幕間
[bottom]

 バチッ!
「ぐあぁっ…」
突然の衝撃で強制的に意識を覚醒させられる。
 ガバァッ
「………」
注意深く辺りを見回す…どうやら侵入者の類は居ないようだ。
ふと時計を見る、4時ちょうど。そしてそこから伸びるコード。
いや、待てよ…思い出した。
俺は昨日の夜に、音を鳴らさずに目覚められるよう目覚まし時計に細工をしたのだ。
首筋に貼り付けてある電極を剥がし、すぐに外出着に着替える。
ジャンパーは…そういえば天野に貸したままだったな。
まあ必要無いだろう、最近は暖かいを通り越して少し暑いからな。
リュックは…持った。
サイフは…持った。
腕時計は…持った。
携帯電話は…持った。(一応バッテリーは抜いてあるが)
家の鍵は…持った。
最後に机の上に書置きを置く。
『しばらく家を空けます。
おそらく今日の日付が変わるまでには帰ってきますので、探したり心配したりはしないでください。
なお今日の学校は休むつもりです、担任には家出をしたとでも伝えておいてください。不撓勇気』
…まあ、こんな物かな?
普段よりも2時間ほど早い時間ではあるが、普通に出て行っては親父と鉢合わせになる可能性がある。
俺は対侵入者用トラップを外し、窓を開ける。
そして昨日の内に運び込んでおいた靴を履き、飛び降りる…
 トンッ…
秘技…足音殺し。
良し、成功。
とりあえず英知と親父にはバレてない筈だ。
俺は始発電車に間に合うように鳳翼駅へと急いだ。

夜明けのホームにて一人電車を待つ。
昨日の英知が夜這いに来たのは5時ごろ、今日の始発は4時52分、
そして家から駅まで全力で走って約15分。
英知が昨日のに懲りて今日は夜這いに来ない可能性もある。
大槻が家に来るのは6時ごろ、これは約三年間ほとんど変わらない。
とりあえず電車が来る前に邪魔が入る可能性は低いと考えるべきだろう。
では黄道町に到着した後はどうか…
大槻は黄道町に何があるのかは知らない筈だ。
英知はほぼ確実に知っていると思われる…問題は英知がどれだけ早く俺の行き先に思い至るかだな。
まあこればっかりは、できるだけ早く用事を終わらせるしか無いな。
 コツ…コツ…コツ…
人が…来たのか!?
俺は一瞬で考えを中断し、気配を探る。
誰だ…一般の客か?駅員か?
だが万一大槻か英知だった場合は、かわいそうだがしばらく眠っていてもらう他にあるまい…
 コツ…コツ…コツ…
足音が近づいて来る、息を潜め柱の影に身を隠す…
どうする…ここからでは確認はできない、かと言って迂闊に身を乗り出せば追っ手だった時に
取り返しのつかない事になる。
だが先制攻撃をしても、万が一無関係の人間だった場合はそれこそ取り返しがつかない。
ならば…このまま身を隠してやり過ごすしか無い。
そう考えると俺は細心の注意を払いつつ、柱の影に身を潜める…
「不撓さん…居ないんですか…?」
「天野!?」
思わず声を出してしまった…追っ手が天野の声を真似ている可能性を全く考えずにだ。
「不撓さん!?良かったぁ…」
「天野…なのか?」
だがしかし…そんな事を一撃で吹き飛ばすほどに俺は安堵していた。
もはや諦めていたと言うのに…天野が、ここに居た。
「不撓さん、探しましたよ」
ああ、俺は本物のアホゥだ。
ここに天野が居る、たったそれだけの事で…こんなにもホッとしている。

「不撓さん」
それは天野の眼。たった数度しか見ていないと言うのに、
まるで天野友美を象徴しているかのような…決意の眼であった。
「私も連れて行ってくれませんか」
それは質問ではなかった…まるで脅迫でもしているかのように天野は言った。
「天野…俺が今から何をしようとしているのかを知っているのか?」
「知りません」
即答だった。
「なら何で俺に付いて行こうとしてるんだ?」
まあ、当然の疑問だと思う。
天野は…2・3度深呼吸をして…言う。
「たぶん必要になるから、では駄目でしょうか…?」
まただ…また一瞬脅迫でもされているのかと錯覚した。
だがこれは俺にとっては重要な事だ。
あまり軽々しく連れて行くのは良くないだろう。
「学校はサボる事になるぞ…」
「はい」
「電車代は自分で出せよ…」
「はい」
「俺の邪魔をするなよ…」
「はい」
「正直、何が起こるかは俺にもわからんぞ…」
「はい」
「俺は止めたからな…」
「はい」
はぁ…駄目だ、早くもタネ切れだ。
今の天野は、たとえ神仏が相手でも一歩も引かないかもしれない。
それに…いや、もう何も言うまい。
「なら、一緒に行くか?」
「はいっ!」

時計を確認する…
幸いな事に、始発電車が来るまでにはまだ少し時間があるようだ。
今の内に天野に聞いておくべき事は無いか…
「ところで、最近俺の事を避けてなかったか?」
「あっ…」
「………」
天野の言葉が詰まる、聞いてはいけない事だったかもしれない。
「その…用事がありました…」
やっぱり言いたくないのか…
「そっか…なら仕方ないな」
そう言いながら軽く微笑んで見せる。
だがな天野、嘘をつく時こそ相手の目を真っ直ぐに見据えるべきだぞ。
まあ、これ以上この話を続けるのは得策では無いだろう。
「………」
「………」
空気が沈む、息が詰まる…だがフォローはしない。
今から話そうとしている事は、この位の雰囲気がお似合いだ。
「天野、この事態についてどこまで知っている?」
天野は少し躊躇して…話す。
「英知さん…でしたっけ?あの人が元凶だって事意外はさっぱり…」
そう、事件は英知の帰還から動き出した。
だが…それはそれはおそらく間違っている。
「この事件は英知の帰還から全てが始まった…昨日まではそう考えていた」
「昨日…ですか?」
どうやら天野は知らないらしい。
あの二人はかなり派手にやり合ったので、耳に位は入っていると思ったのだが。
「天野…お前、友達居るか?」
一応聞いてみた。
「………」
「………」
「ノ…ノーコメントです…」
居ないのか…
まあ良く考えたら、友達が居るのならわざわざ人気の無い旧校舎の屋上で昼食をとったりしないか…
天野は、意外と人付き合いが苦手なのかもしれない。
「天野…友達」
そう言いながら握手を求めてみる。
「地獄の九所封じですか!?」
前言撤回…たぶんこんな性格だから友達が減っていくんだ。

「天野、脱線して悪かった。真面目な話なんだ、聞いてくれ」
「はい」
俺はなんとか気を取り直す。
こんな事で貴重な時間を浪費するのは非常に拙い。
「さっきの話の続きだ、俺と英知の関係はもっと前から始まっていたのかもしれない」
「どうゆう事ですか?」
「英知は言っていた『英知と俺は、産まれた瞬間から婚約者である』とな」
「…本当ですか?」
「無論、ハッタリの可能性はある。だがそれにしては話が突飛すぎる」
「そうですね、確かにちょっと信じにくいです」
そう、信じられない話だ。だがそれ故に信憑性が出てくる。
「俺には英知があの状況下で、苦し紛れのハッタリを言ったとは思えない…」
「そうですか…」
天野はちょっと複雑な面持ちだ。何か考え事でもあるのだろうか?
いや、多分俺も凄く複雑な顔をしているだろう、この事件はこんなにも考える事が多いのだから。
「とにかく俺は、その真偽を知っているかもしれない人物に会いに行く」
「………」
 まもなく一番線に、各駅停車…
どうやら電車が来たようだ。
「行くぞ…黄道町へ…」
「…はい」
他力本願な方法だが…何も手を打たないよりは遥かにマシだ。そう信じて…
俺達は電車に乗り込んでいった。

 黄道町〜…黄道町〜…
黄道町は電車で3駅、その気になれば歩いて行ける距離だ。
「ここが目的地ですか?」
「いや、ここから少し歩く。はぐれるなよ」
今から俺達が行こうとしている場所は、かなり入り組んだ地形にある。
それこそ迷ったら行き倒れるかもしれない場所だ。
「お願いします、私この町に来たことありませんから」
「おう、行くぞ」
かつて黄道町は不良の聖地であった。
俺がまだガキだった頃に、昇龍高校にまるで示し合わせたこのように強力な人材が集まった。
かの有名な武芸高校に対抗できるとまで言われた猛者達である。
だがそれ以降、昇龍高校には幾多の不良がこぞって入学し、一時期この町の治安は乱れに乱れた。
俺が体術を学んだのもその頃、師匠は昇龍の生徒であった。
結局…大成はしなかったがな。
だがその状況も少し前に大きく変わった。
後に『昇龍の麒麟児』と呼ばれる人物が入学してからだ。
そいつは捕縛縄を扱った武術に長け、一年生にて生徒会長に就任した豪傑であったらしい。
…もっとも、当時は誰も生徒会長をやりたがらなかったらしいのだが。
とにかく、その人物は徹底した不良撲滅政策を採り、反抗する勢力を見事に退治したらしい。
そんなこんなで、現在の黄道町は至って平穏…に、見える。
だが…そんな筈は無い、そんな訳が無い。
なぜなら…
「天野、着いたぞ」
「ここ…ですか?」
そこは一軒のボロアパートに見える、だがここには住人が居ない。
ここはアパートに偽装された診療所なのだ。
一見住人用に見える部屋は病室、大家の部屋は診察室。
そしてここの持ち主こそ…
 コンッ コンッ コンッ
「不撓勇気だ、居るか?」
「…入ってこい」
 ガチャ…
「元気そうだな、勇気」
「兄貴もな…」
俺が知る中で最も平穏と縁遠い人物が、そこに居た。
会うのは…一年ぶりだ。

「お兄さん…ですか?」
天野がそう尋ねた。そういやまだ説明してなかったな。
「不撓不屈(ふとう ふくつ)、偽名のようだが本名だ」
「えっと…ここは?」
「ここは俺の診療所だ。本業に医者、副業に用心棒の仲介をやっている。」
「はぁ…」
天野はどこか不思議そうな顔をしている。
その気持ちはわかる。部屋に入れば一目で医療施設だとわかるが、なにせ外見はボロアパートだ。
おまけに看板も何もありはしない。
「なに、俺は真っ当な医者ではない。何らかの理由で、真っ当な医者に掛かれない者を診る医者だ。
それ故にここには俺の事を知っている者しか来ない。だから外見もこれで良い」
「そう…ですか」
「まあいい、深く考える必要は無い。それより勇気がここに来た用件を聞きたい」
そうだ、俺はここに遊びに来た訳では無い。
「兄貴に聞きたい事が何個かと、返してもらいたい物がある」
おそらく兄貴には両方とも心当たりがある筈だ。
「英知か?」
「そうだ、戸籍を偽造したのは兄貴か?」
『戸籍を偽造…』のあたりで天野の表情が変わった。
おそらくここから先には天野にとって非常識な世界となるだろう。
「英知は3日前までここに泊まっていた。戸籍の偽造、情報収集、そして料理の特訓、
どれも少々時間が必要だったからな」
やはりな…
「何故そんな事をした?」
「俺がか?それとも英知がか?」
英知の方はもうわかっている、おそらく俺を手に入れるためであろう。
「兄貴だ」
「…妹の頼みを無下にはできんからな」
「あっ…あの…」
「天野っ!」
つい怒鳴り声が出てしまう。
一瞬だけ後悔の念が走ったが、すぐに言葉を足す。
「俺の邪魔をするなと言ったよな…?」
「は…はい」
自己嫌悪を起こすほどに冷徹な声だった。
「悪いが話が終わるまで黙っていてくれ」
「はい…」
だが…天野には悪いが、今は大事な時だ。
全身の力を抜き、意識を研ぎ澄ます。
時と場合によっては兄貴に一撃を叩き込めるように…
一瞬でも多く時間を稼ぎ、天野を逃がし易いように…

「兄貴は…誰の味方だ?」
俺は核心を突く。
ある意味、俺が一番知りたかった事で…たぶん最も恐ろしかった瞬間…
「俺は中立を保つ。英知の手助けをした分だけお前にも協力しよう」
兄貴は世間話でもするかのように答えた。
もっとも兄貴がこの口調を崩した所を見た事が無い。
だが…とりあえず最悪のパターンは消去されたようだ。
「なら、他にも聞きたい事が山ほどある」
そう、英知には謎が多すぎる。
ならばここでできるだけ多くの情報を引き出しておこう。
「英知は俺の婚約者だと名乗っていた、その真偽は?」
「真実だ」
英知のハッタリでは無かったのか…
「俺には身に覚えが無いのだが…」
「当然だ、教えていない」
「なぜ俺と英知が婚約者となっている?」
「…質問を質問で返すようで悪いのだが、お前は英知からどこまで聞いた?」
少しの間思案する…
考えてみれば、俺は妹の事を何一つ知らない。
仮にも実の妹だというのに。
「いや…残念ながら何も知らない」
「ならば初めから話そう、重複する内容があるかもしれんが許せよ」
「英知の秘密をか?」
「少し違うな…不撓家の裏事情だ。天野とやらも聞くが良い」
不撓家の…裏事情だと!?
兄貴は、いつものように抑揚の無い口調で語り始めた…

「そもそも実の兄妹を結婚させる理由は、その血筋にある」
「血筋…?」
「そうだ、先祖の血をより純血に近い形で残すためだ」
「それは何のために?」
「不撓家の女性は代々陰陽師である」
「陰陽師!?」
それを聞くと同時に、天野の顔色が変わった。
さらに兄貴は淡々と語り続ける。
「不撓の直系に産まれた女性は陰陽師としての才能が高い。そしてその女性は産まれてすぐに、親の仕事を引き継ぐために他の家族から引き離される」
「なら英知とお袋は15年前に…」
「そうだ、英知は1000年以上掛けて培われた知識と血統を受け継いでいる」
「………」
「………」
陰陽師など、古文の世界でしか聞いた事もないというのに…
それが…こんなに近くで…
「なら…お袋は今どこに居るんだ?」
「知識の引継ぎは不撓家の秘術を以って行われるのだが、
それはできる限り自分に近い存在でなければならない。
それが後継者が不撓の直系、かつ女性であるもう一つの理由だ」
「なら、お袋は?」
「最後まで聞け…だがいくら同じ血筋であるとは言え、両者は別人。当然の話だが多少のブレがある」
気のせいか…兄貴の語気が荒くなってきたような気がする。
「そのブレは誤差となり秘術の使用者を傷つける、だが後継者を傷つける訳にはいかない。
ならどうする?」
「まさか…」
勘違いであってくれ…もし俺の予想道りならお袋は…
「先代頭首は後継者を守るためにそのダメージを一手に引き受ける。そしてその結果…死に至る」
「そんな…」
「なんだよ…それ…」
何でこんな時だけ俺の勘は外れないんだよ。
俺は…顔さえ知らない内にお袋を失っていたのかよ…
「受け継ぎが終了した後継者は、ある程度の年齢になると次の後継者を産むために生家へと戻る。
それ故に後継者の帰還は先代の死と同意語だ」
「………」
もはや…俺も天野も声すら出なかった。
「そして英知は帰って来た訳だ。お前との間に子を産むためにな」

「待てよ…」
今の説明には足りない部分があった、それを確かめねば…
「どうした?」
「何故俺なんだ?兄妹で子を産むのが目的なら兄貴でも良い筈だろ」
そう、俺と英知は兄妹だが、兄貴と英知も兄妹の筈だ。
「後継者の教育は人気の無い秘境にて行われるのだが、その理由は大きく分けて二つある」
「理由…?」
「一つは不撓家の秘術を外部に漏らさないため、もう一つは兄妹を出会わせないためだ」
「どうゆう事だ?」
「大抵の人間は本能的に近親相姦を避けたがる傾向がある、それを避けるために後継者を肉親と思わせなくする必要がある訳だ。
具体的には…当人同士をある程度成長させてから、初めて対面させるのだ」
「………」
「しかし…万が一修行が終わっておらず、かつ物心が既についている者同士が出会った場合は話は別だ」
「それじゃあ兄貴は…」
「そうだ、俺は12歳の時、中国の奥地にて英知と出会っていた。
故にだ、今の英知にはお前しか居ないのだ」
「な…何だって…!」
個人的には兄貴の行動範囲の方がよっぽど驚きなのだが…
「兄貴、どうやって中国まで…?」
「なに、裏道や抜け道の類は少しばかり詳しいのでね」
嫌な小学生だ…
「…て、ちょっと待て。兄貴が12歳なら英知は4歳だぞ、そんな昔の事を英知は覚えているのか?」
「覚えているさ、確実にな」
何だ…この兄貴の自信は!?
「不撓流陰陽術の秘術は知識の受け渡し等では無い。不撓家が長い年月を掛けて研究してきた物とは、
成長の促進と老化の停止だ」
「なっ…それじゃあ…」
「不撓家頭首は代々その技術の実験台となり、通常の数倍の速度で成長し、ある程度の年齢からは
通常の数分の一の速さで老化する」
「英知が…」
「とにかく11年前に俺は英知と出会い、互いの事を知った。
故に残念ながら俺には英知の相手は務まらん」
それは果てしなく非現実的な話で…それ故に信憑性のある話であった。

さて…なにはともあれ、これで英知の謎はあらかた片付いた。
他に聞くべき事は無いか…
そう考えて、俺は兄貴に聞くべき事を一つ見つけた。
「これに明確な根拠がある訳じゃあないんだが…」
「どうした?言ってみろ」
「英知は…本気のような気がするんだ」
「ほう…」
そうだ、大槻は言っていた。『あの子は本気だよ、女の子だからわかるよ』と。
「本当に代々続いた義務が理由なら、英知があそこまで本気になる理由としては弱い。
兄貴は俺にまだ何かを隠してないか?」
「………」
「………」
「………」
初めて…兄貴が黙った。
どうやら俺は、黙り込む程に思案が必要となる事を聞いたらしい。
「…隠している」
それが、長い思案の末に兄貴が出した答えであった。
「何をだ?」
「もう一度言うが、俺は中立を保つ。故にこれ以上の情報は与えられん」
「………」
「………」
「………」
「そっか…なら仕方無いな」
こう言っちゃなんだが、兄貴が一度言った事を変えたり、嘘をつく事は滅多に無い。
たぶんこれ以上は聞いても徒労に終わるだろう。
「勇気、お前が返してほしい物はこれか?」
そう言って兄貴は古びた木箱を待ち出していた。
「ああ、そうだ。着けてみても良いか?」
「元々それはお前が譲り受けた物だ、聞く必要は無い」
俺は箱を開けて、中の物をあらためる。
三年前は少々大きすぎていたが、今はもうそんな事は無かった。
「聖衣…ですか?」
そう天野に尋ねられる。
「いや、そんなに上等な物じゃないよ。」
それは相手の攻撃を防ぎ、格闘の威力を倍加させる物…手甲・ブーツ・そして膝当て。
それらは霊石と呼ばれる物を削り出して作られた物であり、幽霊や妖怪の類ともある程度は戦える。
俺の師匠が、最後に俺に与えてくれた物だ。
「筋肉が…付いてきたな」
「まあ、成長期だからな」
「その様子では、鍛錬はずっとサボっていたか…」
「おう、時々型の確認はしてたがな」
「………」
「………」
「………」
「そうか…ならいい」

俺はしばらく試着をした後、鎧を元通り箱にしまって帰りの仕度をした。
「じゃあな兄貴、また来るよ」
「お邪魔しました」
今度はもう一度これを預けにな…
「今から俺は独り言を言う…」
「兄貴?」
…まだ何かを伝えようとしているのか?
「英知には不撓の秘術がある、通常の方法では打倒は困難だ。
だが…英知には実戦経験が圧倒的に少ない。奇襲を用いれば、あるいは届くかもしれんな…」
「………」
「………」
「………」
兄貴…独り言は一人で、もう少し小声で言う物だぞ。
「行こうか、天野」
「あっ…はい」
俺達は兄貴の診療所を後にした。

帰り道、俺達に会話は無かった。
天野はやや落ち込んだ顔をしているし、俺の方は考え事だ。
その理由は、診療所を出た時から頭の中に違和感があったからだ。
何かが引っかかる…だが何が違和感を引き起こし、その原因は何かとなると…さっぱりわからない。
だがしかし…
「不撓さんっ!」
 ドンッ!
「なっ…!」
俺は天野から体当たりを受けて…
その直後…
俺達の居た場所に魔法陣が浮かび…
火柱が上がった…
 ゴオオオォォォ…
敵の襲撃を受けたのか!
俺は急いで体勢を立て直し辺りの気配を窺う。
鎧は…拙いな、今のショックで手から離れている。
「うわぁ〜、けっこう良い眼をしてるのね」
背後から声…そして余りにも巨大な気配。
「英知か!?」
いや、英知ではない。
英知にはこんな気配は…いや威圧感は出せない。
まるで…天を覆うほどの巨大な滝を、間近で見ているかのような感覚であった。
圧倒的な…途方も無く圧倒的なエネルギーを感じる。
振り向けばそこには、薄汚れたマントを羽織った女が居た。
ややカールした黒髪に黒い眼、なのにどこか西洋人の雰囲気が漂う若い女性…
だが…間違い無く俺はそいつに気圧されていた。
「アルティメットアンサー?」
…威圧感が一気に雲散した…ついでに俺の気合も。
まさか真顔でこんな訳のわからない事を言われるとは思いもしなかった。
「やりますね…」
実力がか?ネタがか?
とにかく気合を入れなおす、ここで天野を危険にさらす訳にはいかない。
「いきなり何しやがるっ!」
再びその女に威圧感が戻る。
恐れるな…俺の名は何だ…?
「悪いけど少し試させてもらったわ、そこのお嬢ちゃんに興味が湧いたの」
「私に…ですか?」
「そうよ」
恐れるな…恐れるな…恐れるなっ!
「だからって…何故俺達を殺そうとしたぁっ!」
俺は天野達の間に割って入る、いざという時に盾となれるようにだ。

「あのねぇ…」
急に呆れ顔になり、またもや威圧感が雲散した。
こいつ…もしかして真剣な時しか威圧感は出せないのか?
「この魔法陣からは非殺傷性の炎しか出ないの」
そう言って女は空中に魔法陣を描く。
だが…残念ながら俺には魔術の事はわからない。
「だからドロンボーみたいに素っ裸になる事はあっても死ぬ事は無いわ」
天野の素っ裸…天野が素っ裸…天野は素っ裸…
「…お嬢ちゃん、この子スケベよ。やめた方が良いわ」
「ふ…不撓さんっ!」
い…いかん、大丈夫か?俺…
落ち着け…落ち着くんだ…特にアレ。
「まったく、可愛い顔しちゃって…そんな恋する乙女にプレゼント」
そう言うとその女は、まるで耳たぶでも引っ張るかのような手軽さで、
どこからか爪楊枝ほどの小さな剣を取り出した。
「それは…?」
「結界封じの魔剣よ、これを使えば術者に気取られる事無く結界に出入りできるわ」
その女は…とんでもない事をサラリとのたまいやがった。
「どうしたの?役に立つって事は保障するわよ」
「あの…いいんですか?」
「恋する乙女に説明は不要よ」
なんだか良くわからない思考回路だな。
天野は恐る恐るその剣を受け取った。
「ありがとうございます、スーパードクター…さん?」
「良く言われるけど違うわ…」
どうやら天野が一矢報いたようだ。
偉いぞ、天野。
「それじゃあ、頑張りなさいよ」
「はい、ありがとうございました」
そう言って天野は深く頭を下げる。
俺も釣られて頭を下げるが…なんか釈然としない。
とにかく俺達はその女と別れ、その場を後にした。
「負けちゃ…駄目だからね」
「…え?」
そんな声が聞こえ、振り向くと…
そこには…誰も居なかった。
ただ、天野の手の中に剣があるのみであった。


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