかない。

…良し、なんとか止血は済んだ。
…結局、一度マンションの一室までシーツを取りに戻る事となったが。
だが既に天野の血は水溜りが出来るほどに流れてしまっている。
果たして間に合ったのだろうか…
「英知、終わったぞ」
「はい」
「他にやるべき事はあるか?」
「いえ…特には…」
悔しいが…俺にできるのはここまでらしい。
後は英知頼みか…
…そういえば、英知はさっきから何をしているんだ?
「英知は何をやってるんだ?」
「血流を廻しています」
英知は視線を動かさずに答えた。
「………?」
「早い話人工心肺の代わりです。とにかく脳に酸素と栄養が届かなくなるのを防がねばなりません」
「それだと時間稼ぎにしか…」
「先ほど不屈の兄上に式神を遣わせました、兄上が来るまで時間稼ぎに徹します」
「だが…」
いくら兄貴でも、欠損した心臓を元に戻す事なんて…
「後は…天に祈るだけです」
英知の眼に先ほどの覇気は無い…いや、それは俺も一緒か。
「兄上…」
英知はまるで独り言のように呟いた。
「なんだ…?」
「手を…握っていただけませんか」
「………?」
 ぎゅっ…
「ちっ…違いますっ!天野様の手ですっ!」
「お…おう」
 ぎゅっ…
何が何だかわからんが、とりあえず従っておいた。
天野の手は…まだ暖かい。
顔も少し青ざめている事を除けば、いつか見た寝顔と変わらない。
…死にかけてるなんて到底信じられない。
生きているんだ…天野はまだ生きているんだ…
知らず知らずの内に俺は何かに祈っていた。
頼む…助かってくれ…
そう祈り続けていた。
英知も額に脂汗を出しながら必死の表情で方術を使い続けている。
必死の表情で…希望を繋ぎ止めている。
だが…英知の体力は明らかに消耗してきている。
果たしてもつのか…
「神様…神様…」
「英知、修羅場において神の名は禁句だ」
来た…
振り向けばそこに…兄貴が居た。

「神などなんの役にも立たん、まだ鰯の頭に祈った方が良い」
「兄貴、そんな事を言ってる場合じゃ無いだろっ!」
「わかっている。真っ先に俺に知らせたのも、安易に治癒方術を使わなかったのも良い判断だ…良く頑張ったな、英知」
「兄上…」
「あと五分だけ時間を稼げ、後は俺がなんとかしよう」
「はいっ!」
英知が返事をするよりも早く、兄貴は天野の胸に手を置き、なにやら呪文らしき物を唱え始めた。
「………」
「………」
俺も英知も何も喋れなかった。
「妙だな…」
そう兄貴が呟いた。
「どうしたんだ?」
「止血は誰がやった?」
「俺だが…何か拙かったのか?」
一応、昔兄貴から教わった通りにやったつもりなのだが…
「英知、螺旋の槍で心臓部を貫いた…だったな?」
「は…はい」
「治癒方術は?」
「あの…使う暇がありませんでした」
英知がどんどん小さくなっていく…
「勘違いをするな、確認をしただけだ。だが…それにしては傷も失血も少なすぎる…」
「少なすぎる…!?」
確かに…今になって考えると、あれだけの大穴が開いていたにも関わらず、
止血が早く終わりすぎたかもしれない。
「まさか…!?」
急に兄貴の表情が驚愕に満ちた物になった。
「兄貴、どうしたんだ!?」
嫌な予感が走った…
どうやら英知も同じだったらしく、焦燥の眼を兄貴に向けている。
「死してなお娘を守ろうと言うのか…ジェンティーレ…」
兄貴の耳に俺の声は入っていなかった。
独り言の意味も…俺にはわからない。
「勇気、英知、天野友美を助けたいか?」
一瞬…何を質問されたのかわからなかった。
「当たり前だろっ!」
「私も同じ考えです、天野様は生き延びるべき人です」
「何でもするか?」
「「え…?」」
声が重なった、質問の意図が掴めなかった。
「輸血を行う、お前達からギリギリまで血を流させねばならん」
「やってくださいっ!」
俺よりも早く英知が答えた。
「勇気は?」
「待てよ、血液型とかは大丈夫なのか?」
「今の天野友美にそんな心配はいらん」
「なんだって…?」
「説明している時間が惜しい、どちらにせよ一刻を争う」
どうする…いや、考えるまでも無い。
「わかった、やってくれ」
「了解した…安心しろ、必ず助ける」

あれから間もなく二ヶ月が経つ…
毎日はいたって平穏。
大槻と英知もあの日を境にやたら引っ付いたり喧嘩したりはしなくなった。
ただ二人は争う理由が無くなっただけで、特に仲良くなった訳じゃないらしい…
 カランッ カランッ
「「いらっしゃいませ」」
「………」
「………」
「「…ぷいっ」」
まあ、仲良くなるのも時間の問題だな。
大槻は相変わらずだ。
事件の前と後でほとんど変わってない。
せいぜい俺の事を『勇気君』と呼ぶようになった程度だ。
英知は思いの外働き者だって事がわかった。
ウェイトレス姿は大槻よりも似合ってるかもしれない。
…怖くて本人達の前では言えんが。
ちなみに俺の方は…相変わらずの皿洗い要員である。
左手の親指は…何故か元通りになっていた。
あの日輸血のために気を失うまで血を抜かれて、気が付いた時にはちゃんと生えていた。
そのおかげで、一瞬夢オチかと勘違いした程だ。
だけどあれが夢じゃ無い事はわかっている。
だって天野が…居ないから。
天野は事故で大怪我をして、治療のために入院している。
とりあえず学校側にはそう説明してある。
実際はまあ、入院と言えば入院だな。
ただ…俺はあの日から一度も天野と会っていない。
兄貴は言っていた。
『天野友美への面会はやめた方が良い。俺が許可するまではな…』
俺も英知も猛反発したが、結局は兄貴に押し切られてしまった。
最初はそれでも良かった。
だが一週間もすると徐々に不安になっていった…
『いくらなんでも遅すぎないか?』『天野は今どうなってるんだ?』『まさか…助けられなかったのか?』
今ではそんな声が頻繁に聞こえてくる。
いや、信じよう…信じるんだ…
 ジリリリリリリ…
電話か…
 ガチャ…
「はい、Phantom Evil Spiritsです」
「俺だ」
「兄貴かっ!?」
「勇気、明日は何か用事はあるか?」
えっと…明日は日曜だから…
「いや、無いぞ」
「そうか、なら明日の10時頃に診療所まで来い」
「兄貴、何かあったのか?」
「天野友美の快気祝いだ」

もう一度時計を確認する…現在9時35分。
「兄上、珍しく緊張していますね」
「うるさい…」
我ながら物凄く照れ隠しっぽい台詞が出てしまう。
「ねえ、勇気君…」
「何だ?」
「本当に私も行って良いのかなぁ…」
「大槻様、その質問は今日だけで6回目ですが」
「い…良いじゃない不安なんだからっ!」
英知に正論を言われたのが恥ずかしいらしく、大槻は不機嫌そうな顔になる。
「その程度の事で一々兄上の手を煩わせないでください」
「はいはい、喧嘩しないの」
まったく…どうして仲良くできないんだか…
「だいたい英知ちゃんには聞いてないよ…」
「はぁ…兄上、本日6度目の回答をお願いします」
やれやれ…正直急いでるんだがな…
「良いからお前も来い、お前も十分関係者だ」
この回答は大まかの意味は同じだが、回を重ねる毎に投げ遣りになっていた…
「でも…最後の辺り割と蚊帳の外…」
ちなみにこれも6回目。
「気にするな、行くぞっ!」
今日の大槻はやや落ち着きが無い。
俺に遠慮してるのか、それとも蚊帳の外だったのを根に持っているのか…たぶん前者だな。
「兄上、行き過ぎです」
「へっ!?」
本当だ…兄貴の診療所が100mほど後方に見える。
「英知、気がついてたなら早く教えてくれ」
「いえ、兄上の考えを邪魔してはと思いまして…」
いかん、まさか道を間違える程に緊張してたとは…
「ねえ、勇気君…」
「今度は何だ…?」
「診療所なんだよね?目的地って」
「大槻様、貴方は人の話を…」
「そうじゃなくてさ、無かったよ…診療所なんて」
「「はぁ…」」
英知の奴は、いちいち説明するのがめんどくさいって顔をしてる。
…たぶん俺も。
「まあなんだ、ある意味大槻の反応は正しいのだが…着いたぞ」
「ええっ!ここが…」
なんて予想通りの反応をする奴なんだろう…
「兄貴が普通の診療所に居る訳無いだろ…」
どうも大槻は未だに兄貴の事をわかってないらしい。

ガチャッ…
ドアを開けると、病室は宴会場へと変貌していた。
いや…正確に言うなら変貌しつつあった。
「あっ…不撓さん、おはようございます」
10人前はあるのではないかと思われる程の巨大なケーキを運ぶ…天野が居た。
「天野…なのか?」
正確に言うのなら…天野に良く似た者が居た。
声や喋り方は確かに天野だった。
だが流れるような黒髪が、瞳の色が…白銀に変わっていた。
「あの…実は私自身も良くわからないのですが…」
困惑の表情だった。
俺の中に絶望の念が広がっていくのがわかった…
「何を辛気臭い顔をしている」
兄貴が奥から出てきた。
「兄貴…」
「それは確かに天野友美だ、ただ少々複雑な事態でな」
「…なんだよ、複雑な事態って」
そんな言われ方をすれば誰でも不安になる。
特に原因を作った英知の表情は見るに堪えない。
「…どうする?君が話すか、それとも俺が話そうか?」
「あの…お願いします」
兄貴は少し考え込んだ後…話す。
「結論から言おう、現在の天野友美は吸血鬼である」
「吸血鬼!?」
いきなり非現実的な話だった。
「そうだ、天野友美は三年前まである吸血鬼と同居していた。
その時に因子が体内入り、現在まで残っていたのだ」
「そんな筈はありません!」
…と、ここで英知が反論する。
「因子は本来人間の持つ生命力とは相反する物です。生きた人間の中ではせいぜい数日しか保たない筈です」
「残っていたのだ…俺にも原因はわからんがな」
…すいません、この人達は何を話しているのでしょうか?
「あの…」
大槻がおずおずと手を上げた。
「なにか質問かね?」
「吸血鬼とか因子って何の事でしょうか…」
ナイスだ大槻、それは俺も聞きたかった。
「吸血鬼とは他の生物の生命力を血を介して吸収する生物の名だ。吸血鬼が血を吸う際、吸われた生物にはある因子とでも呼ぶべき物が残される。
そしてその因子を持つ者が死ぬか死にかけると、吸血鬼化する訳だ」
「………」
「………」
「…わからんか?」
「「わかりません…」」
我ながら情けない…
「まあ良い、とにかく天野友美は吸血鬼となる事で生き延びた…
いや、正確に言うのなら死んでも死にきれん状態にある訳だ」

「兄貴、それじゃあ二ヶ月も面会謝絶にしたのはなんでなんだ?」
「そこが一番不可解な場所でな…天野友美に記憶の混乱がみられた」
「記憶の…混乱?」
天野は憂鬱な表情をしている…
このまま聞いても良い物だろうか…
「これも原因は不明だが、天野友美は例の吸血鬼の記憶と身体的特徴を受け継いでいたのだ。
…もっとも、お蔭で能力の制御法を教える手間は省けたがな」
「不屈の兄上、そんな事が…」
「起こったんだ、俺とて目の前にある事実が無ければ到底信じられん」
「そんな…」
英知も信じられないと言いたげな顔をしている。
たぶん…俺も大槻も同じだ。
「だが天野友美は自分の記憶と受け継いだ記憶の区別がつかず、結果として自分の名前すら言えなくなってしまった。
その状況をある程度まで改善するのに二ヶ月かかった訳だ」
「………」
「………」
「………」
全員が無言になった…
俺には…何を言えば良いのかわからなかった。
「不撓…さん」
先ほどから無言だった天野が口を開いた。
「私はもう…人間じゃありませんし。自分の事だって…良くわかりません…」
「天野…」
「これでも私の事…天野って呼ぶんですか?」
「当たり前だろっ!」
考える時間など必要無かった。
「私は…天野友美を演じている…マリー・クロード・ジェンティーレかもしれないんですよ」
いつか見た涙目の天野だった。
だけど今度は混乱などしない…俺の信念をはっきりと貫く。
「俺は天野を信じたいんだっ!」
叫んだ…僅か1mにも満たない距離を…それでも千里以上に離れた距離を…届くように。
「そうですともっ!」
英知が続いた…
「あの日私を救った天野様は、確かにここに居るではありませんか」
正直に言って驚いた。
殺してやるとまで言っていた英知がここまで変わるとは…
俺の知らない間に一体何が起きたのだろうか?
「私は…天野さんの事は良く知らないけど…」
次に大槻が静かに…だがはっきりとした口調で言った。
「ここに誰かを演じて他人を騙そうとしてる人がいないって事くらいは、私にもわかるよ」
真っ直ぐに天野を見て、はっきりと断言した。
「みんな…」
天野の涙は…留まる事を知らなかった。

「それ見たことか…」
長い沈黙の後…最初に口を開いたのは兄貴だった。
「言っただろう、この程度で動じる連中では無いと…
一万の約束を忘れてはないだろうな?」
「待てやクソ兄貴」
「…ぺリカで良いですか?」
「お前もちょっと待て、どうゆう事だ?」
「冗談だ」「冗談です」
…ケロッと涙は止まっていた。
 カチャッ
「生命の息吹よ…」
既に大槻も英知も戦闘態勢に入っている…
俺も軽く準備運動をしておく…2・3発はぶん殴っておかなくては気が済まん。
「2対3の変則タッグマッチですか…これで預言書があれば完璧ですね」
「兄に逆らうとは良い度胸だ…」

 ガチャッ…
「フクツ、食料を調達して…き…」
「タワーブリッジッ!」
「ぐうぅ…」
「英知ぃーっ!タッチだーっ!」
「兄上…大槻様…先立つ不幸を…」
「英知ちゃん、死んじゃ駄目ーっ!」
「…何やってるの?」
言われてようやく冷静になる。
俺は一体何をやっているんだ…
「2対3の変則タッグマッチです」
天野が答える。
来訪者(いつかのマントの女性だった)はしばらく考え込み…
「…久しぶりに居合い斬りボンバーを炸裂させるわよっ!」
「「「「止めてくださいっ!」」」」
天野を除く全員の声が重なった…

「2番、魔剣王『ELEMENTS』歌いますっ!」
結局…そのまま宴会に突入する事になった。
状況を確認…
何故か宴会場に小型のカラオケが設置されており、マントの女性は歌に集中している。
天野は隣…それこそ肩が触れ合う距離に座っていて。
他の連中はマントの女性を見ている…しかも音楽が大音量なので多少大声を出しても周りには聞こえない。
つまり、今なら邪魔は入らない。
なら…ずっと気になっていた事と、どうしても言わなきゃいけない事がある。
「なあ、天野…」
「何でしょうか?」
「何であんな事をしたんだ?」
「あんな事…ですか?」
「英知から聞いたよ、何で命を粗末にするような事をしたんだ?」
思わず聞いていた…ずっと気になっていた事を…
「不撓さん、言ってたじゃないですか…欲しいのは平穏な日常だって…」
独白が始まる…ゆっくりと…
「ああ…言ったな…」
「私には…あれ以外の方法は思いつかなかったんです…」
「そっか…」
だが…俺が聞きたいのはそんな事じゃない。
「どうして他人のために命を捨てられる?」
「理由は二つあります。一つは、星が私の死を教えてくれた事…」
「天野、それはおかしい」
「…そうでしょうか?」
「自分で言ってただろ。その人に強い気持ちがあれば、予知は嘘にだってなるって」
「そうですね…本当は、そんなのは口実にすぎないのかもしれません」
「もう一つの理由は?」
「私は不撓さんが大好きでしたから…」
実は薄々感づいていた。
天野が捨て身になった理由を考えると…いつもこの結論に達していた。
「なあ、天野…」
「はい…」
「俺はあの時恥ずかしくて言えなかったけど…本当は天野とこうやって、何気ない時間を過ごすのが一番大切だったんだ」
「………」
天野は何も言わない…何も答えない…
大丈夫だ、恐れるな…俺の名は勇気有る者の名だろ…
「俺は天野が好きだから…」
言った…とうとう言った…
たぶん俺の人生の中で最も恥ずかしい言葉を…

俺は返事を待つ…
おそらく一瞬の…俺には永劫に感じる静かな時間を…
…静かな?
いつの間にか音楽も止められていた。
周りを見渡すと…俺と天野は部屋中の人間から注目されたいた。
「お前ら…いつから見てた?」
「『俺はあの時…』の辺りからかな」
全員を代表して大槻が答えた。
よりにもよって一番恥ずかしい所だった。
しまった…謀られた。
たぶん天野を除く全員がグルだ。
「…駄目です」
「…え?」
天野の…声だった。
「不撓さんには大槻さんが居るじゃありませんか。だから…私なんかと一緒に居ちゃ駄目ですよ」
天野は…笑っていた。
強がりじゃない、作り笑いでもない…そんな笑顔で言っていた。
「天野さん、私と勇気君は別に付き合ってる訳じゃないよ」
「それでも…駄目です」
「天野、俺は天野が好きなんだ。例え人間じゃなくともそれは変わらない」
「そんな事は関係ないんです」
天野は表情を変えなかった。
「天野友美…本当にそれで良いのか?」
「はい」
兄貴の問に対しても、天野は眉一つ動かさずに答えた。
俺の希望を…打ち砕くように。
「不撓さん…」
「な…何だ?」
動揺は声にも現れていた。
我ながら…情けない声に。
「だから…大槻さんを守ってあげてください」
その言葉の意味を…とうとう天野は答えてくれなかった。


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