"大丈夫、わたし、一人で帰れる"
昼休み、送ってくと言ってくれたお兄ちゃんの申し出を断る。
昨日、わたし達の学校の生徒がいきなり交差点に飛び出し、トラックにひかれて亡くなった。
それで、お兄ちゃんは急に心配になったらしい。
わたしは耳が聞こえないから車のクラクションも聞こえないだろうって。
お兄ちゃんのこころ使いはすごく嬉しい。
大切にされてるって感じる。
でも、わたしはそこまで子供じゃないし、何より今日はお兄ちゃんにとっては数少ない練習日……
そこまで迷惑かけられない。
授業を終え、帰り支度をすませたわたしは一人校舎を出る。
グラウンドではお兄ちゃん達サッカー部が練習をしていた。
……たまには、いいかな。
わたしはお兄ちゃんの練習を見学していく事にした。
………やっぱりお兄ちゃんはすごい!!!
わたしは普段サッカーを見ない素人だけど、お兄ちゃんのプレーが明らかに際立っている事は分かる。
誰よりも柔らかいトラップ、まるでダンスのステップをきざむような華麗なドリブルは誰も止められない。
そして、次元を支配したかのような絶妙なパス。
かっこいい……。
いつもは見せない真剣な表情にわたしの胸はときめく。
わたしは結局、練習終了までお兄ちゃんに見とれていた。
わたしは練習の終わったお兄ちゃんに近付き、肩をたたく。
お兄ちゃんは驚いた顔でこっちを見て、すぐに話しかけてくる。
"茜、まだ、いたのか"
お兄ちゃんの問いかけにわたしは笑顔を返事代わりにする。
すると、お兄ちゃんも笑って
"そうか、すぐ着替える。待っててくれ"
と言い残し部室へと入っていった。
お兄ちゃんが着替えている少しの間、わたしに冷たい視線(主に女子の)が集中する。
しばらくしてお兄ちゃんが部室から出てくると、わたしは
周りの女子に見せつけるようにお兄ちゃんと腕を組む。
お兄ちゃんは一瞬困ったような顔をしたが、すぐに、いつものこと、とあきらめそのまま歩きだした。
えへへ、妹の特権。 こうすると恋人同士に見えるでしょ?
どう?お兄ちゃんにこんなことしていいのは、わたしだけなんだよ?うらやましい?
わたしは、周りの女子に対して大きな優越感を感じていた。
結局、わたしは家まで腕をはなさなかった。